エピローグ

最終話 母と子


「おかえり、ニコラ」


天空世界を自在に泳ぐ、この世でもっとも高級なホテル『白龍』。

その一室で。

母はコーヒーのマグカップを傾けて娘に語りかけた。


「久しぶりだね、天空こっちに帰ってくるのは」

「ええ」


ニコラは彼女の前に立って、柔らかい親愛の笑みを浮かべている。

部屋には二人きり。母子水いらずだ。


「何年あの男に貸してたかな」

「もう四年になりますね」

「そんなに?じゃあもしかして、ハルネリアの方が呼ばれ慣れてる?」

「そんなことはないですよ。それに、その呼び名をする組織はもう壊滅しました」

「そっかぁ。いい金ヅルだったのになぁ」


彼女は残念そうに足をぶらつかせる。


「お母様は、この四年で随分変わられましたね。お声も若々しくなって」

「うん、念の為に声帯変えてもらったの。うちの猟犬がお縄になっちゃったしね。地上で活動するときに気づかれちゃ困る」

「その懸念は当たりでしたね。ナイラって子、今度は警察の犬になってましたよ」

「へぇ!気づかなかったなぁ。元気にしてた?」


前のめりになって尋ねる彼女に、ニコラは微笑んで言った。


「はい、楽しそうでしたよ」

「そっか!ならいいや。どこにいても、子供が元気ならお母さんはそれで充分……。ところで、マヤはどうしてる?どっちかというとあの子の方が心配」

「まさに今、苦しんでますね、ハコガラ教がなくなってしまったって。心から信じてましたから」

「内情も知ってただろうに、よくハマれるよねぇ」


彼女は、手に取ったチョコチップクッキーを齧りながら感嘆した。


「純粋さって遺伝で決まってるのかな」

「さぁ?どうでしょう?」

「しかし、まさかこのタイミングで双子を引き合わせることになるとは。もっと後にしたかったんだけど……」

「でも、それほど気づいてなさそうでしたよ、彼。お母様の言う通り、頭が悪いようで」

「あ、そう?……ふーん?ならいっか」


彼女は思い直したように呟くと、ニコラの右ポケットを突然指差した。


「ところで、あなたのポッケにいるそれ、なに?ネズミ?」


ニコラは、あぁ、と言うと、中にいるものを取り出してみせた。


「昨日の夜、いつの間にか服に潜り込んでいたんです。懐かれてしまったみたいで。聞くところによると、ノースクラウンという種のようなんですけど」

「へぇ、そうなんだ。可愛い顔してるじゃん」


彼女は眉を上げると、小さく可憐な生き物に手を差し出した。


「よしよし、こっちおいで。クッキーをあげよう。……ん?」


突然、ノースクラウンはニコラの手から跳ね飛ぶと、鬼の形相で彼女の二の腕に齧り付いた。


「あ痛たたたッ!」

「あっ、コラ!」


ニコラは慌てて小動物を引き剥がそうと飛びつく。


「お母様から離れなさい!急にどうしてこんな凶暴に……」

「大丈夫大丈夫。放っといていいよ」


彼女は笑って既に包帯の巻かれた腕を振った。


「いやでも……」

「いいよ、このままでいい」

「そうですか……?」

「うん、だって……ッ」


言いかけた途端、ノースクラウンがより深く歯を食い込ませた。

母は、痛みに顔を歪め、嬌声をあげた。













「……ハァンッ♡痛キモチイイ♡」













 ~~~ THE END ~~~



🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸



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サウンドハウンド 〜空飛ぶホテルと政治家誘拐事件、または犬の耳を持つ天空の乙女〜 伊矢祖レナ @kemonama

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