第7話 覇道の種火

 ブルースの連れてきた子ゴブリンは終始耳をツンと尖らせて鼻息を荒げながら「ギィィィィ!!」とイリィスに激昂していた。


 執拗なまでのイリィスへの怒りっぷり。あの場所変態舞踏会にいた、若しくはゴブリンの仲間からあの日のことを聞いてる可能性がある。


 これで判明する——“ゴブリン牧場”が変態舞踏会の奇襲に関わっていること。


 「ずっとブチ切れてんなコイツ。ねぇちゃんコイツと知り合い?」


 ブルースは仕事で山にずっと籠っていたから“鮮血の姫”について知らないようで、イリィスがゴブリンの死体の山を作った有名人だとは思いもよらない様子。


 イリィスはそれに対して、


 「仕事で魔物をよく狩ってるから、どこかで恨みを買われたのかも」


 と、あながち間違ってはいない回答をしていた。


 「へぇ〜というかガラン何、彼女?」


 今更ブルースはイリィスを指差して、俺を見る。


 「違うよ。仕事仲間」


 「はえ〜こんな美少女とね〜。なに、キスはした?」


 「してるか! だからそう言う関係じゃない」


 「手は繋いだ?」


 「あー……」


 そういえば竜から逃げる時……


 「はいビンゴー! お幸せにー」


 ブルースは指を鳴らして手で作ったハートの輪で俺たちを囲った。


 「あんまり茶化すと雇用しないぞブルース」


 「ハハ、悪ぃ悪ぃ」


 その後、俺とイリィスが手を組んだ経緯や魔薬のことについてブルースに説明した。

 変態舞踏会のゴブリン襲撃についてはまだ話さなかった。


 「そろそろあそこゴブリン牧場も辞めようとは思ってたんだよ。丁度良いところにガランから手紙が来たもんだぜ」


 「出来れば長く居て欲しいんだけど、何でそんなにコロコロ仕事変えるんだよ」


 「同じところに居るとさー責任あること任せるようになるだろ? そういうの嫌なんだよなー。もっと気軽に気楽に働きてぇーんだ。例えば“1時間で何ゴル”とか時間単位で稼げる仕事無いんかな」


 是非この世界で“アルバイト”という雇用形態の発明者になってくれ。


 「とりあえずガラン達の仕事を始める前に、親方に辞めるって言わないといかん。2日3日時間くれ」


 俺はそれを聞いて閃く。


 「そうだブルース、その親方への辞退の話さ、俺も同行出来ない?」


 俺の唐突な提案にブルースは「はえ?」と驚いた。


 「俺は良いんだけどよ、次の仕事場のボスが挨拶に行くって中々無いぜ?」


 そりゃそうだ。俺はブルースを引き抜いた側。親方とやらに会うのは非常に気まずい。ただ、ゴブリン牧場の主にはどうしても聞きたいことがある。


 「変なことを言ってるのは承知してる。頼むよブルース」


 「わーったよ。ただ、親方はちと怖いぜ?」







 町では魔薬を嗜んでいる人の姿が日常風景の一部と化していた。ただ彼らは魔薬を運良く買えた人たちで、買えてない人からは羨ましがられる存在。俺は欲しい人皆の手に渡るくらい魔薬を生産したい。


 一刻も早く魔薬作りに勤しみたいところだが、ブルースの言うゴブリン牧場の親方と言う存在はどうしても放っとけはおけない。脅威ではない。だった。


 

 そんな中、ブルースとゴブリン牧場に行く1日前、俺の元へ急ぎの手紙が届いた。


 『賢者メスフクが危篤状態にある』

 

 変態舞踏会の惨劇の夜、俺たちを案内してくれた賢者メスフクはゴブリンに襲われて、重傷を負った。彼は町の病院に入院していたが傷跡が深く回復の見込みが無いらしい。俺は即刻イリィスを呼んで、賢者メスフクのいる病院へ向かった。


 とんがり屋根が特徴的な古い病棟の一室に賢者メスフクは居た。ベッドで横たわる彼は包帯に巻かれたミイラ男の姿。それでも俺とイリィスの来訪に重々しく腕を上げて挨拶をしてくれた。


 「賢者メスフクさん……至らない事ばかりで本当申し訳ないです」


 俺は心の底から深々と謝った。


 「……何を仰せですかガラン様。わたくしは貴方様方に治療費、入院費まで払って頂いている身。出会って間もない方々にここまで良くして頂けるのは幸せの極みです」


 包帯の隙間から見える口だけが彼を人間だとたらしめる。痛々しくて目を背けたくなるが、賢者メスフクは変わらず紳士的に振る舞う。


 「それにガラン様……貴方様はあの事件をきっかけに大きく飛躍された。ガラン様は悔みながらも実はあの事件を喜んでおられるのでは」


 俺は虚をつかれた。

 賢者メスフクは優しい口調で話を続ける。


 「“屍の上に立つことをいとわない。それすなわち覇者の証”——とはかつての英雄の言葉。 御二方は既にしたのです—— 俗人の道から。“子を成して死ぬ”という人の一生は植物となんら変わりません。しかし、ガラン様とイリィス様はそれに留まらず世界に爪痕を残そうとしている」


 聡明な彼の口から放たれる、導き出された俺とイリィスへの解釈。


 「そんな……俺とイリィスはただ魔薬でお金を稼ぎたいだけで——」


 「いいえ、御二方の無意識の井戸の底にはあるはずです。“もう一つの目的”が」


 賢者メスフクは唯一見える口元をニヤリとさせて、続ける。


「御二方はもう戻れない“覇者への片道”を進んでおられるのです。野望の種火を抱きながら。


——是非、その種火を業火に。……そして、

わたくしの屍の上に立つのであれば、必ずや叶えてください……己の覇道を」


 そして賢者メスフクは何も話さなくなった。俺とイリィスに強烈な願い呪いを遺して。


 イリィスは立ち尽くしながら虚空へ呟いた——


 「“屍の上に立つことは厭わない。それすなわち覇者の証”……さすが、賢者メスフクは何でも知ってる」


 「……どういうことだ?」


 「この言葉……私の家に伝わる言。

“愚帝スキンドレド”の」



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