大仏デストロイヤー‼︎

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大仏デストロイヤー‼︎

 2023年12月25日。クリスマスのその日は、友達、家族、恋人、二次元の恋人などと過ごす者が大多数だ。


 しかし奈良県奈良市の東大寺に、たった1人で荘厳な大仏を見に来ている変わり者がいる。


 綺麗な黒髪を短めにした少女だ。歳の方は大体高校生ぐらいだろうか。モコモコの暖かそうな服装にマフラーなど防寒対策は完璧。顔もよく、今頃楽しそうに友達か彼氏と遊んでいるのだろうと思えるが……


 彼女は今ボッチだ。ボッチの高校1年生、山桑やまぐわ取可とりかだ。


 2007年6月20日に生まれた取可は順風満帆な人生を歩んできた。友達もできた。勉強も運動もまあできた。半年ほど前には初めて男性とお付き合いもした。


 けど、1週間前、彼氏とは別れた。振ったのは取可だが、別れた。


 告白されて付き合った同時はラブラブだった。お互い初々しく、側から見ても微笑ましかったことだろう。


 しかし慣れてくると、段々彼の本性が現れ始めた。


 第一に、金をせびってくる。第二に、彼女持ちであることをことあるごとに周りに自慢する。第三に、臭い。第四に、異様なまでに肉体関係を迫ってくる。第五に、臭い。


 塵も積もれば山となる。ちょっと不快な振る舞いは蓄積し、とうとう冷めてしまった。臭いし、聞いたところによると運動部なのに風呂はあまり入らないらしいし。臭いし。


 取可は案外恋愛などこんなものなんだろうと思いながらも、彼氏と別れて1週間、友達と遊ぶ気にもなれず、大仏を見にきた。


 何故大仏なのかは、取可自身にも分からない。


 ……だが、もしかしたらそれが運命だったのかもしれない。これから取可が足を踏み入れる戦いの世界は、それほどまでに奇妙なものだったのだから。


(……何、あいつ……⁉︎)


 取可がボケーっと奈良大仏を眺めていたその時。


 大仏の頭に、何者かの影を見た。


 色は薄い茶色。白い斑点がまばらにある四足歩行の動物。そして頭には立派な2本の角。


 すなわち。


(鹿だ‼︎)


 取可はキョロキョロを周りの人達を見渡した。のんびりと歩くご老人。カップルと思わしき男女。驚嘆の表情を浮かべる子供とその両親。


 決して人がいないわけではないのに、誰一人として大仏の頭頂部に居座る鹿に気づいた様子はない。


(え? 何? 皆気づいてないの? いやいやいや気づかないわけないでしょ。えじゃあ見えてないの? 嘘でしょ? え私の幻覚?)


 取可が顔を引き攣らせ混乱していると、鹿は口を動かした。


 同時に。


「お前、俺が見えているな」


 という声が聞こえてきた。


 取可は目を見開く。顔を驚愕一色に染め、大仏の頭を見つめる。


 タイミングも声の方向も、あの鹿が喋っているとしか思えなかった。


「やはりな。見えているな。な?」

「……」

「おい無視するなよ。ってそうか、他にも人がいるか。じゃああれだ、少しついてきてくれ」


 そう声が聞こえてくると、鹿は大仏の頭からヒョイと飛び降りた。結構な高所から飛び降りたのに、鹿はまるでピンピンしている。加えてやはり周りの人が鹿に気づく様子は無い。


 取可は悠然と歩いていく鹿の後ろ姿を眺めることしかできなかった。立派な大仏様を前にただの道を見つめる取可に、周りが怪訝な顔を向ける。


 鹿はしばらくして取可がついてきていないことに気づくと、振り返って口を大きく開いた。


「ついてこいってば!」

「は、はいぃ!」


 咄嗟に裏返った声で返事をする取可。周りからの妙な視線はより深くなり、ようやく取可もそこに気づく。異常に恥ずかしくなった取可はテクテクと歩き出し、鹿を追った。


 一人と一頭は人のいない場所を散策し、手頃な場所で取可は座らされた。


「えー、ごほん。改めて。俺の名前はルシャナだ。君の名前は?」

「や、山桑取可……です……あの、あなたなんなんですか。鹿ですよね? ていうかこれ夢ですよね? 何ナチュラルに自己紹介してるんですか?」

「落ち着け。これは夢ではない。……俺は、奈良の大仏、東大寺盧舎那仏像とうだいじるしゃなぶつぞうの化身だ」


 その言葉に、取可は目を見開いた。唖然と口を開けて声を震わせ……


「は?」


 本心を曝け出した。


「おいその異常者を見るような顔をやめろ。いいか、大仏が作られた時代ではな、病気、自然災害、飢餓、争いっていう、現代でも解決できないものが現代以上に蔓延っていた。大仏ってのはそういった苦しみから人々を救うために作られたんだ。だから大仏には人々の『願いのエネルギー』が込められている。その『願いのエネルギー』によって顕現した各大仏ごとに存在する化身、『願獣がんじゅう』。それが俺だ」


 その唐突なファンタジーにありそうな設定をお出ししてきたルシャナなる鹿。しかも妙にダンディーな声で。


 鹿がイケボでファンタジー設定を説明する。なんともシュールな絵面だ。


「いや、あの、大仏が色々な願いを込めて作られたのは知ってますよ? けど次の『だから』以降は全く意味不明なんですけど。何願いのエネルギーって。願獣? は?」

「そこまで否定されると傷つくぞ……」


 ルシャナは鹿の癖に妙に人間臭い表情を浮かべた。取可にケモナーの素質は無い。故に、なんとも気持ち悪い。


「……はぁ、じゃあルシャナ……さんの言ってることが本当だとして……なんで私だけがルシャナさんの姿が見えるの。そんで私を連れ出して、何して欲しいの」

「よくぞ聞いてくれた。もう長いことこの説明台詞考えてきたからな。早く喋りたくてウズウズしてたんだ」

「じゃあ早くしてよ」

「あ、はい。……先程言った通り、大仏にはさまざまな願いが込められている。その願いのエネルギー……想力そうりょくという力は、各大仏ごとに性質……能力があるんだ。そして各大仏の願獣は、それぞれの能力に最も適した人間のみが視認することができる。一部例外を除いてな」

「能力に敵した者? つまり私が奈良大仏の想力ってのに相性がいいってこと?」

「その通り。そして俺が取可に求める事は……俺と一緒に戦うことだ」

「……え?」

「世の中には必ず悪人がいる。それは願獣とて例外ではない。願獣の中には人間に憎悪を抱いたり、支配欲に満ちていたりといった者が少なからず存在する。そういった奴らは簡単に言えば暴れるんだ。ところ構わず。それを俺と共に止めて欲しい」

「……」


 馬鹿げた話だ、と取可は思う。


 そもそも今、取可はいまこの時を明晰夢だと思っている。こんな荒唐無稽な話も、そもそも目の前の鹿も、もしかしたら今日がクリスマスだというのも夢の中でだけのことかもしれない。


 だが、目の前の鹿の目。人間と形も大きさも全く違うのに、その奥にある光は人間よりよっぽど優しいもののように見えてしまっていた。これほどはっきりと景色を理解してしまうこの状況が夢だとは到底思えない。


「……ここ100年ほど、第一次世界大戦が始まったあたりからはどの願獣も大人しくしているが……おそらくそろそろ限界だろう。奴らの膨れ上がった欲求不満はもうじき爆発する。そうなれば一体何人死ぬか分からない。ずっとそれを阻止したいと思っていたが俺では力不足。想力は元々人間のエネルギー故人間が最も扱いに長けるんだ。俺は俺と共に悪の願獣から人々を守ってくれる人間……山桑取可、君を待っていたんだ」

「……」


 荒唐無稽、突飛、意味不明。この状況を表す日本語は沢山ある。


 だがルシャナの声には明確な感情があった。悔しさ、やるせなさ、不安、恐怖……そして僅かな希望。何も考えず生きている中年サラリーマンやくだらない悪事に手を染める犯罪者より、よっぽど芯の通った生き物のように感じる。


 取可が今まで出会ったどんな人間よりも心を動かされる。それほどまでの意思、決意がルシャナにはあった。


 取可は自分がどういった感情を抱いているのか分からなかった。高揚なのか不安なのか、跳ねる心臓の真意は誰にも分からない。


 しかし取可は1つ決心をした。自分は自分の意思に従いたい。取可は震える口を動かし……


「すみません、やっぱり私にはついていけません……」

「……」

「仮定の仮定の仮定の話になっちゃいますけど……仮にこれが夢じゃなくて現実で、仮にルシャナさんが私の幻覚や幻聴じゃなくて、仮にルシャナさんの言っていることが本当だとして……私には、そんな大きな話についていく自信も……覚悟もありません……。私はただの高校生です。初めての恋人に心躍らせて、ちょっといいハンドクリーム買って、結局破局してため息吐いている16歳なんです。……顔も知らない人達のために戦えるような強い人間じゃないんです……」


 それは、本心だった。


 正直な話、ルシャナの話を聞いた時、取可は僅かに喜びのような感情を抱いた。恋人と別れた落ち込んでいた時に、たとえ夢だとしてもまるで自分は特別なのだと言われたような気がして。


 だが他人のために戦ってほしいと聞いた瞬間、嫌悪を感じたことを知覚してしまった。その瞬間、少し前までの浮かれた感情を抱いていた自分に嫌気がさしてしまった。


「……そうか……」


 ルシャナは静かに瞑目し、しばし動かなかった。


 だが少しして、ルシャナは目を開き、踵を返した。


「……ならば強制はするまい。自分の命は自分の好きなようにするべきだ」


 その声には確かに悔しさが含まれていた。それが取可の胸をどうしようもなく抉る。


 軽い自己嫌悪に襲われた取可が俯き、言いようのないモヤモヤを抱えた……その時。


「……だが、俺はいつでも待っているからな」


 芯の通ったルシャナの声が、取可の頭に明瞭に響く。


 顔を上げれば、取可を真っ直ぐに見つめるルシャナと目があった。そこに失望や軽蔑の色は全く存在せず、ただ純粋な光が取可の目を射抜いていた。


 と、その時。


 ポケットの中の取可の携帯電話が音を奏でた。電話の着信音だ。見てみれば取可の仲のいい友人からだった。


 ルシャナとの気まずい空気にどうするかと迷う取可。しかしナラはそんな様子に気がつくと、静かに元いた大仏の方へと歩いていった。


 その物悲しそうな背中を見つめながら、取可は電話に出た。


「あ、取可? いまどこ?」

「……東大寺」

「……なんで?」

「……なんとなく?」

「……なんで?」

「こ、この話はいいでしょ! で、本題は?」

「いやね、今超突発クリスマスパーティのメンバー募集してんの。取可もどうかなって。あ、安心して。彼氏は呼ばないから。いや元カレか」

「やかましいわ! ……じゃあ参加しようかな」

「おお、断られるかと思ってたのに」

「……気晴らしだよ。色々と」


 奈良県奈良市。本州の中西部にある奈良県の県庁所在地。東大寺や春日大社等、歴史的遺産が多く存在し、学生の修学旅行先として京都と並ぶ名所である。


 東大寺西部に広がる住宅街。そこに取可、及び友人の家はある。


 春だろうが初夏だろうが秋だろうが観光客に溢れる奈良市だが、流石にクリスマスに大仏を見に来る者は少ない。お目当てはその周り。人懐っこい鹿達だ。


 東大寺は鹿公園内に存在する。故に東大寺を出ると、鹿と共に人もまた溢れていた。


 鹿そのものも、鹿と戯れるカップルも、取可に嫌なことを思い出させる。


 ルシャナ……あの鹿はなんだったのだろう。夢なのか、幻覚なのか……何故鹿相手に本音が溢れてしまったのか。どちらにせよ、きっと疲れが溜まっているのだろう。


 そう心の中で思いながら、取可が俯いて歩いていくと、直に住宅街へと辿り着く。


 鹿公園とは一転、静寂に包まれる住宅街。そこをさらにしばらく進むと、すぐに友人宅はあった。


 友人宅の玄関前には数人の女子が立っていた。ちょうどチャイムを鳴らそうとしていた所のようだ。


「あ、取可!」

「お前東大寺行ってたんだって?」

「え、東大寺? なんでクリスマスに」

「い、いいじゃんその話は!」


 友人達はケラケラと笑い、取可は小馬鹿にされながらもそれを見て自然と笑みを溢した。


(あーあ、やっぱり私に恋人は早かったな。まだいろんなこと考えずに友達と遊んでいる方が……)


 と、取可達が笑いながらチャイムを鳴らしたその時。


 取可はふと、視界の中に歪みを見た。


 友人宅の陰から直径数十センチの、陽炎のように歪んだように見えるものが飛び出てきた。直径と言ってもその形は球ではなく、ボヤけているので分かりづらいが鳥のように見える。


 その歪みの鳥は羽ばたきながら取可達の周りを旋回し、近くの電線に止まった。


 自然と歪みの鳥を目で追った取可は、電線に止まった鳥をジッと見つめ……


「お前‼︎ 私が見えているな‼︎」


 という女の声を耳にした。


 瞬間、取可はそいつが何者なのかを理解した。


(ルシャナさんと同じだ‼︎)


 鳥は電線を飛び立ち、またもや周りを旋回した。


 取可は鳥を目で追おうとするが、ドンドンと速度が上がっていき捉えることができない。鳥は単なる空間の歪みのように見え、輪郭が定まっていないからだ。


「……ん? なんだ、お前ハッキリ見えてるわけじゃないのか。ならば私がお前を見てやるよ‼︎ 友を目の前で殺され、絶望の表情を浮かばせるお前をなあ‼︎」

「え⁉︎ 何を……⁉︎」


 取可は咄嗟に声を発してしまった。


「わっ! と、取可いきなり何?」

「何をって、チャイム鳴らしただけだけど……」


 やはり、友人達はあの鳥は見えていないし声も聞こえていないようだ。突然声を荒げた取可に怪訝な顔を向けてくる。


 しかし取可は友人達の変人を見るような目線にも、困惑した表情にも、ドン引きしたような声にも気づくことはなかった。


 あの鳥が起こした現象に目が釘付けになっていたのだ。


 鳥が取可に罵倒の言葉を浴びせた後、空間の歪みから光が滲み出てきた。光は際限なく湧き続け、やがて歪みの後方へと集まってくる。そして光は形を作っていき、巨大な頭部、胴体、腕が形成された。


 光が完全な人型を形作った時、パッと弾けるように光は霧散した。


 それは座ってはいるがそれでも高さ10メートルを超える人型の像だ。角張った平面的な面相、低い肉髻にっけい、猫背気味の姿勢……


 取可はそれを見たことがあった。奈良の大仏と並び、日本三大大仏の一角と言われる鎌倉の大仏……


 銅造阿弥陀如来坐像どうぞうあみだにょらいざぞうである。


(大仏……⁉︎ やっぱりあいつはルシャナさんの言ってた悪い願獣……⁉︎)

「皆逃げて‼︎」


 取可は必死の形相で叫んだ。


 同時に、鳥の操る大仏は右腕をゆっくりと持ち上げる。鳥は狙いを集まっている取可の友人達、その中心に定め……大仏の拳を振り下ろした。


 瞬間。


 建物の屋根を、“鹿”が飛び移ってきた。取可の友人宅の大通りを挟んだ隣の家からその鹿は飛び出し、歪みの鳥へと体当たりした。


 その衝撃で鳥は体勢を崩し、大仏ごと何軒かの家に落下した。大仏にのしかかられた建物は軒並み潰れ、地響きと轟音が響き渡った。取可達は思わず悲鳴を上げる。


「ぬぐぁっ‼︎ なんだお前……‼︎ ……って、お前は‼︎」


 鹿は取可の前に着地した。


 見間違うはずもない。跳躍の最中浮かべていた光ある目、凛々しい立ち姿。


「ルシャナさん!」

「ルシャナァ‼︎」

「やめろライザ‼︎ 一体何人殺す気だ‼︎」

「人間ごときの命なんかしるかよ‼︎」


 取可は顔を歪ませ、ルシャナとライザと呼ばれた歪みの鳥を交互に見た。


 これから戦いが始まる。そうすれば当然周囲の建物は破壊され、友達も……


「取可! その子達を連れて逃げろ!」


 頭が恐怖に支配されそうになっていた取可は、ルシャナの声で思考を取り戻した。


 逃げろ。その言葉に逡巡する。周りの家には当然人がいる。潰れた家にもいただろう。怖い。逃げたい。そのくせその人達を助けたいという想いはある。


 苦しそうな表情を浮かべた取可は一瞬ギュッと目を瞑り……


「これやばいよ! 早く逃げよう!」


 そう言って、友人達に声をかけて走らせ、自らもその後ろを走り出した。


「な、なんでいきなり家が……!」

「ガスかなんかが爆発したの……⁉︎」

「誰か消防署に連絡して!」


 取可は走りながら友人達の背中を見つめていた。


(……私、なんで逃げたんだろう……怖い……うん、怖いんだ。けどあの大仏を見てもあまり恐怖は感じなかった。恐怖を感じたのは大仏が現れた後、皆のことを意識した時! 私は逃げて何がしたいの? 私の“願い”はなんなの……? 私は……私は……!)


 瞬間、取可は脚を止めていた。すぐさま振り返って走り、ルシャナの横に並び立つ。


「取可……⁉︎ 何故……!」

「私は! 皆のことを守りたい! 顔も知らない大勢の為に命を賭けるなんてできないけど……手の届く所にいる大切な人には笑顔でいて欲しい! それが私の願い‼︎」


 ルシャナは唖然と目を見開いた。


 次いでどうしようもない歓喜の色を浮かばせ、ニヤリと笑って見せた。


「ありがとう、取可! ならば俺の角に手を翳せ! 俺の想力全てを授ける!」


 言われた通り、取可はルシャナの角に手を翳した。


 するとルシャナの体が光に包まれた。光はドンドン強くなっていき、やがて体全てが光となる。その光は翳された取可の手へと移動し、吸収されていく。同時に、取可は自分の中に力……想力が溢れていくのを自覚した。


 やがて光全てが取可に吸収され、ルシャナの姿はなくなった。


 しかし直後、取可はルシャナの声を聞いた。周りのどこかからではない。頭の中に直接声が届く。


「よし、これでお前は願獣である俺を吸収した! これでライザの姿も見えるはずだ!」


 視線を上げれば、宙に浮かぶ大仏のその手前、先程まで空間の歪みがあった場所に1匹の鳩がいた。


「そしたら願うんだ! 守りたいという願いを形にし、奴を倒す像を作れ!」


 取可は目線を鋭くし、ライザを見つめた。


 結論は既に出ている。ライザを倒し、友達を守る。それが混じりけの無い本音であり願い。


 瞬間、ライザが大仏を顕現させた時と同じように、取可の体から光が滲み出てきた。光は背後に集まっていき、人型を成し……一体の大仏を作り出す。


 その姿は先程まで眺めていた東大寺盧舎那仏像とうだいじるしゃなぶつぞうに他ならない。


「先程各大仏には能力があると言ったな! 病から民を守るための力……取可に宿ったのは薬を操る能力……『阿魔琉餓吽アマルガム』‼︎」


 取可は右手をまっすぐ前に突き出した。


 すると、取可の背後にいる大仏は印相を解いた。右の拳を握り、振りかぶり、僅かな溜めの後巨大な拳が振り抜かれた。


 拳はライザの大仏の顔面に激突。取可達にしか聞こえない鈍い打撃音が響き渡る。ライザの大仏は吹っ飛び、空中を滑る。


 しかし、ある時にピタリと空中に停止して顔を上げれば、傷1つついていない大仏の顔があった。


「小癪な! そんないきなり力を渡されて使いこなせるか! パンチが軽いんだよ! ルシャナ、お前を殺せば人間の想力は私に注がれる。私は人間の絶望の顔が見たい! 悲鳴を聞きたい! 私があの優越感を得るためには、お前は邪魔なんだよ‼︎」


 ライザの叫びが住宅街に響く。取可のみが聞き取ったその声には、確かな侮蔑と侮辱、軽蔑の色が表れていた。


 しかし、それを全く意に介さずに取可は再び大仏を動かした。


 先程ルシャナが来た際に破壊された家屋の瓦礫をどかししていくと、1人の老人が倒れていた。老人は頭部から流血しており、意識は無い。足は家屋の瓦礫に潰されている。


 取可の大仏はその老人をそっと両手で包み込んだ。


 瞬間、老人の体は淡い光に包まれた。すると老人の流血は徐々に止まっていき、見るも無惨なひしゃげた足もまた形が戻っていった。


 これが『守りたい』という願いから発現した能力、阿魔琉餓吽アマルガムである。


 薬の性質をもった想力を対象に流し込み傷や病気を治療する。取可の人を想う心故の能力と言えるだろう。


「馬鹿が‼︎ 他人助けて隙晒してんじゃ意味ないだろうが‼︎」


 しかしその親切心を尊重するようなライザではない。


 ライザの大仏は拳を振り上げた。そして老人の側に跪き、傷の具合を見ている取可へと拳を振り下ろす。


 巨大な拳が取可に迫り、命中し、体中の骨が木っ端微塵になる……瞬間。


 拳は突然軌道を曲げた。内側に曲線を描いて飛来した拳は地面を打ち、アスファルトが砕け散る。


 上空のライザは目を見開き、息を荒げていた。


(な……ッ! なんだ⁉︎ 苦しい! 息が荒れる! 倦怠感が満ちる! こっ、これは……‼︎)

「毒かッ‼︎ だがなんでお前が……ッ‼︎ 阿魔琉餓吽アマルガムの効果は薬のはず……‼︎」


 取可はゆっくりと顔を上げ、ライザを睨みつけた。


「……薬と毒の違いは何か。それは量だ。生きるのに不可欠な水にも致死量があるように、発癌性物質がたったの1分子じゃ無害なように、万物は量次第で薬にも毒にもなる! 薬を操るということは、毒を操ることと同義なんだ!」


 取可が声を大にして話す間にも、ライザはドンドンと呼吸を荒げていく。羽ばたかせる羽にもうまく力が入らなくなってきたようで、旋回こそできているがフラフラだ。


 ライザは凄まじい眼力で取可を睨みつける。内に秘める苛つきを隠しもせず、感情をただただ吐き出していく。


「ふざけるなよ……‼︎ もうすぐに死ぬほどの飢餓状態の奴の前に置かれたご馳走を、意地を張って奪うなよ……お前がやっているのはそういうことだ‼︎ 絶望の表情を見せろクソガキがアアアアア‼︎」


 ライザは怒り狂い、大仏を取可にけしかけた。拳を振るい、全身全霊の力を込める。人間の絶望した顔を見たいという願い。否、欲を振るう。


 ライザの大仏は空中を滑り、取可へと迫ってきた。拳が振りかぶられ、取可を殺そうと迫り来る。


 瞬間、取可の大仏は凄まじい速度で拳を振るった。拳はライザの大仏の顔面を撃ち抜き、粉々に砕く。


「な……ッ⁉︎」

「そんなに絶望の表情が見たいなら、死んで地獄にでも落ちやがれ‼︎」


 取可の大仏は右腕を振りかぶり、空中で羽ばたくライザを殴り抜けた。さらに吹っ飛んでいくライザを掴み、地面に叩きつける。


 そのまま両腕で地面に倒れるライザを何度も何度も殴る。何度も何度も何度も何度も何度も何度も。地面が砕かれ轟音が鳴り響き、対してライザの悲鳴が小さくなっていこうと、大仏は地面を殴り続ける。


 やがて大仏が拳のラッシュを止め、取可の背後に引っ込んだ時、陥没した地面に倒れ込むライザの体は光に包まれ、霧散していった。


 同様にして取可の大仏も光へと姿を変え、出現した時の逆再生のように取可の体へと引っ込んだ。


「……私の友達に手出した罰だよ、この破壊願望者が」









 2024年1月1日。


「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」


 取可の家ではその日、おせちが振る舞われていた。


「あー寒っ! こたつ強くして」

「そんなに? 父さん歳とった?」

「その言葉私にも効くんだけど」

「お姉ちゃんと私がデカくなってるのがいい証拠だよ」


 父、姉、母、取可が正月から楽しげに会話する傍ら……取可にしか聞こえないもう1つの声が。


「これがおせちというものか。なあ取可食べていいか? なあなあ。俺なんだかんだ人間の食べ物食べたことないんだ。いいだろ?」

「うるっさいなダメに決まってんでしょ!」


 ルシャナのしつこさに、取可は我慢できずに喋ってしまった。すると姉がビクリと体を震わせる。


「そ、そんな怒んないでよ。かまぼこ取ろうとしたぐらいで。そんな好きだっけ?」

「え? い、いや違くて!」


 ルシャナは現在、取可の想力を元に肉体が作られている。よって自由に動けるのだが、念の為にと現在は取可の家に居候している。


 取可は家族の視線に耐えられず、飲み物を取ってくるという体で台所へと向かった。


「はぁ、人いるときはあまり話しかけないでよ……あの時も友達に散々馬鹿にされたんだから……」

「……正月だからとあまり気を抜くなよ。前も言ったが肉体が消えた程度じゃ願獣は死なない。思念体のようなものとなって生きている。また想力が貯まったら奴は真っ先にお前を襲うぞ」

「……分かってるよ。でも絶対また勝つよ。あいつの破壊衝動が、私の皆を守りたいって願いに勝るわけがないんだから」



※※※※※



 近況ノートに補足等があるあとがきがあります。よければ。


https://kakuyomu.jp/users/ScandiumNiobium/news/16817330668960892817

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