第4話 賢者メスフク

 町の外れ、ひっそりと佇む『スタンプ薬店』が俺の家。2階が居住スペースになるが、ここに女の子を入れるのは初めてだ。イリィスは無防備に床に寝転がり、俺の看病という名目の下、めちゃくちゃくつろいでる。


 俺は痛み止めを飲んで、幾分かマシになってきたところ。イリィスは床をとんとんと叩いて、「寝転がって。私がお腹を撫でてやる」と得意げに誘った。断る訳にもいかず、俺は誘いに乗ることにした。


 「よくなってきた?」


 耳元で囁かれる透き通った声。いつの日かの夏の風鈴のような心地よさと、変に走る緊張感。イリィスの身体が近い。やろうと思えば簡単に抱きしめられる距離感。そんな中でイリィスは健気に俺の腹を撫でてくれた。

 

 「ありがとうイリィス。不思議と本当に痛みが引いてきた」


 彼女なりの看病は暫く続いて、

 

 「ねぇガラン……」


 意味深に囁く声。イリィスは腰のあたりをモゾモゾさせて、服の裾を引っ張る。彼女の赤くなった顔が緊張感をピークにさせる。イリィスは恥ずかしそうに言った、












 「トイレどこ?」




 「……あ、そこ右曲がったとこ」








 調子を取り戻した俺はイリィスと次に向けて作戦会議に入った。机を挟んで椅子に座り、イリィスは俺の出した茶を啜る。


 「つまり、ガランの言う『変態舞踏会』で魔薬を売るってこと?」


 「いや、正確には魔薬を宣伝する。変態舞踏会っていうのは町のアバロン倶楽部劇場の地下で開催されている異端者や変態が集まる催しなんだけど、アンダーグラウンドに集まる人達ってのは摩訶不思議な物への興味が人一倍ある。そう、俺たちの魔薬に興味を示す層が大勢来てる。だから俺たちはそこで敢えて当たり前のように魔薬を嗜んで、向こうから声を掛けてきたら魔薬を紹介するんだ。無料で渡してもっともっと情報を拡散してもらう。ただ—— 」


 「ん」


 「変態舞踏会は完全招待制なんだ」


 「んん、招待制ってことは変態の知り合いをまずは作らないといけないってこと?」


 「困ったことにそういうことなんだ。中々見つけるの大変だよな、変態なんて」


 「……いる。ガラン、いる。ほら、」


 天啓を得たイリィスは誇らしい顔で騎士の制服の襟を摘んだ。


 「この服売ってた、ヤバいおじさん」


 「……イリィス、お前は天才だ」 


 イリィスが制服を買ったのは月の第一週目の休日に行われる城下広場の古物市


 変態おじさんがまだお店を出していること、変態おじさんが変態舞踏会に参加していること、変態おじさんを説き伏せてなんとか招待して貰えること、の3つのハードルを越える必要があり、正直可能性は低いが今は変態を一から見つけるよりは賭けていい案だと思った。


 



 「行こうかイリィス、変態おじさんの元へ」






 


 古物市当日。この国を治めるロタティオーム王家のお膝元、城下の大広場で行われる古物市は大盛況だった。出店屋台、地べたの商人、色とりどりの旗が並び、大衆が行き交う。今日は雲一つ無い快晴で大いに賑わっていた。


 さて、ここからイリィスの記憶だけを頼りに変態おじさんを見つけ出さないといけない。こりゃあVR版“ウォーリーをさがせ”だ……


 俺は気が滅入ってしまいそうだったが、女物の服を売ってるおじさんを、壮大な古物市空間を彷徨いながら必死に探した。


 そしてついに——



 「いた」


 イリィスが立ち止まり、指差した。


 マントに身を包んだスキンヘッド、細長い初老の男が出店屋台の主としてひっそりといた。大量に掛けられて女物の服に隠れ、その姿は森に潜む長老のように神秘的ですらあった。


 「あら、ご無沙汰しております。いつかのお客様。未だ大事に着て下さっているのですね、女騎士ミューズ・グランデの制服を」


 男は服の森の中から知的な喋り口調でイリィスに話しかけた。


 「おじさんって変態?」


 イリィスさんよ、単刀直入すぎるだろ。側から見たら喧嘩売ってるようにしか見えないぞ。


 「ええ、いかにも。変態という概念はエルゾの大海のように幅広く、イピカリ海溝の如く深いものであります。わたくしはそこに漂う一粒の微小生物に過ぎませぬが、神が許すのであれば、大変恐縮ではありますが変態と自称させて頂きます」


 「あの、すみません。連れがズカズカと失礼なことを言って」


 俺は社会人として一応謝罪を入れた。


 「いえ、滅相もございません」


 変態おじさんは丁重に礼をする。


 「私は薬屋をしてますガラン・スタンプと申します。彼女はイリィスです」


 「ガラン様にイリィス様、この度はご来店頂きありがとうございます。わたくしは皆より

“雌服”——『賢者メスフク』と呼んで頂いている者です。以後、お見知りおきを」


 これが本物の変態というやつか。独特の世界観に惑わされてしまいそうだ。しかし彼の紳士的な態度に尊敬の念を抱いている自分がいる。


 「賢者メスフクさん、つかぬことをお聞きしますが、変態舞踏会をご存知でしょうか?」   


 俺の質問に賢者メスフクは水を吸った草花のように顔が咲いて、身を乗り出した。これは絶対に知ってる反応だ。


 「もしや、貴方様たち、変態なのですが?」


 イリィスが返答に困り俺に助けを求めようとする中、俺はそれを押し切って賢者メスフクに答える。


 「変態に、なりたいのです!——なので変態舞踏会へ招待して下さる方を探しておりまして!」


 賢者メスフクは深く頷いた。何度も何度も。

 もどかしい時間が流れる。


 そして彼は目をカッと開き、細長い両手を服の森から伸ばして言った。


 「わたくしめが連れて行きましょう。万象の果て——“変態”という生命の到達点、或いは根源。それを解放する闇夜の祭典……変態舞踏会へ」

 

 突き出された賢者メスフクの両の手を俺たちは恐る恐る手に取り、ついに変態舞踏会への道が拓かれた。









 アークエンジェル本店、執務室——


 ビズキッドは使用人が火急の要件で持ってきた“名簿”を不適な笑みを浮かべて読んでいた。


 「でかしたぞ。まさにそうだ。この二人こそ俺が探してた二人。“ガラン・スタンプ”、“イリィス・スキンドレド”。まさか変態舞踏会に参加してくるとは、つくづく俺は神に好かれている」


 使用人が持ってきたのは“変態舞踏会の参加者リスト。ビズキッドは面白おかしくてたまらなかった。奴らをどう痛みつけてやろうかと模索していた矢先に転がり込んできた好機。ビズキッドは“変態舞踏会の参加者リストを机に放り投げ、歯を剥き出しにして高らかに笑う。


 「俺がアバロン倶楽部劇場の出資者だということも知らずに、のこのこ蜘蛛の巣に掛かってくるとはな! それに丁度良い、あの高貴な

劇場を異端者共が好き勝手しやがって、鼻に付いていたところだったわ。まとめて成敗してやる」


 ビズキッドは「おい」中年の使用人を呼びつけて、彼に問う。


 「“アルバ”は今何処にいる?」


 「アルバ……と言いますとあのゴブリン飼いのアルバですか。丁度繁殖の季節ですからねぇ、彼なら裏山の牧場でせこせこ勤しんでますよ——ゴブリン作りに」


 ビズキッドは鋭い目を眼鏡の奥で光らせて、使用人に言い渡した——



 「奴に言っておけ、『仕事だ』と」





 






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