第8話 ゴブリン牧場の主

 ロタティオーム城の後方、城下町と森林帯の境にあるのが『ガブハダー山』通称——『裏山』。


 俺はブルースと共にゴブリン牧場の親方へ会いに裏山へと足を踏み入れた。『ガブハダー山』という発音はいかにも険しそうな名前の山だが、山頂へと続く道は牧歌的で空気も美味しく、ハイキングのような心意気でいれた。 


 ブルースの連れた子ゴブリンは道端で見つけた草木でネックレスを編んでいて意外と器用。ブルース曰く「職人気質な奴もいて、教え込めば人並み以上の成果を出す」とのこと。


 そして山の中腹にあるゴブリン牧場への道の途中で、俺は変態舞踏会のゴブリン襲撃をブルースに打ち明けた。


 ブルースは話の途中「だから“変態舞踏会ってなんだよ!」と笑いのツボを突かれようで、中々話がスムーズに進まなかったが全てを語り終わった後、ブルースは目を細めながら「う〜ん……」と神妙な顔つきをした。


 「つまりガランが言うに、奇襲してきたゴブリン達っていうのが牧場のゴブリン達ってことか?」


 「そういうことだ」


 「なるほどね〜。あんまり信じたくないけど、残念ながら辻褄が合う」


 ブルースは掌を拳でポンと叩いて、何か腑に落ちた様子。


 「ガランが言う変態舞踏会の前日だ——親方は大勢のゴブリンを連れて夜な夜な山を降りて行ったよ。山を渡る行商たちが『百鬼夜行ゲラァホロー』と騒いでた。にしても親方が虐殺ねぇ……」


 「俺はその真相を知りたい」


 ブルースは真っ直ぐな目で「そうだな」と覚悟を決めた。


 暫く山道を登ると見渡しの良い高原が現れた。


 山と空と太陽が近い雄大な景色の真ん中には赤い屋根の小屋と背の高い鉄線のバリケードで囲まれた遊牧地帯。一見普通の牧場にも見えるが、バリケードで囲まれた遊牧地帯にはクレーターのような穴がボコボコと空いていて、ブルースに尋ねると「ゴブリンは洞窟を好むから、下が地下トンネルになってる」とのこと。あのクレーターはその出入り口らしい。


 俺たちは小屋の前まで来て、ブルースは慣れた感じで扉を叩く。「親方ー」とブルースが声を掛けると数秒して扉がゆっくり開いた。親方の姿はブルースに隠れて見えない。


 「なにブルース」


 『親方』と聞いて渋い声だと勝手に想像していたが随分と声が若い。というか声変わりもしていない少年みたいな声。


 「親方ー俺仕事やめるわ。こいつ子ゴブリン返す」


 待て待て話には段取りというものがあるだろ。


 「あ、そう。残念。次も頑張って」


 親方も親方であっさりしてるなあ……

 ブルースは俺の方を振り向いて、『俺の用件は終わったけど』とでも言いたげな表情。


 予想よりも早くて焦ったけど、俺は飛び出す。


 「あんの〜すみませんご主人……ブルースの次の仕事場の者でして」


 俺は合わせた掌を泳がせてブルースと親方の間に割って出る。


 初めて分かる親方の姿——小柄な少年? 分厚い作業着を着て頭は布を巻いている。作業着には引っ掻き傷が無数に入っていて、作業着というよりはゴブリンから身を守る為の防護服に近いのだろうか。重量感もあって実際親方の動きは人並み以下の鈍さ。


 親方は起伏の無い表情で俺を見ていた。その目はどこか虚げ。


 「ブルースとは幼馴染で、私の仕事を手伝ってもらうことになりまして。そちら様にはご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」


 「そ。わざわざありがとう。じゃ」


 親方はさらりと翻って小屋へ帰ろうとした。扉が閉まる寸前、俺は右足を突き出して扉に噛ませる。咄嗟にやってしまった。脊髄反射というやつ。前世のサラリーマン時代を思い出して胸が痛い。ブルースも俺の行動に目を丸くして俺の足と顔を交互に見ていた。


 「ちょ、っと待ってください親方」


 「何お前。非常識」


 「大変恐れながら、教えて頂きたいことがありまして」


 親方は何も言わないし表情も変えない。


 「あなたの飼ってるゴブリン達、何に使うんでしょうか? 恐縮ですが……家畜にしては美味しそうには見えないもので」


 「あんたに教える道理無い」


 「例えばなんですけど——“刺客”みたいな使い方をされてるとか」


 「あんたには関係無い」


 「変態舞踏会を襲ったゴブリン達、あなたのですよね?」


 「…………私に聞いても無駄。帰って」


 親方は扉に挟まった俺の足を蹴って払い、扉を強引に閉めた。立ち尽くす俺とブルース。

 ブルースが「お、親方〜?」と扉をノックしてくれたが反応無し。


 「ガラン、こりゃあ当分出てこないぜ。一旦出直そう」


 ブルースは諦めて開かずの扉に背を向けたが、




 俺は口を閉じなかった——




 「親方、俺はあんたのゴブリン達を殺しまくった“鮮血の姫”の知り合いだ」















 扉がした——






 目にも止まらぬ速さで影が飛び出る。バネのように飛び上がり俺の背後に着く影。思考を始めた時には“爪”が俺の首元を今にも切り裂こうとしていた。


 音速の世界——扉が開いて次のまばたきをした頃には俺は羽交締めにされていた。


 「私の可愛い奴隷達を殺した鮮血の姫は何処だ」


 親方の声。先程とは打って変わって声に鋭さがある。


 「……言わないとどうなります」


 「苦しめた後、殺す。言えば楽に殺す」


 「中々悩ましいですね……」


 心臓が爆発しそうだ。


 開けっぱなしの扉の奥に見えるのは脱げた作業着と頭の布。親方は言わば臨戦体勢キャストオフで飛び出してきたって感じか。にしてもあの速さは人間業とは思えない。

 俺の背後にいるのは何だ……


 ブルースも俺の背後にいる親方を見て驚愕の顔をしている。彼も親方の正体を見たのは初めてだったのだろう。


 「……これじゃあどちらにせよ冷静に話せないです。俺はただの非力な薬屋なんで、あなたに羽交締めされてようと、されてなかろうと一緒みたいなもんですよ」


少しの間を置いて、

 

 「……一瞬でも動けば殺す」


 ビズキッドの時よりキツい条件を課せられた。


 爪は俺の首元を離れ、親方は俺の前に姿を現す。





 「——!?」




 俺は目を疑った。

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