第5話 いい雰囲気だったのに 1

 先程から変わらず手は繋いだまま、俺と心陽こはるは学校までやってきた。

 朝早いせいかやけに静かで、お腹が緊張したときのようにキュッとなるような感覚がする。


「着いたー!」

「意外と早かったような気もするな」

「それは私との会話が楽しかったってことでオーケー?」

「……まあ、そうかも」

「おぉ、それは嬉しい」


 校門を通ったあたりで自然と手が離れてちょっと残念に思ったが、テンションの高い彼女を見てそんなことは一瞬で忘れてしまった。


 心陽こはるの笑顔は目の保養になるからね。つまり可愛いということ。


「なんか、私たち以外の人が消えちゃったみたいな感じがする」

「わかるかも」

「こういう静かな方が私は落ち着くなぁ……。二人っきりだしねっ」


 呟きながら、心陽こはるはこちらにチラッと視線を移した。

 俺の反応を確かめるような仕草に、思わずドキッとしそうになる。


 しかし特に感情を表面上に出さなかったのを見て、不機嫌そうな彼女に頬を膨らませながら視線を逸らされた。


 昨日の放課後に聞いた言葉を思い出して、またあの不快感に襲われるのが怖くなったからというのもある。

 が、笑顔ぐらい返せばよかったと、俺はちょっと後悔するのだった。


 それから更に歩いてようやく、屋上に行けそうな、校舎の裏側についている階段を見つけた。

 ところどころヒビが入っていて、黒ずんでいるところもある。


「ここの階段が屋上に繋がってるはずなんだよね。多分」

「そうなんだ。こっち側山であんまり見たことないからだろうけど、地味に新鮮に感じるな……」

「確かにね」


 なんて言いながら心陽こはるはまた俺の手を取って、階段をのぼり始めた。

 手に力が入っていて、結構な力で引っ張られる。


 手を繋いでるときは、彼女も意識しているからだろうが視線を合わせようとしてくれないのがちょっと気になるのだが。

 まあ、こちらも見られたくはないのでありがたいと言えばありがたい。


「もうちょっと……」

 

 俺は早くなる鼓動を誤魔化すように足を早く動かして、心陽こはると並んだ。


 そして、握っている手が汗で少し滲んできた頃に、ようやく屋上へ出ることができたのだった。


「おー! やばっ、めっちゃいい眺めじゃん!」

「うん……。思ってたより10倍ぐらい綺麗」


 おもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃぐ彼女を横目で見ながら、俺も予想以上に綺麗だった景色に視線を戻した。

 心陽こはると居るからというのもあるのか、普段よりも景色にも感動するような感覚を覚える。


 奥に見える山々と点在する家、その景色を侵食するように視界に映る海が、いい感じのバランスを取っている。


「海、かぁ……」


 つい俺は、大好きな海を前にボーっとしてしまった。

 吸い込まれそうな美しい波の動きを見ると、目が離れなくなってしまうのだ。


 どうして水が動いているだけなのに、こんなにも魅力を感じるのだろうか。

 そんなことをただひたすらに考えていると突然、なにか安心出来るようなモノに包まれたような、心地よい感じが全身を覆った。


「ゆいと〜っ!」


 そこまで大きくはない声を出して、心陽こはるが後ろから唐突に抱きついてきていたのだった。

 それでほんの一瞬だけ、時間が止まったかのような気がした。


 柔らかい胸が背中に密着しているせいで、自分のモノと同じぐらい早くて大きい彼女の鼓動が伝わってくる。

 さすがの心陽こはるでも緊張はしているのだろう、と思わせてくれるようで少し安心できる。


 だが、緊張とかそんなこと構わず、畳み掛けるように彼女は口を俺の耳元に近づけて、優しい声を出した。


「ゆいとぉ……ほんとに、好き……」

「えっ……、え、えぇ……?」


 態度が急変した心陽こはるに、俺は困惑することしか出来なくなってしまう。

 逆に、いきなり抱きつかれて、好きな人に「好き」と言われて冷静でいられる方がおかしいと思うのだが。


 ただまあ、嬉しい気持ちは確かにある。


「……おれ、も」


 せっかく勇気を出してくれたのだからと、彼女の言葉に答えるように俺がそう口にした時。

 屋上までのぼって来た階段の方から、元気のいい叫び声が聞こえてきた。


結翔ゆいとせんぱぁぁぁいっ!? ななっ、なにしてるんですかぁぁぁ!」

「……げっ」


 名前を呼ぶ二人目の声を聞いて、俺の高ぶっていた気分は急降下した。


 せっかくいい感じの雰囲気になっていたというのに、それをぶち壊した人物に向かって俺は強く睨みつける。

 すると、階段の方から移動しようとしない彼女は、それに反応するように申し訳無さそうに頭をかきながらニコッと笑うのだった。

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