第3話 手紙と花

 王宮に戻ったあと、私はヴィル・ローレンスを治療したことで陛下から褒美を賜ることになった。私はオフィーリア様が過ごされている宮殿の管理権限を要求した。


 これでオフィーリア様を軽蔑する使用人を取り仕切ることができる。


 王妃に仕える者は普通、令嬢だった。


 私はオフィーリア様に選ばれたので傍仕えとしての立場をいただいたが、平民であることに変わりはない。だからオフィーリア様をひそかに愚弄する令嬢がいても、私は手も足も出なかった。


 陛下は私の要求を受け入れてくださった。


 王宮に戻ってから数日が経ったあと、私宛に一通の手紙が届いた。


 送り主はヴィルだった。


 シンプルな白い便せんに、読みやすい文字で「奇病の件について謝辞を申し上げるため、近日中に王宮へ参内する」という報告が書いてあった。


 それから、日を置いて再び手紙が届いた。

 これは単なる近況報告だった。


 「騎士の職務に復帰したが、身体に異常はない。邸宅に戻ってからも花の世話は続けている。そのうちの一輪を先生に贈る」


 封筒の中には短い手紙と、白い切り花が入っていた。

 手紙が王宮に届くまで時間がかかったはずなのに、花びらは未だにみずみずしい。おしべは赤紫色をしている。黄色い粉がついていないのは、花粉がきちんと取り除かれている証拠だった。


 ヴィルは療養中、手足が動かせるくらい回復した頃、身体が鈍るといけないので剣の訓練がしたいと常々言っていた。

 けれど奇病の原因が不明なので、どれくらい運動させていいのかわからない。

 私とイーサン先生は、とりあえず安静にしているように、と釘を刺していた。


 訓練を除くと、ヴィルは無趣味だった。


 暇を持て余したヴィルは切り花を花瓶に活けて、手入れをし始めた。花瓶の水を入れ替えたり、余分な葉を取り除いたりと毎日まめまめしく世話をしていた。


 それも色とりどりの花を数種類、一遍にだ。


 それがいつの間にか趣味になったらしく、ローレンス邸宅に帰ったあとも花の世話をしているらしい。



***



 「君が剣ではなく花を手にしているなんて、何だか不思議だね」


 屋敷にいる頃、そういってヴィルをからかった。日当たりのいい出窓には、ガラスの花瓶がいくつか並んでいる。ヴィルは花を一輪ずつ手に取って、状態を確かめていた。


 彼は少しむっとして、拗ねたように声をひそめた。


 「不似合いだと言いたいんだろう」

 「君に花を慈しむような、繊細な心があるとは思わなかったからね」


 彼は大ざっぱな性格で、たいていのことは力で解決しようとする。

 ドアの開き具合が悪ければ力づくで開けようとするし、時計が動かなくなればとりあえず叩く。


 そういう人が花を手入れしている姿は珍妙だった。


 ヴィルは苦笑しながら、花のつぼみをピンセットで弄った。


 「これは何をしているの?」

 「花粉を取り除いているんだ。そうしないと、早く枯れてしまうらしいから」


 よく見ると、ピンセットには綿が挟んである。綿には黄土色の粉がついていた。


 「今まで訓練に公務ばかりで、花を見る暇はなかった。生き急いでいたのかもしれない。たまには、こうして自由に過ごすのもいいものだな」


 そう言うヴィルは、訓練ができない状況を苦痛に思っているというより、どこかうれしそうだった。

 彼もこの人生の休息のような時間に浸っていたのかもしれない。



***



 「──騎士が花を贈るのは、好意の表れね」


 私が白い花を見つめたままじっとしていたら、オフィーリア様が笑いを含んだ調子で言った。


 「彼にはロゼッタ王女がいらっしゃいます」

 「それが何なの。ヴィル・ローレンスはリリーのことが好きなのよ」


 私は返事に困って、曖昧に微笑んだ。


 オフィーリア様は自室のバルコニーで自作のお茶を飲みながら、私の手もとを見つめている。

 私が花を封筒に戻すと、オフィーリア様はきょとんとした。


 「花瓶に活けないの?」

 「活けても活けなくても、いずれは枯れるでしょう」

 「じゃあ、手紙の返事は?」

 「よしておきます。何と返せばいいかわかりませんし」


 何より、返事をしたら私とヴィルが文通をしているという噂が広まってしまうかもしれない。

 それをモーガン夫人やロゼッタ王女に知られたら――私はそれを恐れていた。


 オフィーリア様はもの言いたげな目をしたけれど、そう、とだけ言ってそれきり口を閉じた。


 彼女の前で恋愛話をするのは気が進まなかった。

 年頃の女の子なのに、国王の妃となってしまった。だから好きな人が現れても結ばれることはない。そんな人を前にして、自分だけ色恋沙汰に浮かれるのは忍びない。

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