第7話 晩餐会

 あれから一週間が経った。

 空気が冷たくなり始め、バルコニーから見える木の葉は、まばらに茶色く染まっている。


 ヴィルと王宮で会ったきり、音沙汰がないけれど寂しさを感じる暇もなく忙しくなった。

 今年の秋は、オフィーリア王妃とロゼッタ王女のデビュタントがある。


 オフィーリア様は貴族に対する挨拶の練習や、ダンスの練習のために宮殿と王宮を毎日往復されている。


 デビュタントが一か月後に迫ると、王宮と同じように宮殿の使用人も慌ただしくなった。オフィーリア様が王妃として政務に携わるようになれば、住まいを宮殿から王宮へ移さなくてはいけない。そのために宮殿にあるものを整理し、必要なものは王宮へ運ぶ。


 他にも、私は貴族からの手紙の対応に追われていた。

 奇病の件でヴィルとローレンス卿が参内してから、オフィーリア様宛に手紙が届くようになった。

 いずれも交流会の招待だった。

 オフィーリア様がローレンス家の支持を得たと考え、お近づきになろうとしているのだろう。


 オフィーリア様は返事を書こうとされないので、私が代わりに、デビュタントを控えていることを理由に断りの返事を送った。


 コンジュアの国王――オフィーリア様の父君からも手紙が届いたけれど、オフィーリア様は軽く目を通されただけで、これにも返事を書かなかった。


 それだけでなく、手紙を燃やすよう私に言いつけた。


 私は画用紙のように硬い手紙を破り重ねて、燭台の火にくべた。

 紙片には文字が部分的に見えた。


 目に入ったのは、オフィーリア様の近況を伺う内容だった。


 家族からの当たり障りのない手紙を、どうして燃やしてしまわれるのか。


 不思議に思ったけれど、オフィーリア様が窓辺に寄りかかって物憂げにされているのを見たら、何となく訊ねるのはよそうと思った。


 「私がデスティントへ来てから、二年が経つのね」


 オフィーリア様は抑揚のない声で呟いた。

 鬱蒼とした緑や茶色を眺めながら、ぼんやりしている。


 「はい。一か月後から、正式な王妃となられます」


 オフィーリア様は一か月後、と反芻して私を振り向いた。


 届いた手紙の整理をしていた私は作業する手を止めて、彼女が何か言い出すのを待った。

 けれど、オフィーリア様は何も言わずにまた窓へ視線をやった。



***



 夕方になると王宮へ行き、晩餐会のために身支度を整える。

 オフィーリア様は、普段はお召しにならない派手なドレスを着付け師によって強引に着せられていた。


 中年の着付け師はしかめっ面で、必死にコルセットを締める。

 オフィーリア様は眉を寄せながら「どうして毎回、食事前にお腹を締めつけられるのかしら」と不快感をあらわにした。


 「晩餐会は、お腹いっぱい召し上がる食事会ではありませんので。陛下にお会いする唯一の機会でございます。王妃として、美しい装いをされてください。そうしなければ、陛下に飽きられてしまいますから」

 「どんな姿でも愛してくれるのが夫の鑑だわ」


 ねえ、と話を振られて私が頷くと、着付け師は呆れて肩をすくめた。


 晩餐会は月に一度、王族同士の交流を目的として開かれる。


 私は傍仕えといっても位を持たない使用人なので、晩餐会に付き添うことはできなかったが、宮殿の管理権限を得てからは許可が下りた。

 晩餐会には国王陛下、王太子殿下、ロゼッタ王女とモーガン夫人が出席される。


 オフィーリア様は二年のあいだで慣れたようだけれど、私は王族が揃っている場所に身を置いたことがないので緊張していた。


 ロゼッタ王女に付き添う使用人は令嬢だろう。


 それに対してオフィーリア様に付き添うのが私なんて、気後れする。オフィーリア様に申し訳がない気もしたが、私を指名されたのはオフィーリア様だったので仕様がなかった。


 せっかくなら、モーガン夫人やロゼッタ王女の人物像を把握しておきたい。


 赤い絨毯の間には、白いテーブルクロスのかかった食卓と、その真上に金製のシャンデリアが下がっていた。くぼんだ天井には眠った天使の絵が描かれている。

 壁や柱などの至る部分に装飾がされていて、金色の光が空間にあふれていた。


 オフィーリア様は背の高い椅子の横を歩いて、奥の席に座られた。

 対面にはモーガン夫人が、モーガン夫人の隣にロゼッタ王女がいらっしゃる。付き添いの使用人は後方に下がっているので、私も同じように倣った。


 陛下と殿下はまだいらっしゃらない。


 私がモーガン夫人を目にするのは、オフィーリア様がデスティントに嫁いでこられた翌日の、お披露目の式以来だった。

 そのときはまだ、国民から賞賛されていた王妃の面影があった。


 けれど、今のモーガン夫人は宝石のアクセサリーを首や手首につけ、権力を誇示するような下卑た笑みを浮かべている。

 赤く塗られた唇がいつ開かれるのか、と私はひやひやしていた。


 その隣で、ロゼッタ王女は毅然とされていた。

 アクセサリーは身につけているものの、媚びた印象は受けない。


 席についたオフィーリア様に、ロゼッタ王女は微笑んで目礼された。


 モーガン夫人は口もとに手を当て、私を見て口角を上げたが何も言わなかった。そうして私からオフィーリア様へ視線を移す。

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