第9話 百獣の御子 アルバ
〜むかしむかし、金糸の村に牙の獣があらわれました。
村人たちはいけにえの子どもをさしだして、それは何年もつづきました
青年フルへは長老たちの命令で牙の獣が住む森へ退治に行き、ついに牙の魔物に出会いました。
しかし、
牙の獣の素直な心に惚れてしまったフルへ。
フルへの優しい心に惚れてしまった牙の獣。
そして2つの間には子どもがうまれました。
それは獣の耳、爪、尾をもった人——獣人として誕生しました。
獣人たちは金糸の村をおそい、村人をぜんぶ食べてしまいました。
味はみんな同じでした。
それを
やがて何百年の月日が経ち、獣人はおおきな一族となっていました。
王さまは獣人が人を食べることを許しません。騎士たちを獣人の森へ向かわせて、やがて人と獣人との戦争がおきました。
そして獣人の長——百獣の大王はつかまり、王さまが焼いて食べてしまいました。
その肉はこの世のものとは思えないほどおいしくて、王さまは「同じく“王”である自分もおいしいはず」と思い、確かめたい王さまは、
とうとう家来に自分を全部食べさせてしまいました。
その肉はぜんぜんおいしくありませんでした。
——グリティス現代童話:第3項
『おもてとなかみ』より
*
俺は親方の姿を見た時、この世界の童話にあった獣人の話を思い出した。
彼女は灰色ショート髪の頭から猫のような耳を生やし、爪は鋭利。腰からはよくしなる尻尾。
まさに獅子のような冷酷な目で俺を捕縛。親方は4歩くらいを交互に同じところを行ったり来たり。少しでも不審に動けば命を刈られる。そんな気配を放っていた。
俺は無闇に喋らず親方の出方を待つ。
親方は何も話さず俺を伺う。
殺伐な空気を切り裂いたのはブルースだった。
「お、親方〜一応俺の友達だもんで、もっと優しい感じで話し合おうぜ」
親方は何も言わないが、猫の耳がブルっと動いたあたり、聞こえてはいるらしい。
俺が決断するまで沈黙は続きそうだった。
イリィスの居場所を吐いて楽に殺されるか、イリィスを守って苦しみながら死ぬか。
イリィスの居場所を吐くなんてのは論外だ。あんなスピードで不意打ちを食らえばイリィスも即死だろう。あいつは飯食ったらすぐ寝るし、屋内じゃ特に警戒心が無い。
なら苦しんで殺される? いや、そもそも選択肢に未来が無いのが厳しい。
ならどうするか——
いや待てよ、イリィスは確かにこの獣人に敵わないかもしれないが、あいつは剣以外にもボウガンやら道具も使いこなす。騎士同様の対魔物対策、準備をした上でこの獣人に挑めば勝算はあるんじゃないか?
俺は勇気を振り絞って、親方へ話す。
「あの……喋っても?」
親方は何も言わず、俺を睨みながら同じところを往復。俺は「話せ」と解釈して続けた。
「一応前者の方でいこうとは思うんですけど……居場所は分からないんですよ——」
親方の爪がピクりと動いた。きっと「殺すぞ」という意味だ。
「ただ、呼び出すことなら……できます」
「いつ?」
「明後日くらい? ……ただ町に降りないと呼び出せなくて——」
「信用できん。却下」
詰んだ。やっぱ苦しんで死ぬしかないか。
そんな絶望を味わっている中、またしても沈黙をブルースが切り裂く。
「なら俺が人質になるぜ」
俺は思わず「え」とブルースの方を見た。
親方も猫の耳を震わせて、いくらか動揺してる様子。
「俺はこいつとは幼馴染で友達だ。だけどこいつの為に死ぬ気も無ぇ。だからこそ俺は人質にもってこいだぜ」
「……ふん、理には叶ってる」
親方は納得した。
「明後日、日の出の刻までに鮮血の姫をここに呼び出せ」
腰に手を当て、親方は威圧的に言った。
俺は頷き、恐る恐る後ろを向きながら途中ブルースと目が合う。目で幼馴染に感謝を伝え、ブルースは目で応えた。
俺は来た山道を下る。
幼馴染の友人を人質にしてしまった。
不安で胸が痛いが、その奥底で湧き上がるのは“希望”
そして何故か俺は高揚していた。
もしイリィスが親方に勝利し、何らかの形でゴブリン達の主導権を握ることが出来れば——
ゴブリンの労働力が手に入れば、魔薬事業はより一層拡大する。
*
イリィスの家に着いた時には夜だった。
中に入るとイリィスはソファで伏せ寝——かと思いきや「うー……うー」と呻き声を上げている。さすがに心配になって彼女の肩を揺すってみたが呻き声は止まらない。なんか苦しそうだ。
俺は顔色が心配になって彼女の肩を掴んでひっくり返してみると目はがん開きで怖い顔。
「おおい、どうしたよイリィス」
「助かったガラン。ソファで口が塞がれた上、金縛りが起きた」
「危な。ソファじゃなくてベッドでゆっくり寝なよ。仰向けで」
「目の前にソファがあったら飛び込みたくなる習性なの」
「そんなドヤ顔で言われても」
イリィスは済ました顔をして雪色髪を撫でた。
「それで、牧場どうだった?」
俺もソファに腰を掛け、イリィスに経緯を話した。それを聞いてイリィスは驚いていた。
「獣人って生きてたんだ」
「何、知ってるのイリィス?」
「うん。20年前くらい? 騎士と獣人は戦争してる。騎士の訓練所でそう習った。獣人は全滅して、獣人の長——“百獣の大王”も処刑されたって。でも、その百獣の大王には娘がいたの」
イリィスの話した内容は聞き覚えのある話だった。
「それって……童話の獣人の話に所々そっくりだ」
「まさしく元ネタだから。ちなみにその娘だけは消息を絶ったとかなんとかで、『百獣の御子』って騎士達から呼ばれてたらしい。暫くは探されたけど、王が変わったと同時に捜索はうやむやになったって聞いた。ガランが出会ったのは多分百獣の御子」
親方は最後の獣人——百獣の御子、か。
話し終えたイリィスは頬をついて「うーん」と何か悩んでいる様子。
「どうした?」
「ただ、獣人って森でワイルドに過ごしてる生き物。人間よりも気性が荒くて、欲に奔放ですぐ交尾するらしいし、とてもじゃないけれどゴブリンを従えて牧場運営なんてありえない。なにか——薬とかで本能を抑え込まない限り」
イリィスの話を聞いて過ぎるビズキッドの影。
「もし薬で制御されてるなら百獣の御子の裏にはビズキッドがいるかもしれないな」
「なら私がさっさと百獣の御子を倒しちゃう」
「それが、めっちゃ強そうで、正直イリィスと闘わせたくないところだけど——」
「でもあの青髪が死ぬんでしょ?」
「まあ……それはだめだな」
「それに賢者メスフクの敵討ちだし」
「たしかにな」
「大丈夫。ガランが私にたくさんお金を積んで、騎士装備を買えば。お金を掛ければ掛けるほど、私は強くなる」
わざとらしい表情と目、小悪魔なポーズでアピールしてくるイリィス。俺の財布はゆるゆるになった。
俺たちは翌日、町の武器屋で装備を揃え
ガブハダー山にて、ついに決戦の日を迎えた。
『竜殺しのイリィス』vs『百獣の御子アルバ』
大激戦の幕が上がる。
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