第11話 急報

 晩餐会の翌日、私に手紙が届いた。


 それはヴィルからではなく、イーサン先生からの手紙だった。どうしてヴィルの専属医が私に手紙を寄越すのだろうと考えて、いやな予感がした。


 封を切って読むと、想像した通りのことが書いてあった。

 「ヴィルが体調を崩したので至急、邸宅へ来てほしい」という短い文だけで、他には何も書かれていない。


 緊急を要することだと知り、私は自室へ行って、念のために養父が残した医術書を持った。メモに書いてあるのは奇病の症状と治療法だけで、見なくても覚えているけれど手に持っていないと何だか不安だった。


 近くにいた使用人に事情を話し、宮殿を出て馬車を呼んだ。

 ここから邸宅までは普通、二日はかかる。無理を承知で、できるだけ急いで向かってもらうよう御者に頼んだ。


 馬車に乗っているあいだ、じっとしていられず意味もなく医術書のページをめくったり閉じたりした。

 今のヴィルの状態はどうなっているのか。

 そもそも、私に対処できる問題なのか分からないけれど、彼の様子を確認するまでは安心できない。


 もし、あの夢が現実になってしまったら――私は屋敷へ来た当初、不吉な夢を見た。

 それを思い出していた。



***



 馬車の粗雑な揺れに耐えながら、丸一日が経った。


 王都の城壁から抜け、開けた場所を走り、ようやくローレンスの領地に入る頃には日が暮れていた。


 領地の門をくぐろうとするとき、門兵に止められた。

 イーサン先生から届いた手紙の印章を見せると、あっさり通してくれた。


 そうしてローレンスの領地へ入り、街を過ぎると、奥の辺りにぼんやりと城の輪郭が見えてきた。

 城は、横に長くのびた城壁の一角を占めている。


 今まで目にしたことはなかったけれど、あれが辺境伯の城だと分かった。

 屋根や柱まで華やかな意匠をこらした王宮と違い、これといったデザインもない石造りの堅牢な城が構えている。


 ローレンス家の人たちは自宅という意味を込めて邸宅と呼んでいるが、あれは立派な城塞だった。


 馬車が門の前に到着した。

 領地の街からいくぶんか離れているため、城の辺りは静かだった。


 近くにいた兵士がすぐに寄ってきて、手紙を検めた。あらかじめ事情を知っていたのか、状況を即座に理解してイーサン先生を呼んできてくれた。


 イーサン先生は小走りでやってきて、賃金を御者に支払ったあと私を中へ案内した。


 「ヴィルは」


 部屋へ案内される道すがら、私は切羽詰まって訊ねた。

 イーサン先生は年のせいかたどたどしい足取りで前を歩きながら、黙っていた。


 ヴィルの部屋だと思われる扉の前で立ち止まると、振り向いて肩をすくめながら苦笑した。


 「リリさん、すみませんね」

 「何がです」


 イーサン先生は落ち着いている。

 そして申し訳なさそうに笑っているので、私は何となく察しがついた。


 イーサン先生は扉をノックして開けた。


 ヴィルは頬杖をついて書面に目を通していたところ、顔を上げて私を見るなり驚きの表情を浮かべた。


 「思ったより早かったな」

 「手紙を読んですぐ来たからね」


 イーサン先生が部屋を出て、扉をゆっくり閉める音を後ろで聞きながら、私はヴィルの目の前まで歩いた。

 机越しに彼の様子を伺ったが、どこかを悪くしているようには見えない。


 奇病の症状といえば手足の硬直が主だけれど、彼の腕の動きは正常だった。


 「何もないなら帰るよ」


 内心でほっとしながら、同時に怒りと呆れが湧き上がってきた。

 私が踵を返すと、ヴィルは慌てて椅子から立ち上がって、私の手首を掴んで引き止めた。


 「すまない、先生。僕が指示したことなんだ。どうしても話したいことがあったから」

 「だから仮病を使って私を呼んだの?」


 彼の目は困惑していた。悪いという気はあるらしい。


 「急病だと言えば、先生を呼び出しても周りから不自然に思われないだろう、と考えて」

 「宮殿からここに来るまで、馬車で一日半かかったんだ。そのあいだ、ずっと不安だった私の気持ちは考えてくれた?」


 ヴィルは言葉を詰まらせた。


 馬車に乗っているあいだ、まともに寝ることもできず、同じ姿勢で揺れに耐え続けたせいで疲れていた。

 それで気が短くなっていた。


 距離を置こうと伝えたのに、こうして騙されて呼び出された。

 そのことに、やりきれない怒りを感じていた。けれどヴィルの反省している様子を見たら、これ以上責める気にはなれなくなって、私はひそかに息をついた。


 その拍子に全身の力が抜けていって、かすかに手足が震え出した。

 馬車での移動の負担が一気に押し寄せてきたようだった。


 「先生、どうした」


 その場に崩れ落ちそうになったところを、ヴィルが腕を捕まえて支えてくれた。


 「ごめん、少し疲れて」

 「すまない、僕のせいだ。本当に……申し訳がない」


 ヴィルは細々と何度も謝った。

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