アリスとパパ

「来るぞ。奴は飛びかかってくると同時にお前の首に向かってナイフを振り下ろしてくる」

その言葉に身体が酷く震えてくるのが分かる。

なんでこんな事に・・・

だが、不思議と頭の隅ではこの状況を冷静に見ている自分もいた。

何故かは分からないが、恐らくアリスが指示してくれると言うのもあるのだろう。

「来るぞ!左手を顎の下!」

言われるままに動かすと、その直後ナイフが喉元に来たがまたはじき返された。

「顔!右肩!」

アリスの指示は極めて的確だった。

男のナイフは全て防がれている。

これなら・・・行ける。

だが、その直後突然左手が軽くなった。

「すまん。赤子では魔力が続かぬ。シールドは消えた」

「え?じゃあ・・・」

「右手の棍棒は何とか維持できる。それで攻撃あるのみ」

「嘘だろ・・・」

その時。

男の目が僕を素通りして、ずっと後ろの一点に向いた。

そして・・・そちらに駈けだした。

あそこは・・・アリス!?

この状況の大元であり、彼女の言葉を借りるなら本当の狙いを見つけたのか。

でも・・・アリスは逃げる事が出来ない。

「しまった!」

アリスの声が聞こえる。

次の瞬間。

僕は気がつくと・・・男とアリスの間に飛び込んでいた。

その直後、右頬に焼けるような痛みが走る。

切られたらしい・・・

「・・・貴様、なぜ!」

理解できないという感じで話すアリスに向かって言った。

「さっきは有り難う・・・」

そう言って目を閉じる。

もうダメだ。

僕は来るであろう、致命的な一撃への覚悟を決めようとした。

だが・・・

「右手を顔の高さに!」

え?

言われるままに反射的に右手を上げる。

「そのまま振り向け!」

何が何だか分からないが、痛みを抑えて振り向いた。

すると、右手から真っ赤な炎が吹き出した。

そして、目の前の男を包み込む。

これは・・・

男は、全身を炎に包まれたまま・・・消えた。

「消えた・・・」

「誰かの魔力で作られた木偶のようじゃな。だから魔力を焼き尽くしたら消えたと言うわけじゃ」

「いや・・・って言うかあんな魔法が使えるなら・・・」

「普通なら無理じゃ。わしも驚いた。本来は目くらまし程度に炎のタネをぶつけるつもりだったが、お前の腕を媒介としてあんな・・・」

でも、何はともあれ助かった。

「バスを降りるぞ。ここでは目立つ」

「あ・・・じゃあ」

明日香の身体に戻ったアリスを抱えて急いでバスを降りた。

後ろからは「何だこれは」「事故だ!」と言う悲鳴混じりの声が聞こえている。

あれ・・・?

「あんな事があったのに・・・・」

「記憶を抹消したのだ」

「そんな事出来るの?」

「何とかな。魔力が回復してて良かった」


「いいか、お前に言っておくことがある」

バスを降りて歩いている僕に、背中に背負われているアリスが言う。

「なに?」

「もう二度とあのような勝手なことをするな。ワシの指示通りに動け。逃げろと言ったら必ず逃げろ。あれは、結果的に上手くいっただけじゃが、歯車が僅かに狂っていたらお前は死んでいた」

「でも、アリスだけなら助かったんじゃ無いか?」

「もし、お前が本当にそんな事を考えていて、今後も同じ事をするのであれば・・・わしはお前を許さぬ」

アリスの怒りに満ちた静かな口調に驚いた。

「・・・ゴメン」

「お前はあの阿呆にそっくりだ。見た目だけで無く、足りない脳みそまでも」

「え?誰に」

「誰でもいい。昔、お前とよく似た顔をした大陸的阿呆がおった。そいつも勝てるわけが無いのに、わしをかばって・・・自分だけなら逃げ切れたのに。理解の出来ぬ阿呆だ。本当に阿呆じゃった。お前は、当然あのようなド阿呆では無いな?」

「阿呆阿呆って・・・」

ウンザリしながら振り向いてアリスの顔を見た僕は、言いかけた言葉が止まった。

アリスは無表情だったが・・・両目が赤くなって潤んでいた。

「アリス・・・その人って」

「これ以上は何もしゃべらん。無駄話は終わりじゃ。さて、と色々言ったがその機会ももう無い。短い間だったが世話になったな」

「え?」

「え?とはなんじゃ。お前はわしを・・・えっと、ニュウジインか?別の所に預けようとしてるのじゃろ」

「な・・・!」

なんでそれを。

アリスはフンと鼻を鳴らした。

「お前ごとき低脳の考えることなどお見通しじゃ。あれだけ、わしとの関わりを嫌がっていたのが急に愛想良くなり、向かっている景色が以前通ったヤクショからの道と逆。だったらそこに行ってワシを厄介払いしようとしてるのは明白だ。違うか?」

僕は無言でアリスを見た。

「構わぬ。ワシと居るとこれからもやっかい事に巻き込まれるだろう。早く手放すといい。なぜお前の身内の赤子に転生したのかは気になるが・・・それは新天地でおいおい調べるとしよう」

そして、アリスはポツリと言った。

「それなりに楽しかったぞ。あと・・・世話してくれたこと、心から感謝する」

僕は・・・

「おい、なぜ立ち止まる?他の村人たちの邪魔じゃ」

僕はアリスを背負い直すと、来た道を逆に歩き出した。

「おい、そっちは来た道では無いか」

「当たり前だろ。帰ってお前のミルクの用意をしないと。僕も疲れたから早く風呂にも入りたい」

「お前では無くコルデル様と・・・何?帰る?」

「誰がお前を手放すと言った?散歩に来ただけだ。もう充分歩いたろ」

「お前・・・」

なぜ気が変わったのかは分からない。

ただ・・・このアリル・コルデルと離れる事を考えて、何故か分からないけど寂しくなったのだ。

「頼まれたって手放すかよ。父親は娘を守るものだろ?」

そう言ってアリスに笑いかけると、なぜかアリスの顔がほのかに赤くなった様に見えた。

「な・・・何を」

「さて、帰ってミルク飲んだら、アリスも一緒にお風呂入ろうか」

「ふ、風呂・・・あれはダメじゃ!またわしの裸体を蹂躙するつもり・・・」

「じゃあ全身臭くなってもいいのか?」

「くっ・・・臭いのは・・・嫌じゃ」

「じゃあ決まり」

「貴様・・・覚えておけよ」

「はいはい」

笑いながら、改めて背中のアリスの温もりを感じる。

そう。

僕たちは親子なんだから。


それから6年が過ぎた。

あれから・・・本当に色々あった。

でもそれはまた別の話。

今は、目の前の彼女に集中しないと・・・

「おい翔太!とっとと撮れ!わしの最高の表情が崩れただろうが」

「はいはい」

桜の花びらが暖かい空気を彩る4月。

小学校の校門の前で、門にもたれてまるでアイドルのようなポーズを決めているアリスに怒鳴られながら、僕は慌ててカメラを構えた。

この春、アリスは小学校に入学した。

入学式もつつがなく終わり、今は正門前で記念写真を撮っているのだ。

「アリ・・・明日香、誰か来るかもだからその口調は」

「やかましい!とっとと・・・ねえ、パパ。早くしてよ」

あ、口調が変わった。

近くに他の生徒と保護者が集まりだしていた。

「よし。オッケー」

「ねえねえ、明日香にも見せてよ・・・あ、凄い!パパ天才!」

そう言って大げさな身振りで抱きついてくる。

あれ以来、ドラマや映画で「この世界の立ち居振る舞いを学んだ!」と豪語していたが何で学んだのかと思うような振る舞い方だ・・・まあ、可愛げがあるので悪くは無いが・・・

「おい、もっと撮影技術を学べ。わしの可愛さが全く表現されておらぬ」

耳元でアリスがぼそりとつぶやく。

「またいつかね」

「ふざけるな!これからもっと撮らせ・・・もう、パパったらまだ撮りたいの?」

全く、こいつは・・・

ため息をつきながら、これからのコイツとの生活を考える。

きっと、ウンザリすることの方が山ほどあるんだろう。

でも・・・きっと、それ以上に楽しいに違いない。


【終わり】

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魔法使いとパパ 京野 薫 @kkyono

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