第9話 パートナー
それから間もなくして、陛下と王太子殿下がいらっしゃった。
陛下がいらっしゃると、モーガン夫人は言葉を慎む。
ようやく食事が始まった。
アンリ殿下とロゼッタ王女は兄妹仲が良好で、陛下はオフィーリア様とモーガン夫人に対して平等に接してくださるので、雰囲気は穏やかなものになった。
陛下を中心に、アンリ殿下が世間話を始める。
最近は風が涼しくなった、というロゼッタ王女の言葉を聞いて、アンリ殿下は思い出したように斜め向かいに座る妹を見た。
「デビュタントは一か月後だが、ヴィルには招待状を送ったか?」
「ええ、側近に任せております。ですが……ヴィル様は病み上がりなのに、お誘いして失礼に当たりませんでしょうか」
申し訳なさそうにするロゼッタ王女に、陛下はやさしく声をかけた。
「人生で一度の機会なんだ、遠慮する必要はない。それに、彼は完治したのだろう?」
陛下は私を向いた。
声をかけられるとは思っておらず、私は即座に目を伏せてはい、と答えた。
アンリ殿下がよかった、とこぼした。
「にしても、ヴィルがダンスを踊れるとは思えない。あいつがエスコートできるようになるまで兄が指導しておいてやるから、ロゼッタは足を踏むなり何なりしてやりなさい。どうせ彼は丈夫だから、踵で踏まれようが何も思わないだろうよ」
「あらお兄様、もう少しご友人を大切になさって」
和やかな会話をよそに、私はデビュタントのパートナーの存在を思い出していた。
デビュタントに参加する女性は、将来の伴侶と共に出席する。
オフィーリア様のパートナーは陛下で、ロゼッタ王女のパートナーはヴィルだ。
考えれば気づくことだけど、デビュタントに関する私の意識はオフィーリア様に注がれていたので、ヴィルが出席しなければいけないことを今まで忘れていた。
「ロゼッタも結婚する年頃ね」
モーガン夫人はやわらかい声で、しみじみと呟いた。
ロゼッタ王女とヴィルが婚約している、ということは私がヴィルと出会う前から誰もが知っていることだった。
デビュタントが済めば、結婚の手続きは着々と進んでいくだろう。
周りだってそれを認知している。
この大々的な婚約は、ほとんど確約したようなものだ。
私はそれを実感した。
そうして、ようやく諦めがつく気がした。
ヴィルは熱心に告白してくれたけれど、私はそれを聞き入れながら、真に受けてはいなかった。どうせ叶わない、と俯瞰している部分があった。
だから大した衝撃は受けていない。
やっぱり、という気持ちが大部分を占めているだけだった。
それから話題はデビュタントに移り、どこの令嬢と令息が参加するだとか、そんな話をしていた。
オフィーリア様に話が振られるときもあるけれど、オフィーリア様は単調な返事をされるだけで会話に参加しようという積極性は見せない。
食事もあまり進んでいなかった。
オフィーリア様は普段からパンやスープなど、素朴な料理を好まれる。
油っこいものは胸やけがするから苦手だ、と年寄りじみたことを仰っていた。
今回の晩餐会のメニューは、脂ののったステーキがメインだった。
他にも、色の濃いソースで煮込んだひき肉を、バターが練り込まれたパイで包んだミートパイなどがある。
それらに手をつけようとなさらないので、私は紅茶を注ぎ足すタイミングでオフィーリア様に近づき、肉料理もお召し上がりになるよう囁いた。
公の場で偏食をしては、すかさずモーガン夫人に指摘されるだろう。
モーガン夫人はちょうど会話に夢中で、オフィーリア様を見ていなかった。
オフィーリア様は渋々といった様子でステーキの端を小さく切り分け、口に入れた。
少し眉をひそめたが、表情に出さないように頑張って咀嚼している。
私が紅茶を注ぎ終わって再び後ろへ下がったとき、視界の隅で斜め向かいに座るアンリ殿下がこちらを見たような気がした。
私は少し目線を上げてアンリ殿下を盗み見たけれど、殿下はすぐ陛下を向いて話に戻られた。
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