第8話 口論

 「貴女の側近が、ローレンス家の嫡子に恩を売ったそうですね。誠に喜ばしいことです」


 オフィーリア様は淡々と「彼女の持っていた医術が役に立ちました」とうそぶいた。


 養父の功績だと知っているのはオフィーリア様とヴィル、イーサン先生とノアだけで、世間は私の功績だと信じている。

 モーガン夫人もこれを疑っている様子はないが、残念そうにまつ毛を伏せた。


 「だけれど、原因を解明するには至らなかったようですね」


 オフィーリア様が黙した一瞬の間を待たず、モーガン夫人は「そういえば」と続けた。


 「ヴィル・ローレンスを診察した名医のひとりが言っていたことがありましてね。ヴィル・ローレンスが危篤状態に陥ったのは昨年の秋ですが、それより前、一昨年の秋から彼は身体に違和感があると申していたようで」


 それは事実だった。


 私も、症状はいつから表れたのか、とヴィルに訊ねたことがある。

 彼は昨年の秋に心臓発作で倒れたのだが、一昨年の秋から手足に強張りがあるという予兆があったそうだ。


 単なる体調不良かもしれない、とも言っていたが、今まで風邪を引いたことがないほど健康だったヴィルがあのタイミングで体調を崩すとは考えにくいので、起因は奇病にある可能性が高い。


 「貴女がデスティントにいらしたのは、一昨年の秋でしたね。ヴィル・ローレンスが不調を感じ始めたのも一昨年の秋で……そして、貴女をコンジュアからデスティントの王宮まで護送したのもヴィル・ローレンスだそうじゃないですか」


 モーガン夫人はそこまで言って、眉をひそめながら唇の端を上げた。


 「もしや貴女は、コンジュアの病を持ち込まれたのでは?」


 私は思わず反論しようと口を開いた。

 そこでモーガン夫人が私を一瞥したのを見て、相手の思うつぼだと悟った。使用人が王族に口出しすれば、オフィーリア様の側近は教養がない、などと言われかねない。


 寸でのところで言葉を飲み込んだが、当のオフィーリア様に反論する気配はなかった。

 私はオフィーリア様の後ろ姿しか見えないので、表情までは伺えない。


 「彼を治した方法は、デスティントにない医術でしたよね?」


 モーガン夫人は私ではなくオフィーリア様に向かって問いかけるので、口を挟むことができない。


 「貴女は感染病をデスティントに持ち込まれたのではありませんか?」


 歯がゆい思いで静観していると、ロゼッタ王女が「感染病であれば、患者はヴィル様に留まらないでしょう」と言いながらゆったりとした動作でカップをソーサーに置き、横目でモーガン夫人を見た。


 「ヴィル様が奇病に侵されたことによって、王都で奇病の存在を知らない者はおりません。その中で患者が現れないのですから、感染病の可能性は低いかと思います」


 「それなら、ヴィル・ローレンスだけが奇病に侵されたのはどうして?」 


 その答えは私の中にもなかった。

 これに対しては、私も疑問に思うところだった。


 「ひょっとして、貴女が工作したのかしら。重臣を病にさせて、側近が治して手柄を立てれば、それも側近が平民であれば側近の実家ではなく貴女の功績になりますものね。

 だって、コンジュアから医師を呼んでしまえば早く解決したでしょうに、そういう流れにならなかったのは貴女が陛下を唆して、側近を遣わせたからでしょう?」


 どうやってオフィーリア様がヴィルを病にしたというのか。

 それに「貴女、貴女」と上から目線で呼びかけ、頑なに王妃と呼ばない態度に腹が立った。陛下がいらっしゃらないので、モーガン夫人の発言を咎める人は誰もいない。


 そう思っていたとき、ロゼッタ王女がまあ、と驚きの声を上げた。


 「お母さま、コンジュアの医師をお呼びしてはヴィル様の危篤を知られることになります。和平を結んだとはいえ、重臣の危機を知られることはあまりよろしくありませんし、コンジュアに借りを作ることになってしまいます。ですから、奇病については国内で解決したいと、お兄様が仰っておりました」


 ロゼッタ王女は、オフィーリア様に微笑みかけ「幸い、オフィーリア様はデスティントの王妃であらせられます。その側近が問題を解決されたのは、本当に喜ばしいことですね」


 そう言って話をまとめてしまわれた。


 モーガン夫人は不機嫌そうな顔をしたけれど、それを娘に向けることはしなかった。


 思わぬところから助け舟が出て、私は内心驚いていた。

 ロゼッタ王女がオフィーリア様を庇うような、それも王妃の立場を知らしめるような発言をしたことが意外だった。


 心やさしい王女に見える。

 けれど、見ようによっては胸の内で何かを目論んでいる、それを微笑みで隠しているようにも見えた。私には王族の考えなど、想像もつかない。


 ヴィルが私に花を贈ったこと、ふたりきりで王宮で話し合ったことは知られていないらしく、モーガン夫人はオフィーリア様を嫌った目つきで見るものの、私の存在は意識の外にあるようだった。

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