第32話 また来るから

「ねぇ、ルーラ」

 再びショックで呆然としているルーラに、ザーディが声をかけた。

「そう言えばザーディ、少し見ないうちに大きくなったわね」

 今頃、そんなことを言うのも、ルーラらしいと言えばルーラらしい。

「こうして人の姿をとる時、精神の成長に合わせて姿も変わる。つまり、ザーディスは最初の頃に比べて、成長できたという訳だ。結果がはっきり目に見える」

 ラルバスが代わりに答えてくれた。

「ルーラがいてくれたから、ぼくは帰って来られた。どんなに言っても言い切れないけど……ありがとう、ルーラ」

 深い青の瞳。本当にその中に引き込まれてしまいそうな、不思議な感覚に襲われる。

「ううん、あたしの方こそありがとう。ザーディのおかげで、あたしも魔法がうまくなったようなもんだもん。言うなれば、お互い様ってやつね」

 にっこりと、いつもの笑顔を向けるルーラ。

「……ルーラはぼくのことを知っても、同じように笑ってくれるんだね」

 ザーディの言葉に、ルーラはわずかに首をかしげる。

「そりゃそうよ。だって、ザーディはザーディでしょ? あたしは竜のザーディを好きになったんじゃなくて、ザーディを好きになったんだもん」

 言い終わる頃、ルーラはザーディにしっかり抱き締められていた。

「今度はぼくが守る。ルーラに何かあった時は、ぼくが守るよ。絶対に」

 いきなり抱き締められ、少しきょとんとしていたルーラだったが、

「うん、期待してる」

と応えた。

☆☆☆

 頬の傷は、ラルバスのひとなでであっさりと消える。もちろん、跡など残っていない。

 その後、ルーラは竜の夫妻から、礼として何かほしいものはないか、と尋ねられた。

 ルーラが同行することになったのはなりゆきだが、一緒に北へ向かうようになって彼女は自分の持てる力でザーディを守ろうとした。

 それに、ルーラといることで、ザーディは両親の期待以上に心身共に強くなった。

 それらに対する礼である。

 ノーデじゃないからお金はほしいとはあまり思わないし、魔法力を上げてもらうというのもいいだろうが、それでは自分の力にならないから、と却下した。

 もらいものの魔法力なんて、それが竜からの贈り物であってもプライドが許さない。

 しかし、そうなると、欲しいものというのが出てこない。

 ただ、見たいものはある。竜の世界だ。

 ここは、入口にあたる所。このまま奥へと進めば、そこには竜の世界が広がっているのだろう。

 どんな所なのか。他にも多くの竜が飛翔していたり、湖の中を泳いでいるのだろうか。

「ならば来るといい。ここまで自力で来たのだ。ためらうことはない」

 竜自身の口から、そう言ってもらえた。なら、ルーラは喜んで行けばいいのだが、なぜか首を横に振る。

「いいえ、やめておきます」

 ルーラの言葉に、竜の夫妻は「おや」という顔をした。レクトも、ルーラが断る理由がわからない。

「どうしてだよ、ルーラ。竜の世界に行きたいって言ってたろ? 目の前に、その世界があるんだぜ。おまけに入っていいって、竜がじきじきに許してくれてんのに」

「確かに、あたしはここまで自分の力で来たかも知れない。でも、それはザーディが危ないかもっていう気持ちがあって、夢中でやっていたからいつの間にか来ていたんです。火事場の馬鹿力って奴です。そうじゃなく、もう一度自分の力で、なおかつ冷静な気持ちで通り抜けたい」

 勢いだけで、ここまで来てしまった。もし本当にルーラに力がある、と竜夫妻が言うのなら、勢いに任せないでもう一度挑戦したい。

「何かお礼をしたい。そうおっしゃってくださるなら、もう一度チャンスをください。あたし、今回は家に帰ります。そして、また来ます。ちゃんとここまで来られたら、その時にゆっくりと竜の世界を見せてください」

 ルーラらしいや。

 ザーディはそう思った。

 竜夫妻、そしてレクトがしばらくルーラを見ていたが、やがて竜夫妻はゆっくりとうなずいた。

「では、また来なさい。私達はルーラが再び来てくれるのを待っているとしよう」

☆☆☆

「今までちんたらと歩いてたのが、嘘みたいだな」

 眼下に広がる森を見て、レクトがつぶやいた。

 今、レクトはルーラの魔法で、飛んでいるほうきに乗って空にいた。

 もちろん、自分の前にはルーラがいる。少し柄の長いほうきを出し、二人でそれに乗っているのである。

 そして、ザーディ達の棲む世界を後にした。

「一度ザーディと飛んだ時も思ったけど、本当に大きい森ね。時間がかかっただけのことはあるわ。見渡す限り、木ばっかり」

 下にあるのは、ひたすら深緑の海。所々に枝の茶色。葉にさえぎられ、地面は全く見えない。

 とにかく広い森だ。

 山々が連なって緑が続いているのではなく、全てが森。この下をずっと今まで歩いて来たのだと思うと、何だか改めて自分のすごさみたいなものを感じてしまう。

 これまではずっと北へ向かっていたのだから、帰りは南へ向かうことになる。

 ちゃんと方角をつかんでから進めばいいのだが、ルーラは面白半分に勘だけで飛んでいた。

 別に早く帰りたくて飛んでいるのではないから、気にしていない。ずっと下にいたから久し振りに飛びたかっただけなのだ。

 そして、置いていかれては困るレクトも、行く先は決まっていないから時間がかかっても構わないので、こうして便乗している。

 いくら障害物がない空の上でも、さすがに一日で超えてしまえる広さではなかった。それに二人乗りだから、スピードがいつもよりも遅くなってしまう。

 だが、ルーラはいつもみたいに途中で落ちかけたりもせず、無事に飛び続けた。

 もっとも、ルーラはそれに気付いていない。気持ちいいなー、と思う程度である。

 竜の世界から飛び立って、三日が経った。

 普通に飛べば一日半程でどうにか飛び越えられる距離だったが、ルーラの勘がちょっと狂ったり、気紛れに別方向へ飛んだので、少々時間がかかったのである。

 やがて、二人はメージェスの村に足を着けた。ルーラの家のすぐ前だ。

 ルーラにすれば、約半月ぶりの我が家。自己開発の旅にしては短いかも知れないが、最初ならこんなものだろう。

 それに、中身は予想よりもずっと濃かった。

 ルーラが戻って来たことに気付いた家族が、すぐに走り出て来る。

「ルーラ、無事に帰って来たか」

「見たところ、あまり変わってないみたいだな」

「全く……どこまで行ってたの? 知らせるようにしてくれてもよかったじゃないの」

 ラーグやファーラスの言葉はともかく、キャルの言葉にあれ? となる。

「あたし、ちゃんと今はここにいますって、伝書鳩飛ばしたけど」

「そんなの、届いてないわ」

「……あれ」

 はは、魔法が途中で消えちゃったみたいね。あまり気にはしてなかったけど。一度だけっていうのがまずかったかな。もうちょっとしておくべきだったかしら。

「まぁ、無事だろうというのはわかっていたがな」

 ルーラが、え? という顔をすると、父は笑って言った。

「娘を一人旅に出すのに、何もしておかないはずがないだろう。それなりの魔法を使ってるさ」

 さすが魔法使いの父。ザーディのように、ルーラも知らない所で守られていたのだ。

 ルーラが行く先々でケガをしないよう、護りの魔法をかけられていたのである。

 そのおかげで、モルに坂の上から突き落とされてもほとんどダメージがなかったのだ。

 木の根に頭をぶつけたり、ノーデの振り回すナイフはさすがにダメージが大きすぎて守りきれなかったが、全く守られてなければもっとひどいことになっていたはず。

 ルーラはそんなことに気付かず、運よくケガせずに済んだ、程度に思っていた。

 まさに、親の心子知らずだ。

「ところでルーラ、彼は?」

 ラーグがレクトを見て尋ねる。

「あ、えーと、話せば長くなるのよね」

 どこから話し始めればいいんだろう。本当に長くなりそう。

 何から切り出そうとルーラが考えていた時、けたたましい騒ぎ声が聞こえてきた。

「あー、ほら。やっぱりルーラだぁ」

「お空飛んでるの、見えたんだ」

「ねぇ、どこに行ってたの」

 子ども達が歓声をあげながら走って来て、ルーラの周りに集まる。

「ねぇ、ルーラ、遊ぼうよぉ」

「ずっといなかったんだもん、いいでしょ」

 その光景を見ていたレクトは、ルーラの周りにザーディが大勢いるように思えた。

「ねぇ、父さん達、今までのことやレクトの話は後でするわ。ちょっと遊んでくる」

 子ども達の歓声に包まれて、ルーラが笑う。

「ルーラ、何か魔法やってみせて」

「よーし、何をしよっかな」

 その声を聞き付け、ファーラスが心配そうに言った。

「ルーラ、子ども達にケガをさせるんじゃないぞ」

「心配しなくても、大丈夫ですよ」

 ルーラの代わりにレクトが応える。そう言った途端、ルーラの声がした。

「あー、まぁた失敗しちゃった」

 笑うルーラの顔は、屈託がなかった。

 あいつ、わざと失敗したな……。

 魔法を知らないレクトにも、それがわかった。当然、魔法使い達にもわかっているはずだ。

 ルーラの笑顔を包むように、子ども達の笑い声が響いた。

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魔法をかけた子守歌 碧衣 奈美 @aoinami

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