第6話 いい雰囲気だったのに 2

 他人に見られた瞬間に俺と物理的な距離を取った心陽こはるは、信じられないと言った表情でこちらを見つめていた。

 彼女という立ち位置にいる人物に失望したような目を向けられるのは結構辛かったりする。


「……え、なんであやが居んの……?」


 俺は内心焦りながら、でも顔には出さないようにそう尋ねた。

 するとショートカットのあやは腰に手を当てて、何故かドヤ顔で答える。


「そりゃあ、付き合ってるんですから。彼氏が見えたら追いかけるぐらいするでしょ?」


 彼女は当然のことを言うように、表情一つ変えずに堂々と言った。


 である心陽こはるは俺とあやの姿を何度か交互に見てから、衝撃的なモノを見たときのような顔をした。


「……浮気?」

「違う。付き合ってないから」


 面倒臭いことになったなんて思いながら、俺は活発そうな後輩を見つめた。

 ちろっといたずらっぽく舌を出して彼女は笑う。


「いやぁ、たまたま屋上に来てみたら男女が抱き合ってて焦ったよ」

「……見てしまったなら普通帰るでしょ」

「それが彼氏さんの浮気現場なら叫ぶでしょ?」


 その言葉を聞いて困惑した様子で視線を泳がせている心陽こはるが目に映り、俺は一旦彩あやを黙らせることにした。


「とりあえず黙ろうか」


 怒られた彼女はわざとらしくシュンとなって、ちょこちょこ歩きながらこちら側へ寄ってくる。

 そして俺の前で止まったかと思えば、すぐに両手を広げて抱きつくように引っ付いてきた。


 チラッと隣を見ると、呆れたように俺のことを睨んでいる心陽こはるの姿が。


「彼氏さん温かいです」

「ちょっ、マジで誤解されるようなこと言うな! お前彼女じゃないだろ!」

「でもすごく仲が良さそうに見えますね。実際どうなんですか?」


 心陽こはるが笑顔で訊いてきているだけなのに、身震いするほど圧を感じたのは今日が初めてだった。


「いや、あやが一方的に……」

「さすがにひどいよ。告白してきたのそっちなのに」

「ほんとに誤解だって!」

「私は結翔ゆいとの顔が見れないだけで苦しくなるほど大好きなのに!」

「え、?」


 あれ、嬉しい言葉が聞こえたような。


「今日だって早く家に行った一番の理由は会いたかったからだよ!?」


 必死の様子で心陽こはるはそう言った。やばいぐらい嬉しくて、だんだんと顔が熱くなってくる。


「……あ、はい……」

「うわ、せんぱい顔真っ赤」

「黙れマジで」


 俺は無理やりあやのことを引き剥がして拘束から抜け出すと、すぐに本当の彼女心陽の隣に並んだ。


「あぁー、逃げられちゃった。まあ面白いもの見れたから今日は帰ることにしてあげよう」

「最初から帰ってくれてたら一番ありがたかったんだけども」

「んー……。まあ、とりあえずばいばい」


 俺が呟いたのを軽く流して、彼女は大きく手を振りながら屋上から去っていった。

 気分が変わったのか、すんなり帰ったことに驚いたりもした。


 あやが帰って、嵐のような存在がいなくなってからは少しの間沈黙が流れた。

 アイツのせいでいい感じの雰囲気は壊れて、妙に気まずい。


「……あやは、ほんとに彼女じゃないからな」

「……ほんとに?」

「本当に」


 心陽こはるのことを真っ直ぐ見つめて、俺はハッキリとそう言った。

 彼女は少し悩むように空を見上げて、視線をこちらに戻してから口を開いた。


「……じゃあ信じてあげる」


 その言葉を聞いた俺はホッとして、胸を撫で下ろした。

 まだ続きがあるとは知らず。


「その代わりに、」


 と何か言いかけて一瞬戸惑って、ちょっと時間を置いてから続けた。


「もう一回、告白再現してみてよ」


 まさかのお願いに、俺は一瞬胸が苦しくなる。


「…………いやだ」

「じゃあ信じない」

「えぇ……。それは困る……」

「じゃあやって」

「はーい……」


 そう渋々返事をしたのは良いものの、恥ずかしすぎて思い出すのも嫌になるあの告白をもう一度しないといけないと考えると憂鬱な気分になる。


「じゃあ、楽しみにしてるねっ」

「あはは……」


 急に上機嫌になった心陽こはるを見て、俺は更にテンションが下がるのだった。

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