第10話 本命の彼氏 1

 先程から変わらずベッドの上で、近い距離を保ったまま会話をしていたとき。

 唐突に、着信音が鳴り響いた。


「あっ……、」


 その音を聞いた心陽こはるは、ついさっきまで見せていた笑みを消し去り、慌てた様子でスマホに飛びついた。

 なにかに怯えているようで、ちょっと手が震えているように見えなくもない。


 暗い表情で口に人差し指を当てて、ジェスチャーで声を出さないでほしいと伝えてから彼女は電話に出た。


『……今一人?』


 相手はどうやら男の人のようだった。

 どこかで聞いたことがあるような、低い声をしている。


「今友達といるけど……。どうしたの?」

『ふーん。じゃあそいつ帰ったら家あがってもいいか?』


 電話をしている相手は、そう言った。何故か少し怒ったような口調で。

 その瞬間、少しマシになっていた不快感が再び全身を襲う。

 考えたくないけど、思いついてしまったのだ。


 もしかして、本命の、相手って。


 そんな不安から、体中から血の気が引くような感じがした。


 この場から今すぐに逃げ出したくなる。

 だんだんと、息苦しくもなってきた。鼓動も頭まで響いて聞こえてくる。


 張り詰めた空気が、容赦なく俺の心を抉っていく。


 わざわざスピーカーにして会話しているのも、俺から別れを切り出させるためなのかも知れない。

 もしかすると二人は、心陽こはるの仕草で照れたりしているのを陰で笑っているかも知れない。


「っ…………、」


 一度ネガティブな思考が生まれると、連鎖的に悪い可能性も浮かんでくる。


 ただただ、辛い。悲しい。

 やっぱり俺は両思いなんかじゃなかった。


 彼女の嘘にまんまと騙されて、本命の男との会話のネタにされていたのだろう。

 夜とかにでも通話している姿が映像のように目に浮かぶ。


 しかし、俺が一人で苦しんだところで現実が変わることはない。

 追い打ちをかけるように、心陽こはると男の会話が進んでいく。


「ごめん、今日用事あって……。もうすぐ友達にも帰ってもらうつもりなの」

『…………そう。最近全然行けてないから俺悲しいな』

「ほんとごめん……。塾行き始めたから大変で……」


 ベッドに座っている彼女は、ビデオ通話をしているわけでもないのに申し訳無さそうな顔をして言った。


 そこで少し時間が空いた。

 地獄みたいな重くて気まずい空気の中、心陽こはるは彼の言葉を待っているようだった。


『……お前、』


 ようやく口を開いた男は、一瞬言葉に詰まった。

 しかしそんなこと気にせず、彼はすぐに言葉を続ける。


「え」


 その一言で、空気が完全に凍りついた。

 気まずかったのはさっきからだけども、それ以上に。


「……いや、女の子だよ?」

『嘘だ』

「嘘じゃないって!」

『……俺はっ、見たからなっ!? おっ、お前らが二人で入っていくのを!』


 急に男は声を張り上げて、そんなことを脅すように怒鳴りつけた。

 驚いたからか、心陽こはるの体が一瞬震えた。


「……え、なんで知ってるんだ……?」


 思わずそう声に出して、俺は慌てて口を手で塞いだ。

 喋るなと言われていたし、空気感からして発言が許されるような感じでなかったのに。


 やらかしたと思ったときにはもう遅い。


 とにかく、こんな浮気の発覚の仕方をするなら、両思いでないと知ったときに別れておくべきだったと、今更ながら後悔したのだった。

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