第31話 本当のザーディ

 ザーディがルーラと竜の世界へ向かい始めたことも、そこへノーデ達が乱入してきたことも、ビローダの森を守る精霊達が報告していたのだ。

 もちろん、イオの実の粉についても知っている。その粉によって、ザーディが危険な目に遭いそうになったことも。

 しかし、ルシェリがほどこした護りの魔法があることと、ザーディがどうやってその状況を打破するかを見ることにした。余程のことでもない限り、彼らは手を出すつもりはなかったのだ。

 そして、本当の同行者であるルーラについても、伝えられていた。途中で立場が変わった、レクトについても。

 ちなみに、ルーラに竜だとばれていない、とラルバス達が知らなかったのは、精霊達があくまでも「状況」だけを伝えていたからである。

「確かに俺、殺されかけたけど……ノーデに助けてもらわなきゃ、とっくに消えてた命だったんだ。こんな形で離れるのは不本意ではあるけど、実際すっげぇ頭にきてるけど……こんななったノーデ達を見てると、報復してやろうって気、なくなっちまった」

 ここで別れたらもう二度と会わないだろうし、会いたくない、ともレクトは言った。

「では、ルーラも殺してはいけない、と言ったことだし、命だけは助けるとしようか」

 ラルバスが呪文を唱えると、呻いていた男二人の身体が宙に浮いた。

 浮いている本人達は気付いているのかいないのか、呻いたまま。

「私の妻や息子の命を奪おうとしたのだ。本来ならば私も放っておかないところだが、息子にその気は失せたようだし、妻も傷一つ付かなかった。特別に、このまま帰すとしよう」

 言い終える寸前、二人の身体がフッと消えた。ルーラが目を丸くする。レクトは言葉もない。

「え……どこへ行ったの?」

「この地よりはるか遠くへ飛ばした。どこかは私も知らぬ。ただし、この森も、私達も、そして魔法も全て忘れているはず。その方が、他の人間にとってもいいだろうからな」

 物を、この場合は人間、それも二人を飛ばし、なおかつその記憶を操作してしまうとは。

 人間の記憶を操作すること自体、危険な術だ。失敗すれば、精神障害を起こす時だってある。

 それを、彼はいとも簡単にやってのけた。ルーラはただ、呆然と見ているだけしかできない。

「おい、ルーラ。いつまで呆けてんだよ」

 レクトが、ボーッとしているルーラの頭をこずいた。

 人間が浮いて驚きはしたが、魔法ならこういうのも有りか、とレクトの方がもう平常心に戻っている。

「だ、だって、今の魔法、すごいのよ。あんな簡単にできるものじゃないんだから」

 尊敬のまなざしで、ルーラはラルバスを見ていた。

 と、夫妻がくすくす笑う。

「番人には会ったな?」

 急に話が飛んだ気がしたが、ルーラはうなずく。

 でも、あれを「人」と呼んでもいいのだろうか?

「その後で、色々な物体が攻撃してきただろう?」

「ええ。もうしつこいの何のって。最後にイガグリみたいなのが出て来たから、もうその頃はイライラしてたし、一気に風で蹴散らしましたけど」

「ルーラ、すごーい」

 ザーディが感心したような声を出し、ルーラは首をかしげる。

「風を起こすのがすごい?」

「ルーラは全部、蹴散らして来たんでしょ? 普通、ここまではなかなか来られないんだよ」

 ルーラはレクトと顔を見合わせた。そう言われても、現にこうしてレクトと二人でここにいる。

「みんな途中で疲れちゃって、やられたり逃げたりするから」

「疲れはしたけど」

 ルーラだって、ザーディに会う、という目的がなければ、途中で投げ出していただろう。

「つまり、あなたには魔法を持続させる力がある、という意味ですよ」

 ザーディの言葉を、ルシェリが続けた。

「あ、で、でも……レクトだって、ずっと手伝ってくれてたし」

「なーに言ってんだよ。ほとんどルーラがやったんだろうが。今更謙遜するなよ」

「だ、だって、レクトだって剣でもってバシッて」

「数が違うよ。俺のは所詮、気休め程度でしかない。それに、ずっと俺に結界を張っててくれたぜ。詳しくはわからないけど、あれは確かに持続力があるって証明だよな」

「そういうことだよ、ルーラ」

 意味がよくつかめない言葉で、ザーディが締めくくる。

「そういうことって、何よ」

「間違いなく、ルーラはちゃんと魔法が使えるっていう意味。ここで魔法が使えたんだもん、これからどこでだって使えるよ」

 自分のことのように、嬉しそうに言うザーディ。少し離れた間に、ずいぶんと変わったみたいだ。

「私達をうらやむ必要はない、ということだよ。ルーラはもう一人前の魔法使いだ。我々と人間とでは、魔法の許容量が根本から違うが、人間としてなら十分に一級の資格がある」

「あ、あたしにぃ?」

 目を白黒させるルーラ。そんなルーラの背中を、レクトがバンバンとたたく。

「よかったじゃないか、ルーラ。これでコンプレックスともおさらばだな」

「そ、そんな、いきなり」

 今までさんざん、腕が悪いことを悩んでいたのに。一級と言われたが、それでは飛び級のしすぎではないのか。

「いきなりじゃないよ、ルーラ。ビローダの森へ入って、ルーラの魔法力は確かに強くなっていったんだ。最終段階がここって訳」

 確かに、日を追うごとに失敗は減ったような気はする。

「最初は軽くあしらえる。だが、多少の間が空いたとしてもそれがいつまでも続けば、魔法力の弱い者は次第に術がうまく使えなくなってくる。結果、攻撃を受けて逃げるしかない。単純な攻撃ばかりだが、繰り返されれば余計に疲れてしまうものだ」

 ラルバスの言うことはわかる。

 次から次へと形が変わっても、同じことの繰り返しでイライラした。

 だけど、あんな攻撃くらいで術がうまく使えなくなる、ということがあるのだろうか。

 これまで魔法についてほめられたことが少ないので、こうもすごいを連発されると本当だろうか、とちょっと疑ってみたくなる。

「魔法の専門家が保証しているのよ。信じなさいな」

 そんなルーラの気持ちを読んだのか、ルシェリが鈴を転がしたような声で笑う。

 ドリーの笑みとはまた違い、彼女の微笑みは別のはなやかさをかもし出す。貴婦人の微笑み。

「専門家?」

「私達は太古の昔から、魔法と共に生きています。一番古くから使っているのですもの、専門家と言っても構わないでしょう?」

「はぁ、まぁ、一番古いのなら……え?」

 ルーラの思考が、目まぐるしく回転する。

 一番古くから魔法を使っている、生あるもの。

 人間の歴史などは、この世界の中ではまだ新参者。

 古語の魔法書で、最初に出て来るのは竜。

 魔法を使う、最古の生き物。

「まさか……あなた達って竜?」

 あれこれ情報を吟味した結果、そういう名称が出て来た。

 でも、口にした途端、笑われそうな気がする。何を言ってるんだ、と。

「そういう疑いを全く持たなかったようだね、ルーラ。まぁ、その方が盗賊達に強気で突っぱねていられて、よかったのだろうけれど」

 笑いをこらえるように言われてしまった。ルーラが想像したのとは別の笑いだ。

 再び呆然とするルーラ。レクトが横で口笛を吹いた。

「まさか、ノーデの思い込みが当たっていたとはな」

「ぼくも最初に言われた時は、驚いたよ。人間って時々、すごくよくカンが働くんだね」

 ザーディは素直に感心している様子。

「ザーディの正体を言っちゃダメって魔法、このせいだったんだぁ。そうよねぇ、竜だってバラしちゃったら、恐れる人間とノーデみたいな人間とになっちゃう可能性、大きいもんねぇ」

 ルーラは今更ながら、これまでのことを振り返って思い出す。

 確かに、最初に出会った頃のザーディの性格では、親が心配するのも当たり前、という気がする。竜の割に軟弱すぎだ。

 ビクテの魔法にかからなかったのも、いきなりルーラよりもうまく魔法がかけられるようになったのも、魔獣の本性を見破ったのも、竜の本来持っている力が徐々に発揮されていたのだろう。

 ビクテやドリーがザーディのことを「あの方の子」と呼んでいたのも、竜の子、と言いたかったのだ。

 あの時は、余程強い力を持っているんだな、くらいにしか思っていなかった。

 そして、さっきノーデ達を襲った水の姿。

 なぜ竜だったのか、今ならわかる。あれは、竜の逆鱗の一部なのだ。

 ザーディが竜なら、帰る場所は当然、竜の世界。

 これまでずっと、竜の世界を目指してきた訳だ。図らずも、竜と行動を共にしてきたのである。

 さっきまでの霧は、人間と竜の世界をへだてるとされている霧。そこを通るのは、強力な力を持つ魔法使いでも難しいらしい。

「あれ……あたし、もしかして難しいって噂の霧を、通り抜けちゃった……?」

「ここに来てるってことは、そうなるな」

 これまでのことを思い出せば出す程、驚いてしまう。こんな難関な場所を通って来てしまったのだ。

 まやかしでも何でもなく。自分の力で。

 竜の世界を見る! と家で宣言はしたが、本当にそうなるとは信じていなかった。家族だって信じていないはず。

 最終的にそうなればいいな、とは思っていたが、いきなりこうとは……。

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