第11話 本命の彼氏 2

 とにかく今すぐにこの場から逃げ出したいと思えるほど重たい空気の中、俺は声を出してしまって後戻り出来なくなった。

 心陽こはるの浮気が本物だとは信じたくない無いけど、こうなってしまったのなら仕方がない。


 もともとちょっとモヤモヤする事はあったのだ。

 もし両思いじゃなかったときのために、ある程度メンタルは鍛えてあるつもりだし。

 どうせなら気になること全部知ってから別れてやる。


 そう、勢いで無理やり思考を捻じ曲げた俺は、恐る恐る口を開いた。


「……彼氏?」


 心陽こはるを見つめながら尋ねると、彼女はハッとしたように目を見開いて、前のめりになった。

 口をパクパクさせていて、なにか言いたそうな感じだけは伝わってくる。


 何も言わない心陽の言葉を代弁するように、電話の相手は低い声で答えた。


『……そうだよ』


 その言葉が聞こえて、再び部屋は静粛に包まれた。


 出来ることなら今すぐに通話を切って欲しい。今すぐに帰らせてほしい。

 そう思うほど、ここまで気まずい空気を体験したのは初めてかも知れない。


 じっとしてるのが嫌になって、ふと視線を心陽こはるに戻してみる。

 そして少し驚いた。


「え、」


 何故か彼女はこわばった表情で首を横に振っていたのだ。

 まるで、必死に何かを伝えようとするように。


 途中で腕を胸のあたりで交差させて、バツを作って見せたりもした。


 ……どういう意味があるのだろう。


『……今から家に入っていいか?』


 なかなか会話が再開しなくてしびれを切らしたのか、男は沈黙を破ってそう質問してきた。

 すると心陽こはるは一瞬青ざめてから、覚悟を決めるように目をつぶって通話を切った。


 予想外の行動を取った彼女に、当然俺は驚いた。


「え、切って大丈夫な感じなの……? だいぶ怒ってそうだったけど……」

結翔ゆいと

「……ん、?」


 今度は涙目になりながら、俺の顔を真っ直ぐ見つめて心陽こはるは声を出した。


「好きっ。ほんとに! 結翔ゆいとが好きだからっ!」


 俺の服を掴んで、本気で焦っているような表情をして彼女は続ける。


「あんなヤツと付き合ってない……!」


 頭を俺の胸に押し付けて、服を握る力が更に強くなる。


「信じて……、ほんとだから……」


 恐怖で震えたような声。

 服からも怯えのような何かが伝わってくるような気がする。

 これは本心なんだなと、思わざるを得ないような迫力がある。


「俺は……」


 俺は心陽こはるを信じるよ、と言いかけて、言葉に詰まった。


 だって、この行動も、表情も全てが作り物なのかもしれないのだ。

 嘘なんか簡単に吐ける。

 けど、簡単に真実を確かめるなんてことは不可能だ。


 全て疑っていかないと、また恥をかくことになる。


 彼女が言うことが全部本当ならいいのにな、なんて思いながら、俺は拳に力を込めて言葉を続けた。


「それ、本当?」

「本当だよ! 嘘じゃない!」


 一度疑い始めたからか、仕草、言動などが全て演技に見えてくる。

 最悪だ。


「……俺は心陽こはるのことが本気で好きなんだよ」


 だからこそ、今までの発言が嘘だった時のダメージも大きい。

 それでも大好きだから、俺は真実は知りたいのだ。


「だから……、正直に答えて欲しい……」


 俺はベッドから立ち上がって、心陽こはるを見下ろしながら言った。

 多分、相当深刻そうな顔をしているのだろうと、鏡を見ていなくてもわかる。

 でもそんなこと気にしている余裕もない。


 俺は静かに彼女を見つめて返事を待つ。


 しばらくしてから心陽こはるは俺の目にしっかりと視線を合わせて、堂々と、ゆっくりと答えた。


結翔ゆいとのためなら何でも出来る。大好きだから」


 いつの間にか鳴っていた電話の着信音なんか気にも留めず、心陽こはるは真剣な顔つきでこちらを見つめ続けた。

 信じてくれと訴えてきているような気がしなくもない。


「…………はぁーっ、」


 どうするのが正解なのか完全にわからなくなった俺は、頭を掻いた。


「……ちゃんと後で全部説明してよ。今は信じるから」


 気付けば、俺はそう口にしていた。


 やっぱり俺は、諦めきれないのだろう。

 

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