第3話 待ちの一手

 パンゲア歴3560年 5月

@ファーイースト駅構内 仮設遺体安置所


 「これは……、どうやって……」


 シュタイン侯爵閣下が疑問を抱いた男の所持品にあった携帯用魔導ランプの魔導石挿入部に入っていた小さな紙切れ。


 閣下が広げてみせたそれは手のひらサイズの小さなメモ用紙であったが、中身を読んだ閣下の表情は普段の冷静沈着な物とは違い、驚愕の色を示していた。


 「ケルツ、これを見てみろ」

 「はっ!! 」


 俺にもメモ用紙を読むように指示する閣下の声色は、とても鋭く険しい。悲惨な列車事故の陣頭指揮をしていた時よりも、はるか数段に……。


 閣下からメモを受け取った俺は、一体どんな重大な内容が書かれていたのだろうかとメモを読み、絶句した……。


 「こ、これは、来週分の皇国軍の作戦行動の目標座標数値?? 」


 そこメモに書かれていたのは意味不明な文字の羅列と数字の数々。一般人がこれを見たのならば、乱雑に書かれた意味不明な内容のメモとしか思わないだろう。


 だがしかし……。


 「わかったか、ケルツ。その、儂やケルツのような皇国司令部配属のものなら気づけるその意味不明な数字の羅列……。いや、司令部配属それは、来週分の我が皇国軍の作戦行動の座標、だ」


 まずい、まずい、まずい……。皇国軍の軍事作戦が外部に漏れているだと!? しかもこれは、司令部しか把握していないはずの皇国軍のの目標座標だ!? これは一介の魔導修理工が持っていてよい物などではない!!


 「で、では……、この数字は座標数値だとして、意味不明な文字の羅列の方は……」

 「うむ……。おそらく作戦内容を暗号文字化して、並の者には読めぬようカモフラージュされているのだろうな」


 作戦内容まで漏洩しているなど、非常にまずいではないか!! 俺が皇国諜報部に所属して6年。皇国内でのこのような重大なスパイ活動、聞いたことがないぞ。


 「閣下、至急司令部に連絡を……」

 「しばし待て、ケルツ。司令部に知らせるのは後でもよい。」

 「し、しかし早急に知らせねば我が軍に損害が……」

 「このスパイが乗っていたのはグラムインからここファーイースト駅。おそらく皇都から持ってきたこの情報メモをファーイースト駅経由で他国に持ち出すつもりだったのだろう。つまりは、この情報はまだ外部に漏れておらぬはずだ」

 「たしかにその通りですが……」

 「それにもし、我が軍かこれによって多少の損害を受けたとしても一度の負け程度では皇国の有利は揺るがぬ。さらに、この情報で利を得た国を突き止めれば我が国でスパイ活動を行う不届き者の所属も判明する」


 たしかに閣下の言うとおりではあるのだが……。俺の諜報部エージェントとしての勘が『本当にそれで良いのか? 敵はすでにその情報を抜き取っている可能性はないのか? 』と問いかけてくる。


 「我々がまずすべきことはこのスパイリャン・チーの仲間を捕らえること。敵は列車事故の会見でこいつリャン・チーの死を知るはずだ。だが我々皇国諜報部がこの男のスパイ活動に気づいたと知らない敵は、必ず暗号文を確保しに、この遺体安置所を訪れる」


 閣下はこの機に乗じてリャン・チーのスパイ仲間を摘発するおつもりか……。


 グラム皇国は大陸屈指の軍事国。それは諜報活動においても同じで、右に出る国はないと自負できる。だが、防諜対策も完璧な皇国内でここまで上手いスパイ活動をされると、今回ばかりは我が皇国諜報部も負けを宣言するしかない。


 しかし、我が皇国は負けたままでは終われないのだ。巧みにカモフラージュされた経歴のスパイを使うような相手とはいえ、偶発的に起きてしまった列車事故については必ず対応が後手に回る。我々皇国はしっかりと罠を張って、飛び込んでくる蝶々を喰らえばよいのだ。


 「かしこまりました。部下達には安置所にやってくる親族らを徹底的に洗わせます。警官隊にはまだテロの可能性もあるということにして、警備を厳にさせましょう。」

 「よろしい。それで進めるとしよう」

 「はっ!! 」


 本当であればすべてを皇国軍、もしくは諜報部の部下達だけで行いたいが……。ここにある108体の遺体の警備とやってくる親族を今日の任務で来ている部下達だけですべてカバーするのは不可能だ。地元警察の人員にも頼るしかないな……。


 「そこで作業している君!! あー、名札は……、マリウス巡査? 話は少し聞こえていただろう? この遺体の警備をお願いしたい。それと、地元の警官で信用できる人物をピックアップしてこの会場の警備を厳にしてもらいたいのだがいいかな?」

 「あー……、可能ですが、この確認作業が終わってからでも? 可哀想なおばあさんに孫がこの列車に乗っていたからと頼まれていまして……」


 俺は、近くで遺体確認作業をしていた、先ほど閣下を不思議そうな目で見ていた警官に声をかけた。色白で優し気な顔つきの青年警官だった。


 「そうだな……。その報告が終わってからで構わない。五、六人に声をかけてこの遺体と所持品を警備してくれ。不審な人物がやってきたら近づけずに私か、中将閣下に知らせるように。それとモリス署長に人員の応援をお願いしたいと伝えてくれ」

 「はい。かしこまりました!! では、すぐにおばあさんに電話してきます」

 「閣下、差配はこれでよろしさいでしょうか? 」

 「うむ。では、ケルツ。我々はいつでも動けるように指揮所にやってくる親族たちの監視をして、敵が罠に掛かる報告を待とうか」

 「はい……。閣下」


 確認作業が終わった彼は、確認を頼まれたおばあさんに報告するためなのか、我々の脇を通って元気よく指揮所の方へ駆けて行く。


 だが、いまだ姿の見えない強敵に意識を割かれていた俺と中将閣下は気づくことがなかった。優し気な青年警官の走る背が、まるでここから早く立ち去ろうとする者のように見えることに……。

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