第3話 薬屋の棟梁ビズキッド

 

 月出の刻、俺とイリィスは町外れの廃墟で再会した。ここは2年前の疫病が流行った年に王家が建てた“疫病対策省”の跡地。当時の実態は感染した貴族や要人を匿う為の避難施設であり、疾病対策なんて練られもせず、大勢の使用人たちがここに避難してきた上級国民たちを命懸けでおもてなしした。


 原型を微かに留めた庭園を一望出来るベンチで俺とイリィスは腰掛け、丸一日掛けて完成させた魔薬をイリィスにお披露目。


 「ガラン目の下が真っ黒。死体みたい」


 「いやぁ〜久々にあんなに集中して調合したよ。人間集中すれば一日中起きてられるんだな」


 「私は食べたらすぐ眠くなる」


 「よくそれでその細さ維持出来るな」


 「その分よく動く」


 剣を振るジェスチャーで俺を微笑ましい気にさせる。


 「さて、試してみるか?」


 俺はバックから本来茶葉が入ってる四角い缶を取り出して、イリィスに中身を見せた。中には紙で巻いた筒状の物が仕切り無しに敷き詰められていて、まさしく前世で言うところの煙草の見た目をしている。


 イリィスは「おぉ」と一本ひとつまみ。珍しい虫でも見るみたいに360度ぐるりと目に入れる。


 「それを火打石で擦ってみて」


 イリィスは俺の言った通りに筒を擦ると一粒の火が先端に灯り、白煙が上がる。

「それをこうやって」と俺は線香を香る仕草をして、イリィスも同様にやってみる。


 「おぉ……美味い。なんか余計なものが無くなった感じ」


 舌を巻くイリィス。それもその筈、原材にあったクセを取り除き、神経に染み渡る快感は残しつつミント風味のある香りで爽快味を演出。手軽さを出す為に筒の先端には少量の火薬を混ぜて火打石一個あれば嗜めるコンパクトさを実現。


 「まさにこれが俺たちの“魔薬”だ」


 「たくさん売れて、みんな」


 イリィスは缶に敷き詰められた魔薬たちに願いを込めた。


 「よし! たくさん売る為にはまず缶の表紙を決めないと。デザインが秀逸じゃないと、中身がせっかく良くても台無しだ。——と言っても俺は絵のセンスが絶望的だけどね」


 「あいにく私も」


 「友達に画家とかいない?」


 「まさか。そもそも私は友人と呼べる人がいるかも怪しいけど」


 「急にそんな寂しいこと言うなよ。ちなみに友人なら俺でよければなるよ」


 「パンツを見られた相手と今更友人になるのは気まずい」


 「いや、めっちゃパンツネタ引きずるなあ。絶対おちょくってるだろ」


 イリィスはウインク、ペロっと舌を出して誤魔化す。彼女の単調なペースの中に不意に現れるお茶目さに心臓を撃たれてしまいそうだった。


 それから俺たちはパッケージの案を模索していたが中々思う様な案が出なかった。無論画家を雇う金も無い。


 練りに練って到達した結論が——


 「イリィス、これ無地の缶のままで売ればいいんじゃないか?」


 「何も描かないってこと? それだと中身が何か分からないけど」  


 「そこだよ。“中身が分からない”。よく分からないものを売るにはよく分からないままでいいんだ。どうせ中身を見たって、そもそも最初は魔薬が何なのかわかりゃしない」

 

 「たしかにこれが店頭に置いてあったらまず何か商人に聞くかも」


 「それだよ。あとは商人が使い方だけ教えてあげればいいんだ。あと無地であるべき理由が“もう一つ”ある」


 「ほー、それはなに」


 「まあそれに関しては“その時”になったら教えるよ」


 「ん、この私を焦らすとは図に乗ったなガラン。——私も焦らしてやる」


 「いや、俺は一体何を焦らされるんだよ」


 「調合よく頑張ったから、ご褒美のキスとか——」


 イリィスの艶やかな囁きで空気が変わった。


 俺の太ももに手を置いて女豹のように擦り寄るイリィス。俺を覗き込むその色白の顔はやけに色っぽくて、彼女はあざとく笑う。


 「おいおいおい、なんだよ急に、キャラ変か」


 「ダメ? なら……これ見てもそう言える?」


 制服の第一ボタンを外しては際どいところの肌を露わにさせるイリィス。重力で判明する意外と胸があることとか、しなる曲線美の身体が生々しかったりとか、色々意識してしまって辛い。一体今何が起きてるんだ!?






 ——違う、こいつ酔ってる?


 

 


 しまった。迂闊だった。魔薬調合の時に使った蔘国果実の酢水は有機物を長時間混ぜてると発酵してアルコール成分に変化していくんだ。


 だとしても生まれるアルコール分なんてのはほんの少数な筈だけど……


 そうか、イリィスはめちゃくちゃ酒に弱いってことだ。


 「イリィス落ち着け! 一回水を飲め!」


 「自力で飲めなぁい。口でほしい。口で」


 こいつ、酔っ払ったらとんでもない痴女になりやがる。この先、酒の席に出るようになった時のイリィスが心配だ。取り急ぎ俺は水筒の水を半ば強引に飲ませて、彼女の絡みつきをなんとかながら、酔いが覚めるのを待った。


 一応調合素材は改良するか……









 イリィスは竜退治の特訓と幼竜狩り、俺は調合や素材の仕入れに勤しんで、一旦20箱程の魔薬を製造した。俺はこれを自分の店の棚に並べるのではなく、町の薬屋に置いてもらえるよう直談判することにした。自分で言うのも難だが俺の店に置いても客が来ないじゃ意味が無い。まず試供品の魔薬を店主に気に入ってもらい、店で売ってもらう。


 俺たちはこの町一番の薬屋『アークエンジェル』に魔薬置いてもらう為、“薬屋の棟梁”と呼ばれている主、『ビズキッド』へ挨拶に伺っていた。彼に会うにはもう一つ理由があり、この町で新しい薬商売をするにはビズキッドを通しておかないと後々面倒なことになる。


 アークエンジェルは国内に数店舗構える、この異世界では珍しいチェーン方式を取っている薬屋だ。要は大手。ビズキッドのいる本店は町の活気溢れた中心部にあり、店というよりは立派な館という佇まい。


 俺たちは事前に訪問の願いを文通で交わし、ビズキッドの使用人よりその許可を手紙で貰っていた。


 定刻に館の前で待っていると館内より若い女の使用人現れて、流動的な作法でしなやかに俺たちを中へ案内してくれた。客や従業員で溢れる中、イリィスは試供品の魔薬の箱を抱えてくれて、俺は契約書の入った鞄を大事に持って付いて行く。


 薬草特有ののエスニックな香りが充満した格調高い館内を進み、『従業員専用』と案内板がある階段を上がると豪華な扉の前で女の使用人は止まって、軽やかに振り返る。


 「これより先、“棟梁”がお待ちです。御二方へ棟梁より謁見の際のお約束ごとを3つ預かっておりますので、事前にお伝えさせて頂きます。


・俺が許可しない限り声を発さないこと。

・退室の時間は俺が決めること。

お前ガランから、お前の父親についての話を一切しないこと


 これらが守られない場合、王家に通じる俺がお前らを社会的に抹殺する。



  ——以上です」


 イリィスと俺は互いに目を合わせた。が、心の準備も固まらないまま、使用人は豪華な扉を開けた。

 

 大統領でも居そうな立派な執務室。中心の机の奥でふんぞり返る巨漢は読んでいた本を机に放り投げ、大きな鼻息をあげた。


 「よぉ〜“エドバンス・スタンプ”の息子。9年ぶりかぁー? あん時のガキが生意気になったもんだ。顔も死んだ親父に似てきたな」

 

 ビズキッドは無精髭を撫でながら、悪趣味な金エンブレムの黒眼鏡をくいっと上げる。


 「お久しぶりです——」


 「チェチェチェチェチェ、おいおいおいおい。早速約束を忘れたかぁー?」


 「…………」


 「それでよい。俺の薬を王家も頼りにしてることは薬屋のお前なら知ってるよなぁ? いや、一応まだ店は死んでないんだっけか?ハハハハハ、まあいい。いいか? 俺との約束は王家との約束だと心得ろ」


 俺はただ、この絶対的権力者の前で拳を握って耐えることしか出来ない。

 

 「薬界隈は言わずと知れた俺の帝国だ。故に薬市場は俺が采配を振る。お前は手紙で『店に並べてほしい商品』と書いていたが、主が疫病で死んだ『スタンプ薬店オリジナル』の薬なんぞ市場に流す訳ないだろ。無論、町中の薬店を当たっても無駄だぞ。俺の一声で奴らはお前を門前払いだ」


 ビズキッドは立ち上がり、無駄に筋肉質な身体を揺らして俺たちの元へ近づく。袖を捲ったシャツにベスト姿。腕から垣間見れるタトゥーはまさしく人を威圧する為に敢えて見せており、王家に拝謁する時は袖を直して堅実な男に化ける。


 「薬を卸す為にまず俺の店に来たのは良い判断だ。俺に隠れて薬を売ることは許されねぇからなぁ。ただお前は大きな間違いを犯した。俺に黙って薬のことを考えたことだ」


 ビズキッドは歯を剥き出しにして邪悪な笑顔。そして人を軽蔑したその目はジロリとイリィスの方へ流れていく。


 「それにしても、このバチクソ女はなんだぁ? 俺に献上する為に連れてきたと違うんか?」


 俺は煮えたぎる思いを抑えてビズキッドを睨みながら首を横に振る。


 「いやこいつマジで何処で見つけてきた? 肌は白ぇし、足も長ぇし、体は細ぇのに胸はデケぇし、おい女、ケツも見せろよハハハハ」


 殺意が渦巻き今にも身体が動いてしまいそうだが、理性で堪える。


 「この女がここで脱ぐならガラン、一言くらいは喋ってい——」



 「ねぇガラン、このデブ殺していい?」





 “空気が凍る”という比喩を考えた人は天才だ。

 まさにこれは“空気が凍る”としか言い様が無い。


 「あ?」


 「メガネデブ、私の両手塞がってて良かったね。貴方死んでたよ」


 ビズキッドは額の血管をピクピクさせて、こめかみを中指で掻きむしりながら俺の方へゆっくりと視線を変える。


 「……おいガラン、これはどういうことだぁ? この落とし前、どう付ける気だぁぁ?」


 「ビズキッド! あんたは俺の親父から借りた借りを返すべきだ!」


 俺も感情が爆発した。


 「おいお前、何俺の許可無しに喋ってんだよ」


 「10年前、あんたが俺の親父に弟子入りして1年後、あんたは親父の薬レシピ本を盗んでどこかへ消えた。だけど親父は憲兵に何も訴えなかった。『弟子の人生を壊しちゃ申し訳ない』って。その3年後、あんたはアークエンジェルを始めて巨万の富を手に入れたが、その元になったのは親父のレシピ本なんだろ?」


 「思ったとおりだ! そのくだらねぇ恩だの貸し借りだのの話をしてくると思ったわぁ! 対した力も持ってねぇお前の親父があのレシピ本を持っていても何の価値も無かったんだ! だから俺がそれを上手くしてやったのさ! 勘違いすんなぁ、この帝国を築き上げたのは俺自身だ!」


 ビズキッドはその剛腕の拳を振り上げ、俺のみぞおち目掛けてフックを食らわす。


 「ウゥ!!」


 さすがにこれはキツイ。息をしようにも出来ないし、痛みを超越した衝撃が全身に響き渡る。


 「ガラン!」


 イリィスが魔薬の箱を捨てて、ビズキッドに飛びかかろうとするが、俺は掌を向けて彼女を制止した。


 「ビズキッド……さん……今日はお忙しい中お時間を作ってくださり、ありがとうございます。……イリィス、帰るぞ」


 「退室時間はお前らが決めるんじゃねぇ、俺が決めるんだ!」


 「イリィス、帰るぞ」


 イリィスは訝しげな顔をして止まっていたが、渋々承知して、腹を抱えた俺と共に扉へ。


 「お前らは俺との約束を全て破った。王家の傘下にいるこの俺とのな。俺は今日のことを忘れねぇ」


 吠えるビズキッドを背に、俺たちはアークエンジェル本店から退いた。


 それから一旦、町の一角の石段に腰を掛け、俺は腹の痛みが引くのを待っていた。


 「本当に大丈夫? ガラン」


 「これでも一応薬屋だからな、帰ったら良い薬があるんだ。大丈夫」


 「うーむ、家までの道中急に倒れるかもしれない。私家まで着いてく」


 「いや、いいよそこまでしなくて」


 「遠慮しないで。それにガランがいないと私、新しい服買えない」


 改めてボロボロの騎士の制服を着たイリィスを見て、俺は笑みが溢れた。


 「たしかにな。そしたら甘えさせてもらおうかな」


 こうして俺はイリィスと共に家路を歩いた。

 途中、イリィスが問うた。


 「お店に置いてもらう作戦はダメだったけど、今後どうする?」


 「そうだな。まさかとは思ったが、あんなにもビズキッドがクズになっていたとは驚いた。最初の3つの約束事も俺が親父との貸し借りを話題に出すことを悟ってのもんだ。小賢しい奴。でも大体は俺の計画通りだ」


 「これ計画通りだったの」


 「もちろんビズキッドと上手く交渉が着く①ルートがあったとして、それは失敗に終わった。まあ①ルートはダメ元だ。本命はビズキッドから顰蹙ひんしゅくを買ってから始まる②ルート」


 「②ルートは自分が腹パン食うところから始まるのね」


 「まぁさすがに腹パンは計画の内じゃないけどな。因みに②ルートは俺も最近その存在を噂で知ったんだけど、ある“催し”が計画の肝になる」


 「催し?」


 「ああ。週に一度、国内中の異端者が夜な夜な集まり、踊り狂う混沌の夜会——

『変態舞踏会』だ」


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