第15話 敵と二人

 自分のすぐそばにいたのは、あの三人組の盗賊のうち、一番若いレクトだった。

 ルーラは周囲に目を走らせるが、他には誰もいない。

「まぁ、色々あって……。火を焚きたいんだが、枝も葉も濡れちまってるからできないんだ。俺にはどうしようもないから、我慢してくれ」

「ザーディ……ザーディはどこ? あの子、どこへ行ったのよ」

 頭痛より火を焚くより、気になるのはここにいないザーディだ。

「……連れて行かれた。ノーデ達に」

 予期していた答えを、レクトは口にする。最悪の状況だ。

「やっぱり捕まってるのね。早く……早く助けてあげなきゃ」

 立ち上がりかけてめまいを感じ、ルーラは倒れかけた。それをレクトが支えてやる。

「おい、無茶するなって」

「は、離してよ。盗賊なんかに介抱されたくないわ。ザーディを連れてった仲間なんかに。どうせあなたは、あたしを引き止める役にでもなってるんでしょ」

 ルーラはレクトの手をふりほどいた。

「そうだといいんだがな。どうも見捨てられたみたいだ」

 自嘲気味の笑みを浮かべ、レクトはそう言った。

「え?」

「お前の後で、俺もあの坂の上から落とされたんだよ。お払い箱、といったところらしい」

「クビになったの?」

 状況が変わって、ルーラは少しおとなしくなる。盗賊でも、やはりクビというのだろうか。

「そうらしいな。あいつの気に入らなかったようだ」

「あのチビの男?」

 レクトはうなずき、ルーラを座らせた。

 起きていると頭痛がひどくなってきたので、今度はルーラもされるままに座った。

 二人がいる所は、巨木にあいた穴の中だった。うろと呼ぶにはあまりにも大きい。よくこれで木が立っていられるな、と思う程大きく、まるでえぐられたような穴だ。

 でも、おかげで二人がこうして中にいても、狭いとは感じない。

 雨はさっきより小雨になっていたが、服はじっとりと冷たかった。ザーディのシールドがなくなったため、ルーラも雨に打たれて濡れたのだ。

 ルーラもだが、レクトの服も泥だらけだった。あの斜面を同じように転がり落ちたため、汚れてしまったらしい。

 汚れ方に不自然さは感じられないし、落とされたというのは本当のようだ。

「落とされたってどういうこと? じゃ、ザーディはあの二人が連れてったの?」

「ああ。竜の子を捕まえたって、すっげぇ喜んでたぜ」

「違うのに。どうしてそんな風に思い込んでるのかしら。今、こうしてる間にも、ザーディが殺されちゃう。あなた、どこへ連れて行かれたか、知らない?」

 レクトの胸ぐらを掴みながら尋ねるルーラ。そのは真剣だ。

 こんな森で離れ離れになれば、簡単には見付からない。手掛かりは、彼だけだ。

「すぐに殺しはしないと思うぜ。あいつはまだ小さいから、金になる分が少ない。その分を、親に補ってもらうつもりだ。お前、北へ送って行くって言ってただろ。だから、あいつらも北へ行くみたいだぜ」

「金にって、売る気なの? とんでもないこと考える人達ね、ザーディの両親までなんて」

 とりあえず、すぐに殺される可能性は少ないと知って、ルーラはほんの少し安心した。

 まさか、ノーデ達がさっそくザーディにナイフをたてている、なんて知るよしもない。もっとも、魔法に守られて無事ではいるが。

「あの時、ザーディに何をしたの? いきなり粉をまいたりして。あたしが突き落とされる直前、あのチビの男の腕の中に崩れたのが見えたわ。あれ、おかしな薬じゃないでしょうね」

 思い出すにつけ、今度はその点が心配になる。

「ノーデが後生大事に持ってたものだ。いざという時にしか使わない、魔法の薬だとか言ってた。使う相手によって量は加減するらしいが、この世に生きている奴なら全てを眠らせる力があるそうだ。何とかの実の粉……だったかな。竜を眠らせるってんで出したんだ。どこで手に入れたかは知らないが、どうせロクなやり方してないぜ」

「誰でも眠らせるの? 聞いたことはないけど、とにかく毒薬のたぐいじゃないのね。倒れたのも眠ってしまったせいなら、まだ安心できるけど……」

 ここにザーディがいない限り、完全に安心はできない。

 目を覚ました時、あのノーデやモルしかいないと知ったら、ザーディはどうするだろう。泣くしかできないのではないだろうか。

 それを思うと、ルーラはいてもたってもいられない。

 寝起きであんな顔が二つ並んでたら……最悪なんて言葉じゃ足りないわ。

「とにかく、少し休め。追いかけるにしても、体力を回復させないとつらいぞ」

「……うん」

 ルーラとしてはすぐにザーディを追いたいが、レクトが言う通り身体がつらい。

 森へ入って数日。疲れがたまりだした頃に、こんな事件だ。気を抜くと、意識が遠くなりそうになる。

 ふいにゾクッとした。服が湿って身体が冷えたみたいだ。

 風邪をひいて熱でも出ようものなら、本当に動きが封じられてしまう。濡れた服は、さっさと乾かすに限る。

 火が使えないなら、ここは魔法だ。

 ルーラは呪文を唱え、服から水気を飛ばした。近くにいるので、ついでにレクトの分も。

 一応、気が付くまで介抱してくれたようだし、そのお返しのつもりだ。水分がなくなれば、泥で汚れていた服もはたくことである程度はきれいになる。

「ありがと。へぇ、お前、ノーデより魔法うまいなぁ」

 うまい、と珍しくほめられ、ルーラも悪い気はしない。

 兄のファーラスからは、よく注意されていた。うまくできる時が少なかったし、うまくいった時に限って一人だけ、というのが多かったのだ。

 もちろん、全くほめられなかった訳ではないが……。

「あいつも魔法を使うんでしょ」

 ルーラが言うのは、もちろんノーデのことだ。

「あのヒゲ男はどうなの?」

「魔法を使うのは、ノーデだけだ。だけど、あんまりうまくないぜ。失敗したり、中途半端だったり。それに普段は使わないからな。労働的なものはモルや俺にやらせて、自分は楽をするってタイプだから。で、腕がなまるってことになる」

「魔法使いくずれなのね。あんな人が魔法を使うなんて、魔法を使う他の人にとってはいい迷惑だわ。魔法使いの権威が落ちるじゃない」

「あれでも、昔はちゃんとした魔法使いを目指してたらしいぞ。でも、元からの性格が、盗賊向きだったんだろうなぁ。師匠の魔法使いに破門されて、どんどん堕落してったんだ。魔法は、自分の都合のいいようにするためだけに使ってる。それだって、怪しいのが多かったけど」

 ルーラは、淡々と話すレクトの横顔を眺めながら聞いていた。

「あなたは、盗賊向きの性格じゃなさそうね。クビにされるくらいだし。どうして、あんな奴の下で働いてたの?」

「お前、出身はどこなんだ?」

「カセアーナの……メージェスの村だけど」

 一瞬、ルーラの頭にビクテのことが浮かぶ。

 村の名前を言ったら、魔法の腕が悪いことまで見透かされた。

 でも、彼は魔法使いではないようだし、魔法使いであっても人間にそこまではわからないはず。

 ちょっと話が飛んだ感じに戸惑いつつ、ルーラは答えた。

「そうか。……カセアーナの国から西へ五つ隔てた所にある国で、内戦があったってのは知ってるか? アルミトの国で、俺はそこの兵士だった」

 カセアーナの国は平和だ。でも、よその国では色々と戦があることは、ルーラも何となくだが知っている。

 まさか目の前に戦の体験者が現れるとは、今まで想像したこともなかった。

「簡単に言えば、王政を続けるか廃止するかってのをもめてたんだ。外交の時くらいしか関わらないから、カセアーナの人間には関係ないだろうけどな。アルミトの王はいわゆる暴君って奴で……俺は廃止側にいた。でも、結果的に俺のいた側は負けちまったんだ。俺は傷を負ったまま、国を離れた。そのままいたら、間違いなく殺されるからな。あてもなくさまよって、どこかの……場所は覚えてないけど、森で倒れた。やっぱり死ぬのかと思っていた時、通り掛かったノーデに助けられたんだ。それからはどこへ行くってあてもないから、あいつについていた。身寄りはいないから、帰らなきゃっていうのもなかったからな」

 安っぽい防具しかなかったため、レクトの身体は傷だらけだった。それをノーデが治癒の魔法で治そうとしてくれたらしい。

 だが、大した技術がないのですぐに全てが完治する、とはいかなかった。それでも、薬を使うなりしてくれたおかげで、レクトは何とか命拾いしたのだ。

 あたし、この人は剣士が似合うと思ったけど、近かったのね。一介の兵士を、剣士扱いしていいのかはわからないけど。

「いいことをしてくれたのにこう言うのは何だけど、どうしてあの男はあなたを助けたのかしら。話を聞いてると、自分の利益だけを考える人なんでしょ」

「気紛れだろ。あと、若い奴を連れてたら、何かと労働させるのに都合がいいし」

 レクトはしっかり分析している。助けた恩を理由に、利用されているとわかっているのだ。

 それでもノーデについていたのは、国を失ってヤケにでもなっていたのか。

「モルもその頃からノーデと一緒に行動するようになったんだが、あいつも金には目がない奴だ。頭は悪いが力はあるし、あのガタイだろ。追いはぎする時はあいつが仕切ってたな。俺は食うためとは言え、先頭に立って追いはぎするのはいやだったから、あいつらの後をついてただけだが……やってたことには変わりないか」

 レクトは小さくため息をつく。

「つまり、盗賊なんてやらないで済めば、やりたくないってことね」

「まぁな」

「じゃあ、普通に働きなさいよ。あなた、まだ若いんだもの。アルミトじゃなくたって、いくらでも仕事はあるわ。盗賊なんて非人道的な商売、これを機会にやめなさいよ」

「はは……年下に説教されるとは思わなかったぜ」

 レクトが苦笑する。

「こんなのに年下も何もないでしょ。まっとうな人間になりたければ、まっとうな職業につくべきよ。カセアーナにだって、いくらでも仕事はあるわ」

「そりゃ、仕事があればやりたいとは思うけど」

「じゃあ、やるべきよ。盗賊なんて向いてないわよ、あなたには。だってあたし達を追いかけて来た時、あなたっていつでも後ろの方にいて、手を出さないで見てるだけだったもの」

 一応、三人一組という形ではあったが、思い返せば脅しをかけてきたのはいつもノーデとモル。

 レクトは最初の時から、気が乗らないような顔をしていた。こんなのから金を取るのか、とか何とか言って。

「はは、サボッてるところを見られたか。女子どもみたいな弱い奴に手を出すのは……な」

 元々、暴君から庶民を守りたい気持ちで、王政反対派にいたのだ。

 それなのに、今自分がやっていることは真逆。何をやってるんだろうと、何度も自問した。

 だから、と言うのではないが、せめて女子どもに手を出したくなかったのだ。しかし、結果的には、出したのと変わらない。

「自分でも言ってるけど、盗賊なんて向いてないのよ。だから……いたたっ」

 興奮して話していたので、また頭痛が襲った。

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