第6話 組織のはじまり

 魔薬の噂はたちまち町中に広がった。薬屋には魔薬の販売開始を求める声が殺到し、店主達は慌てて謎の商人『ホブゴブリン』を探した。


 それだけではない。死体の山の頂きで魔薬を嗜む美少女の絵画『鮮血の姫』がマニアの界隈で話題となり、絵の美少女が嗜む謎の嗜好品は注目の的となった。


 魔薬の存在が人々に認知され始めたのだ。


 これを良しとしない男が一人——“薬屋の棟梁”ビズキッド。

『鮮血の姫』の絵画、変態舞踏会の惨事をきっかけに広まった魔薬の噂。イリィスと俺が関係してるのはビズキッドからしたら明白だったのだろう。怪しい人影がよく俺の家の周りを張っていた。


 俺はイリィスの家を拝借し、そこを製造の拠点とした。彼女の家はごく一般的な民家だった。

 イリィスは幼竜狩りで家を空けることが多く、「私ん家テキトーに住んでて良いよ」と、まるで住処を投げ渡すかのように俺に言った。


 俺は魔薬製造に全財産を注ぎ込み、足りない分は借金。おかげさまで薬屋に卸せるくらいの魔薬を生産することが出来た。



 そして——

 満を持して商人『ホブゴブリン』は闇夜の下、町に繰り出して薬屋を訪れる。


 黒いローブを身に纏い、フードを深く被って顔は隠した。


 閉店済みの薬屋を訪れ、懲りずに何度もノックする。前世で鬱になるほど飛び込み営業をしていた俺にとってはこれくらいは朝飯前だ。


 暫くすると中から店主が「こんな時間に何ですか」と皆同じ言葉を発して面倒くさそうに玄関を開ける。大体風呂上がりか少し酔っ払っているのが殆ど。俺は少し間を作って、「魔薬って知ってるか?」と聞くと、これまたみんな口を揃えて「あんたがホブゴブリン……!?」と疑いと喜びが混ざった妙な表情で言ってきた。


 「ああ。まずは30箱からどうだ?」


 口調が強気なのはあくまでこちらが“与える側”だと認識させる為。


 「も、もちろん買いたいが、“薬屋の棟梁”から怖い手紙が届いてるかさ、迷ってるんだよ」


 ビズキッドはこの町中の薬屋に圧力を掛けている。彼は“薬の素材を扱う行商や商店”と太いパイプがあるが故、薬屋の皆は彼に目を付けられたくないのが常。


 「ビズキッドに素材の仕入れを妨害されるのが怖いか?」

 

 「もちろんそうだよ。素材を絞られたら商売あがったりだ」

 

 「なら薬なんて売らなくて良い」


 「はい?」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする店主。


 「魔薬だけ売れば良いんだよ」


 「んな無茶苦茶なあ」


 「あんた酒飲むだろ?」


 「何なんだよ急に。まあ飲むけど」


 「なんで飲むんだ?」


 「そりゃ好きだからだよ。それがどうしたよ」


 「つまりあんたは中毒だ。魔薬も同じ。これは人を中毒にさせる。だからこそ魔薬の発売を求める声が殺到してるんだ。いいか? 魔薬は酒に並ぶ嗜好品になる。ウイスキー? ブランデー ワイン? 麦酒? ——いや、酒みたいに種類も無い。唯一無二、これ一つだけ。あんたはこれを売ってるだけで儲かるんだよ。それにビズキッドは俺がなんとかする」


 「……ったよ。そこまで言うなら……じゃあひとまず30箱だけ入れさせてくれ」


 俺はこのやり取りを町中の薬屋で行い、契約を取りまくった。因みにアークエンジェルにはあの日以降一切声は掛けていない。

 

 そして遂に魔薬の販売が始まった。

 町中の薬屋は大いに賑わった。

 入荷されれば即完売。生産が追いつかず、それがかえって品薄商法となり、プレミア感が増していく。手に入れられない物ほど口コミは広がるものだ。

 魔薬ブームが到来しようとしていた。


 俺とイリィスはというと——忙しすぎて服を買いに行く暇すら無かった。


 イリィスの家の床で俺たちはぶっ倒れていた。二人とも大の字になって、天井を見つめている。


 「イリィス……人を雇おう」


 「……賛成」


 生きた屍同士、意気投合。


 「一人幼馴染がいてさ、そいつ仕事転々としてるんだよ。そろそろ仕事変える頃だと思うから俺から声掛けてみるよ」


 「遊牧民みたいな人」


 「本当そうだ。なんか今は裏山の牧場で働いてるとかなんとか」


 「ますます遊牧民味が増してる……」


 「イリィスは誰かいる? 知り合いとか」


 友達というワードは可哀想なことになるから避けた。


 「うーん……一人だけいるかも」


 「お、どんな人?」


 「変わった人」


 「じゃあ相当だな」






 


 

 幼馴染とは手紙でやり取りし、待ち合わせはロタティオーム王の銅像で有名な城下記念公園となった。ここは2年前の疫病を見事に治めた王家を讃えて造られた公園で、国民の税がふんだんに使われたとのこと。


 実際疫病対策に王家が何をしたかはよく分かってない。俺が知る限りでは貴族や要人を疫病対策省に避難させたことくらいである。


 王が南方に指を刺している銅像の麓で俺とイリィスは幼馴染の到着を待っていた。 


 暫くすると彼は飄々と現れた。


 普段着でマントを羽織った青い髪の華奢男。

『ブルース・ヴァンプス』は寝起きなのか髪でアンテナを立てていた。


 「よーガラン。あれか? ご両親の葬式以来だな」


 「ちょくちょく町で見かけたけどな。お前がアイス屋やってたり、かと思えば半年後には役所の警備やってたり」


 「見かけたら声掛けろー。ガランは仕事ん時はコミュ力発揮するくせにプライベートん時は地味になりやがる」


 「——その前にはブルース、さっきからなんだよ」

 

 ブルースが姿を現してからずっと気になっているものがあった。ブルースはさぞ当たり前かのように特に説明も無く話し始めていたが、彼はリードで繋いだオムツ姿のゴブリンを散歩させていた。まさしく犬みたいな感じで。恐らくゴブリンの子供だろう。


 「あ、こいつゴブリンか? 親方に言われて散歩させてんだ。こいつら元々臆病だから人間に近寄れないんだけど、こうやって人に慣らしとくと後々良く働くようになるらしいぜ。詳しくは知らんが」


 「だからって摩訶不思議な光景すぎるだろ……それにブルース、お前今は牧場で働いてるとか言ってけど牧場って——」


 「ああゴブリンの牧場だぜ。珍しいだろ。正直ミルクもバターも出さねぇコイツら育てて何になるんだって話だが、テキトーに世話しとけば金になるで、細かいことは気にしてないぜ」


 俺の中で何かが繋がった。変態舞踏会のゴブリン奇襲とブルースが言うゴブリン牧場とやら。それに、その繋がりを確固たるものとするのがこの子ゴブリンの


 子ゴブリンはイリィスを指差して、ガタガタ歯軋りを立てながら彼女を睨み付けていた。


 「笑える。ねぇちゃんコイツに何かしたんか? クソぶちキレてんぞ。 ハハ」


 ブルースは愉快に言ったが、俺とイリィスは素直に笑うことが出来なかった。


 このゴブリン、イリィスに相当恨みをもっている。


  つまり——



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