第2話 彼女の本当の気持ち 2

「よっ。元気?」


 家から出て心陽こはると顔を合わせて、初めにかけられらのはそんな言葉だった。

 笑顔は浮かべているが、どこか心配するような目をしている気もする。


「いや、まあ……。はは……」

「うわ、全然元気ないじゃん」


 心陽こはるは肩ぐらいまで伸ばされた髪の毛を、右手で軽くかき上げながら言った。

 ちょうど風が吹いて、彼女のスカートと触りたくなるような綺麗な髪がなびく。


「ねぇ、別に体調が悪いってわけじゃないなら家にあがってもいい?」


 相変わらず可愛らしい表情を向けて、心陽こはるは尋ねてきた。

 その顔を見て、俺は思わずドキッとする。二つの意味で。


「うーん……」


 一瞬家にあげるぐらいしてもいいんじゃないかとも考えたが、好きでもない相手の家に入るのは彼女も嫌だろうと、俺はすぐに思いなおす。

 それに、自分自身も気持ちの整理がついていないのだ。

 家にあげられないのは仕方ない。


 そう勝手に言い訳して、心陽こはるの善意を踏みにじって。

 最低なのはわかっているけど、好きな人に無理をさせるというにも抵抗を感じた俺は、断ることにする。


「……ごめん。今日は、帰ってほしい」


 俺は言葉も上手く選べず、優しい彼女に向かって帰れなんて言ってしまった。

 相手を傷つけたかも知れないと、気付いたときにはもう遅かった。


 はっとして無意識のうちに下げていた頭をあげて、俺は心陽こはるの目に視線を移した。


「……え、」


 その刹那、気が動転した。


 彼女は意外と正直だ。

 嫌なことがあれば、すぐに顔に出る。

 悲しいことがあれば場所なんか関係なく泣くし、嬉しいことがあればとびっきりの笑顔を見せる。


 そんな彼女が表情一つ変えずに、神妙な顔つきでこちらを見つめていたのだ。


 心陽こはるの瞳は、俺の思いなんて全て見透かしているような、目が離せなくなる不思議な感じがする。


「やっぱなんかあったんでしょ」


 図星を突かれ、俺は一瞬たじろいでしまった。が、無駄に心配をかけるわけにはいかないので、作り笑いを浮かべて返事を返す。


「……いや、別に何もないけど?」

「嘘だ。とりあえず家、入るね」


 そう言った心陽こはるは、なんの躊躇いもなく家の方へ歩いていった。

 そしてドアを開け、中に入った。自分の家に帰っていくように。


「あっ……!」


 半ば強引に突入されて俺は一瞬焦った。

 特に見られて困るようなものは無いけど、冷や汗をかいてしまう。


 しかし廊下で何度か帰そう声をかけたが全て無視されて、折れる気はないのだと悟りざるを得なかった。


「……もう、いいや。別に来られるのが嫌なわけじゃないし……」


 嫌なことがあった後だとはいえ、やっぱり好きな人が家に来るのは嬉しいことだ。

 笑みがこぼれそうになる。


「……で、なにがあったの?」


 相変わらず冷静さを見せながら俺のベッドに腰を下ろした彼女は、そう口にした。

 心陽こはるの真剣な顔つきから、本当に心配してくれているのだと思えてくる。


「ほんとに、なにもないって」

「……でもさ、結翔ゆいと、学校帰るときからそんな感じだったでしょ」

「え……、なんでそれ知って……」

「教室の窓から景色見てたらさ、めっちゃ暗い雰囲気の結翔ゆいとが見えたから」


 明日世界が終わるって言われたんじゃないかって思うほどヤバいオーラ出てたよ、なんて彼女は少し笑いながら言った。

 ちょっとでも明るい雰囲気を作ろうとしてくれているというのが、なんとなく伝わってくる。


「……やっぱ、好きになった人って、結構目で追っちゃうんだね」

「っ…………、」


 ここで、追い討ちをかけるように放たれた彼女の言葉が、俺の胸に突き刺さった。

 とにかく不快な、変な感覚がする。


 勉強机の前の椅子に座っている俺は、うつむくことしかできなかった。


「……もしかして、私のこと嫌いになったりした、?」


 しばらく間をあけてから訊いてきた、そんなの言葉。

 不安そうな震えた声をしているが、それがかえって俺の耳には悪く聞こえてしまった。


「…………、」


 何も、答えられなかった。

 本当は大好きで、彼女と二人きりという最高のシチュエーションのはずなのに。


 笑顔も浮かんでこない。


 少しボーっとしていると突然、温かい心陽こはるの体が俺の体に触れる。


「……


 なんて言いながら、彼女は正面から抱きついてきたのだった。

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