第2話 スパイの痕跡

 パンゲア歴3560年 5月

@ファーイースト駅近郊 列車事故現場


「これは……、ひどい」


 魔導列車による事故現場に到着した俺が一番最初に発した言葉だ。首都:グラムイン方面からファーイースト駅へ向かって走る高速旅客列車と反対方面から来た地元旅客列車の衝突事故。事故原因は、停止信号の発光不良と線路のポイント切替機器の不作動による機械の故障が重なった不幸だった。


 幸い、火災などは発生していなかったが、多くの怪我人と遺体が発生していて、警察も一応の指揮所の設置は済んでいるようだが対応に苦慮しているようであった。俺とシュタイン閣下は近くの巡査に事情を説明し、警察署長がいるという指揮所に案内してもらうのだった。


 「署長!! 皇国軍所属の方が署長に会いたいということで、お連れしました」

 「案内ありがとう、巡査。初めまして。私は皇国軍中将アドラー・シュタイン侯爵。この事故を皇国に損害を与える大規模災害と判断して、軍が介入する。これより地元警察は私の指揮に従ってもらうが、よろしいな? 」

 「イーストエンド警察署長のモリスです。まさか侯爵閣下がいらっしゃるとは……。無論、軍の介入について異議はありません。指揮権限を委譲いたします」

 

 署長のモリス殿は、貴族の中でも侯爵という高い地位の人物がこんなに早く現場にやって来たことに驚いたようだったが、指揮権の委譲はスムーズに行われた。その後は負傷者の救出に多くの人員が割かれ、避難誘導や交通整理も諜報部の部下たちの尽力もあり滞りなく行われていった。


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@ファーイースト駅構内 (事故発生から8時間)


 「署長の素早い権限委譲の判断は素晴らしかった。おかげで人命救助は素早く行えた上、二次災害も最小限に抑えられたと言っていいだろう」

 「ありがとうございます、閣下。しかしながら、これだけの死者が出てしまったことは残念でなりません……」


 事故発生から8時間程が経ち、現場検証などは今も続いてはいるが、一応の収拾がついたことで俺と中将閣下、モリス署長はファーイースト駅構内に設けられた正式な指揮所へ場所を移していた。


 「たしかに残念だ。事故の原因解明については皇国技術研究所にしっかり解明してもらい、再発を防ぐしかあるまい」

 「そうですね……。あと我々にできるのは、遺族の方々の到着を待って、遺体の引き取りくらいですね。記者会見も済ませたので、しばらくすれば親族たちがここへやってくるでしょう」

 「署長には私の代わりに事故の記者発表をしてもらってすまないな。記者からの質問攻めで損な役回りだったろう? 」

 「いえいえっ!! とんでもない。閣下には陣頭指揮を執っていただいていましたから……」


 署長はそうは言っているが、記者会見での記者による質問攻めは1時間にも及んでいる。事故の原因もまだ正確には判明していないのに、責任をだれかに押し付けて夜のワイドショーの目玉にしてやろうと目論む記者達の対応は大変だっただろう。


 「私とケルツは職務の性質上、あまり居場所を公表できない身でな……。まぁ、損な役を務めてくれた署長の代わりに此奴ケルツには遺体安置所の設置指揮をさせておいた。なあ、ケルツよ」

 「はっ!! 閣下のご指示通り、判別しやすいように所持品と身分証を遺体とセットで安置。また、それらをすべてデータにしてリスト化したものを用意致しました」


 閣下の指示のとしては、遺体の身元を判別し、故人の親族が遺体の引き取りに来た際にわかりやすく案内・引き渡しをするため。だが、は旅客の中にテロリストや他国の工作員等の不審人物がいなかったかどうかも確認するためだ。一応は機械故障による事故とはなっているが、人為的なものの可能性も捨てきれなかったからな。


 まぁ、結果的には不審人物や爆発物は見つからなかったが……。


 安置所へ移動した我々の前には108体の遺体がベットに横たわっている。皇国で魔導列車が普及してからここまでの死傷者が出たのはなかったはず……。


 「会見で事故が公になったことで、さっそくこの列車に乗り合わせていた者の家族らから問い合わせの連絡が入ってきているようですな」


 モリス署長の言うとおり、駅構内に設置された指揮所とそれに併設された遺体安置所を多くの警官達が行き来していた。彼らは、問い合わせしてきた親族から名前や特徴、持ち物を聞き取ってそれが安置所の遺体と一致するか確認作業のために大忙しであった。


 「私は問い合わせの対応をしている部下の手伝いをしてきます。何かあれば呼んでください、閣下」


 そういってモリス署長はひっきりなしに電話の鳴る指揮所へ戻っていった。


 安置所内はたくさんの警官が所持品や顔を一つずつ判別し、俺がまとめたリストをチェックして周っている……。


 シュタイン中将がスパイの痕跡を見つけたのは、会見前までは静かだった遺体安置所が騒がしくなってきた……そんなときであった。


 遺体が並べられたベッドの列の脇を歩いていた俺達だが、とある男の遺体の前でシュタイン中将は歩みを止めた。


 「この遺体の所持品はこれで全てか? この者の身分は? 」


 俺の前を歩いていた中将の目線はベッドに横たわる遺体の所持品を捉えていた。


 俺は手元の端末でこの男の身分を確認しつつ、すぐさまリスト化したデータを確認して目の前の所持品が全て揃っているか調べるが、欠品している物はない……。


 「名前はリャン・チー。出身は隣国:アムリン聖国ですが10年前に我が国に移住。犯罪歴は無く、5年前に優良移民として皇都市民証が発行されています。首都:ドラムインに居を構えた家庭用魔導具の修理技師のようです」

 「皇国に貢献し、市民の模範にならねば与えられぬ皇都市民証を持っている……」


 グラム帝国民の中でも、皇国に貢献した優良な国民が与えられるのは”皇都住民証”。そしてグラム皇国民ではないが、他の国籍でも長くグラム皇国に住み、市民の模範となるような人物に与えられる栄誉の証が”皇都市民証”だ。


だが、この2つ証は簡単には手に入らない。そもそも住民を管理する行政機関”市民局”の推薦が必要な上、推薦された者は、人間性や家庭環境などの審査基準をクリアしていなければならない。さらに家族の犯罪歴すら調べられる。


 それらをクリアし、皇都市民証を手に入れているこのリャン・チーという男。スパイ容疑が掛けられるような人物には俺は思えないのだが……。


 「持ち物は、財布、皇都市民証、家庭用魔導工具修理具の一式、携帯用魔導ランプ、個人用連絡端末、ドラムイン発・ファーイースト着の旅券、魔導工具の修理依頼の伝票束……。遺体が運ばれた際にリスト化した内容と現在ここにある所持品は全て一致しています」

 「たしかに持ち物は一般的に市民が持つようなものばかり。一風変わった持ち物と言えば、修理具や魔導ランプ、伝票の束だが、それもこの男が修理工という職業で仕事を請け負ってファーイーストに向かっていた、と考えれば妥当か……」


 俺の報告と照らし合わせ、一つずつ所持品を手に取って吟味するように確認する閣下。近くで遺体確認作業をしていた警官も、署長が付き添うようなお偉方えらがたが一体何をしているのかと、遺体を確認する手を止めて閣下を見ていた。


 「なぁ、ケルツ。携帯用魔導ランプに明かりを灯す方法を知っているか? 」


 全ての所持品の確認をした閣下がそんなことを唐突に尋ねてきた。


 魔導ランプは一般家庭に普及する家具で、内包する魔導石のエネルギーを明かりに変換する、スイッチ一つ動く便利な家具だ。家庭では壁や天井に吊るされ、主に夜の光源として利用する。そして携帯用魔導ランプはそれを小型化し、移動しやすくした物だ。手元作業が重要な魔導具士などの手工業従事者によく利用されている。


 「魔導ランプと言えば、スイッチを押せば明かりが灯るかと……」

 「それは家庭用の一般的な魔導ランプの話だろう。こいつは”携帯用”なんだ。明かりを灯すには、これ用の魔導石を自分ではめ込まなければならない」


 そうだった……。一般用と違って携帯用は、小型化するためにスイッチ機構がついていない。明かりを灯すにはエネルギーとなる専用魔導石を利用者自身で都度、抜き差しして利用する。


 なるほど……、閣下が不信感を抱いたのはそこだったか。


 「こいつが魔導修理工だから携帯用魔導ランプを持ち歩いていることは納得できる。だが、なぜ明かりを灯すための専用魔導石を? 」


 たしかに閣下の言うとおりだ。


 10年間という長きにわたって皇国に住み、皇都市民証を持ち、疑いどころのない完璧な経歴。魔導具修理技師として持ち歩くには違和感のない手荷物。そんな完璧な状況証拠の中に紛れる違和感を、俺は無意識にスルーしてしまっていた……。


 キュルキュル……。


 閣下が携帯用魔導ランプの魔導石挿入部を引き上げると、本来、魔導石が入るその場所に小さな紙切れが挟まっているのが見えた。


 その紙にはいったい何が書かれているのか。ただの紙の切れ端であってくれ……。


 そんなことを考え、得も言われぬ不安な気持ちに苛まれた俺の前で、シュタイン閣下はそっと紙切れを広げたのだった。

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