隣にいたのは

明日葉いお

もう間違わない

「ごめんね。中田君。今日一緒にいて気づいたけど、私中田君のことなんとも思ってないみたい。ううん。さっきキスされそうになった時、気持ち悪いとも思っちゃった。だから私達別れよう。ごめんね」


「え? いや……え?」


 尻もちをついたまま、眉を小刻みに震わせて困惑の声をあげる中田君にくるりと背を向ける。

 このまま彼といたら変な情が湧いてきそうだ。それはきっと、どちらのためにもならない。


「バイバイ。振り回しちゃってごめんね」


 ひらひらと手を振って、振り向かずに歩みを進める。

 意識して一歩一歩踏みしめながら歩く。


「舞さん、待って!」


 五歩くらい歩いたところで中田君に呼び止められる。少し震えていて、上ずった情けない声。

 同情を誘うそんな声を聞いて申し訳なく思えてくるが、ギリッと歯を噛みしめて駆け出す。


「嫌!! 近寄らないで! これ以上来たら、あなたのこと嫌いになりそう」


 そして自分のことも。

 いや、自分のことはもう既に嫌いになっている。

 最低だ。

 中田君をだしにして由紀への気持ちを自覚して、こっぴどく振った。

 もしかしたら、一生ものの傷を残してしまったかもしれない。

 でも、それでいい。そうでなくてはならない。

 私は彼に恨まれなくちゃいけない。彼にとって一番残酷なのは、私がまた振り向くかもしれないという可能性を少しでも残してしまうことだ。

 学校では人気者の中田君だ。狙っている女子はたくさんいる。だから、私のことも変に引きずったりせず、別の子と付き合うだろう。

 頭ではそう分かっている。中田君が人気なのはただ顔が良いからだけじゃない。周りにいる人みんなを気遣えるからだ。だから彼は人の輪の中心にいて、みんなから愛されている。

 でも万が一ということは捨てきれない。だから彼の中で私は理不尽の塊であらなくてはならない。怒りや恨みをぶつける対象でいる必要があるのだ。


 公園を出て住宅街の道を駆け抜ける。だらだら流れる汗に羽虫がくっついて気持ち悪い。だが、それを拭う時間も惜しい。一刻も早く由紀に会いたい。


「っ!?」


 すぐ隣を高速で車が駆け抜ける。風を切る音に恐怖を覚え、身を竦ませてしまう。


「もう!! なにあの車! 最悪!!」


 悪態を吐く由紀の声が頭の中で響く。

 周りを見渡すが、周りには誰もいない。さっきの車も交差点を停止もせず曲がって消えてしまった。

 自嘲気味に笑って、再度走り出す。幻聴が聞こえるなんて、重症だ。

 私と一緒にいるとき。由紀はいつも車道側を歩いていた。

 これまでは全然気づかなかった。けど、今日中田君と一緒に過ごしていて、すごく気持ち悪かった。

 いつもと何かが違う違和感。

 駅前の往来の激しい道を二人で歩いていて気付いた。

 車が近い。

 隣を車が通りすぎるたびにぬるい風と排気ガスの臭いが漂う。いつもはこんなこと無かったのに。

 そうやって、やっとわかった。

 私、今日は車道側にいた。

 歩道を渡って反対側に移った後だったから、中田君にそこまで求めるのは酷だったかもしれない。

 けど、由紀は私にこんなこと感じさせなかった。

 それからずっと。今日一日中。私は中田君と一緒にいたけど、頭の中で浮かぶのは由紀のことばっかり。

 今思い出されるのは、私たちの関係ががらりと変わったあの時。


「そっか。舞は中田君のことが好きなんだ」


 そう言って由紀が寂しそうに笑ったのが妙に印象に残ってる。もしかしたら由紀も中田君が好きかもしれなくて、そうだったらこれまでみたいに仲良くできないかもって、結構覚悟してた。


「私は舞のこと好きだけどね」


 なんでもない事のようにさらりと由紀が言うので、ちょっと安心した。由紀との関係が壊れなくて良かったなって。


「もう。私はちゃんと言ったんだから、由紀もふざけないでよ」


 だけど、私は本当のことを言ったのに、お茶を濁すようなことを言う由紀に少し腹が立った。


「だから言ったじゃん。私は舞のことが好きだよ」


「ちょっと、だからふざけないでって……」


 同じことを繰り返す由紀にむかっと来て問いただそうとするが、由紀の顔を見て言葉が消えてしまった。

 少し横を向いたなんでもなさそうな顔。でも、何年も一緒にいたから、分かる。

 表情がちょっと強張っていた。由紀は、何でもない風を装っている。由紀も中田君のことが好きなんじゃないかって脳裏をよぎったけど、自分の中で即座に否定される。

 由紀はそんな嘘を吐いたりしない。

 嘘をついていないなら、誤魔化しているだけだろうか。そう思ったけど、それもなんとなく違う。


「え? 由紀は私のことが好きなの?」


 分からなくなってきたので冗談めかして言ってみると、由紀が耳まで顔を赤くする。

 それを見て悟る。

 これ、ガチなやつだ。

 友達とかそんな意味じゃない。由紀の好きは恋人とかそういうものに対する好きだ。


 この後のやり取りはちゃんとは覚えていない。なんとなく分かってはいたけど受け入れ難くて、友達としてだよねとかなんとか確認を取った気がする。

 そしたら、由紀がそれに乗っかってきて必死に取り繕ったはずだ。バレバレの噓だった。さすがに厳しすぎだと追及すると白状して、熱に浮かされたように私のどこが好きなのかを語り始めた。

 記憶がおぼろげになっているのは、熱に浮かされたように矢継ぎ早にまくし立てる由紀に引いて、恐怖を覚えたからだ。こっぱずかしいことを言われて記憶の彼方に葬り去りたかったからだとかでは、決してない。

 でも、最後のほうのやり取りだけは鮮明に覚えてる。


「ごめんね。こんなこと言われても、困っちゃうよね」


 狂信者のように私について語っていた由紀が、突然我に返ったようにクールダウンした。


「……うん。まあ、そりゃ困るわな……」


 唯一無二の友だと思っていた人に恋愛感情を持たれていたと知っても困惑しかない。

 そりゃ、好意を持たれているのが嬉しくないのかと聞かれれば嬉しいのだが、そもそも私も由紀も女だ。由紀にこんなことを言われても、自分の中にある由紀への気持ちは恋愛感情ではないと断言できた。


「私達、女だし」


「はは、そうだよね」


 由紀は乾いた笑いを浮かべると、覚悟を決めるみたいに鼻から息を吸ってから口を開いた。


「うん。分かった。じゃあ、舞が中田君と付き合えるように協力してあげる」


「え?」


 困惑。


「……由紀は私のこと好きなんだよね」


「うん」


 この日見た中で一番の晴れやかな笑顔。


「だったら、なんで中田君のこと協力してくれるの?」


「それはね、舞には幸せでいて欲しいからだよ」


 私の幸せを願っているから。教科書にも載っていそうな模範解答。気持ち悪い。


「本当のところは?」


 由紀がわずかに眉をひそめるが、すぐに戻る。


「その分、舞と一緒にいれるから」


「それって……」


 苦しくないか。私も中田君に恋をしている身だ。彼のちょっとした言動で、とんでもない幅で浮き沈みする。嬉しい事も多いけど、苦しい事もある。恋をしている相手が別の人とくっつくのを手助けする。それがどんなにきついことか、想像もできない。


「はは、分かってる」


 またしても乾いた笑い。寂しそうで切なそうな由紀。


「自分でもね、分かってるんだ。おかしいよね。普通じゃないよね。女の子が好きになるなんて」


 平静を装おうとしているけど、ちょっとだけ震えた由紀の声。聞いているだけで胸が苦しくなった。


「思春期によくある一時の気の迷いだって言い聞かせたけど、駄目なんだ」


 どうでも良さそうに小さく笑う由紀。


「だからね、舞が好きな男の子と一緒になればいいなって」


「へ?」


 急に話が飛んだ。どうして今の流れでそうなる。


「ふふ」


 呆けた私の顔を見て嬉しそうに笑う由紀。明るい表情を見て安心するが、その安堵を打ち払う。そもそも由紀の奴が変なことを言うからだめなんだ。由紀が私をだしにして勝手に落ち込んでいるだけなのに、私が心配するとか、おかしい。


「私もね、こんな感情に振り回されるの嫌なんだ。疲れちゃった。だから、舞が……舞の好きな人と一緒になったら吹っ切れるかなって……」


「……」


 いや、荒療治過ぎるでしょ。

 そう思ったけど、薄く笑う由紀が痛々しくてすぐには言えなかった。

 わたしもなんだかんだ食い下がったけど、結局由紀に言いくるめられて、由紀には中田君のことを協力してもらうことになった。


 それから、由紀は私と中田君がうまくいくように協力してくれた。ほとんど毎週どちらかの家に集まって、作戦会議をした。最初は由紀が変なことをしようとしてるんじゃないかって警戒もした。でも、親身になって考えてくれる由紀を疑う自分に嫌気がさしてきて、そんな警戒はすぐになくなった。

 由紀は、中田君のちょっとした言動で落ち込む私を励ましてくれたり、中田君の情報をさりげなく聞き出してくれたりと、本当に色々助けてくれた。

 特に中田君のグループと休日に出かけることになったのは、今思い出しても由紀が何をしたのか分からない。

 どうやったのか尋ねても、由紀は薄く笑ってごまかすばかりだった。

 由紀が何をしたのかも気になったけど、それ以上に大きな問題ができたから、聞き出すことが出来なかった。

 出かけるときの服装だ。休日はティーシャツやジャージで過ごす私にとって、とても大きな問題だった。

 その日の夜、由紀とよく分からないファッション誌を見て一緒に頭を抱えた。それを参考に服を買いに行く時も、店からあふれ出す洒落たオーラに気圧される私の背中を押してくれた。でも、店員さんとキャーキャー言いながら、二人して私を着せ替え人形にするのはどうかと思う。そのあとスタバで奢ってくれたから許してあげたけど。

 なんだかデートみたいだねって思ったけど、それを口に出してしまうのは不義理に思われて、押し込めた。

 そうやって由紀が協力してくれたおかげか、中田君からの視線をちょくちょく感じるようになった。

 そのころから由紀は、もうちょっとで向こうから告白して来るからと言って、デートの予行演習だと私を連れ出した。

 中田君と私の進展をすぐ隣で嬉しそうに見ている由紀を無下にすることはできなかった。映画館やウィンドウショッピングに放課後マックなどと、世の中の高校生がするだろうデートはほぼ網羅した気がする。


 そんなある日、中田君から明日の放課後、二人で話せないかというラインが来た。

 十中八九告白だろう。その時、私の中で真っ先に浮かんだのは、明日は由紀と一緒に居られなくて残念だという感情だった。でも中田君が彼氏になるかもしれないという喜びが遅れてやってきて、そんな感情は吹き飛んだ。

 少し浮かれ気味に中田君にいいよと返して、由紀に通話で報告した。

 由紀もそれは絶対告白だよと言って、祝ってくれた。その後は、少し浮かれながら付き合ってからの妄想を語った。と言っても、由紀と一緒にしたことを、由紀と中田君を入れ替えてお話しただけなんだけど。

 由紀の声は張りがあって明るかった。けど、無理やり明るく振舞っているように感じられて、なんだか痛々しく思った。そのせいで沈黙が怖くなって、何かしゃべらなきゃって一生懸命話し続けた。何時間も何時間も話して、気付いたら外も少し明るくなっていて、少しでも眠らなきゃってバタバタと通話を切った。ドキドキしっぱなしで眠れなかったけど。


 そうして、放課後。寝不足でぼんやりしながらも中田君と待ち合わせして、一緒に帰った。案の定告白されて、私はそれをなんとなく受け入れた。

 もちろん嬉しかったんだけど、やっぱり真っ先に浮かんだのは由紀のこと。これまで応援してくれた由紀に早く教えなきゃ。

 ……気が重いなって。

 昨日はドキドキしてよく眠れなかったからって中田君に言って、すぐに帰らせてもらった。嘘は言っていない。でも、そのドキドキが中田君で占められていたかと聞かれると、少し自信がない。


 気が重かったけど、由紀にはラインですぐに報告した。中田君が彼氏になったよって。

 そしたら、由紀がおめでとうって言ってくれた。少しだけホッとした。これからも由紀と一緒に居られるんだなって。


 でも、すぐに突き落とされた。


 その後に返ってきたのは、もうこうやってやり取りするのはやめようっていう返事。なんだか中田君に悪いからって。

 どういうことかって聞いたけど、既読はつかなかった。

 これまで由紀に送ったメッセージはすぐに既読になっていたから、ブロックされたんだって分かった。けど認めたくなくて、何度も通話をしようとした。でも、それは由紀が私を拒絶したんだってことを思い知らせるだけだった。

 ううん。そうじゃない。拒絶したのは由紀じゃなくて、私。私が由紀を拒絶した。女同士なんておかしいって。真剣に私のことを想ってくれた由紀の言葉を、冗談だよねって軽い言葉で片づけようとした。

 最悪だ。

 そうやって気分が落ちていくと、寝不足もあいまったせいか片頭痛が出てきて、吐き気まで出始めた。

 最悪だ。

 いや、これは罰なのかもしれない。

 由紀が私のことを好きなことは分かっているのに、私と中田君が一緒になるのを協力させた罰。由紀が苦しんでるって分かっていたのに、それを見ないふりをしてきた罰。

 ずきずきと痛む頭の中で自分が悪いのだという考えが堂々巡りして、寝不足ですごく眠い筈なのに、全然眠ることが出来なかった。


 そうやって次の日。つまり、今日。中田君とデートをした。

 でも、頭の中にあったのは由紀のこと。

 中田君と歩いていたけど、思い出すのは由紀と一緒に同じ場所にいた時のことばかり。

 今更もう遅いかもしれない。

 でも、気付いてしまった。

 私の隣にいつもいたのは由紀だった。

 私のことを想って、私のために身を尽くしてくれたのは由紀だった。

 そんな健気な由紀だから、私は由紀のことが好きになったんだ。


 ……着いた。


 由紀のことを考えていたら、由紀の家の前に着いていた。インターホンを押しても誰も出てこない。

 でも、由紀の部屋に電気はついている。


 無視された。


 その事実に胸がきゅっと締め付けられる。

 でも、すぐに持ち直す。私は由紀にこんなのと比べ物にならないほど酷い事をしたんだ。

 由紀から預かっていた合鍵で家に入り込む。中は電気がついておらず真っ暗だ。確か、今日は家に他に誰もいないって、先週由紀が言っていた。これから込み入った話をするから好都合だ。

 照明をつけて階段を上がっていると、二階の由紀の部屋からバタバタとあわただしい音が聞こえてくる。親が帰ってきたと勘違いしたのだろうか。

 明かりが漏れる由紀の部屋。声を掛けようとして、息が詰まる。なんと言ったものか。

 だが、すぐに思い直す。ここで考えたってどうにもならない。まずは由紀と会おう。


「由紀? 私だけど、開けるよ」


 ドアノブに手を掛けるが、力をこめても動かない。由紀の部屋のドアにカギはついていない。由紀の奴、ドアを抑えやがった。明確な拒絶に腹立たしいやら、申し訳ないやら複雑な感情が湧き上がってくる。しかし、由紀がドアを抑えているということは、由紀がドアを一枚隔てたすぐそこにいるのだという事実に気が付く。


「由紀。ごめんね。ドア、開けないから、そのまま聞いて」


 その場で座り込んで、ドアを正面にして壁に背中を預ける。目まぐるしく動く感情のせいか、地に足がついていないかのような心地がしていたが、不思議と腹が座る。背中に当たる固さがなんだか由紀が私を支えてくれているように思われて、頼もしかった。


「私ね、中田君と今日一日一緒にいた」


 言い聞かせるように、懺悔するように言葉を紡ぐ。


「でもね、ずっと由紀のこと考えてた」


 中田君が隣にいた。それが何だかちぐはぐな感じがして、気持ち悪かった。


「いつも一緒にいるのは由紀だったから。隣にいるのが由紀じゃないのが、なんだか変な感じだった」


 中田君と過ごす程に、由紀の存在感が大きくなった。


「それでね、気付いたんだ」


 自分にとって大事なものは何か。


「由紀はいっつも私のこと考えてくれた」


 別の人を想っている私を見るのはつらかったに違いない。それでも、私の力になってくれた。


「私の幸せを一番考えてくれた」


 由紀自身の幸せは二の次にして、私を優先してくれた。


「そんな由紀がね、いつの間にか私にとってすごく大事になっていたみたい」


 別の人と……中田君と過ごしてようやく気付いた。


「これがどんな気持ちなのか……好きってことなのかは分からない」


 やっぱり女同士ってのはおかしいって感覚は、どうしても捨てられない。それでも、一緒に居たいと思った。


「でもね、由紀が隣にいないのは、嫌」


 遅くなってしまったけど……由紀も中田君も傷つけてしまったけど、ようやく自分の気持ちが分かった。


「私ね、誰よりも由紀に隣にいて欲しい。由紀のことが大事だから」


「……ばか」


 ドア越しの絞り出すような声を聞いて心臓が止まりそうになる程、嬉しくなる。やっと返事をしてくれた。


「うん。ごめん」


「ばか、ばか……。本当、馬鹿!!」


 段々と鼻声になっていって、申し訳なくなる。


「……ごめん」


「あんた、私がどれだけ……、どれだけ!!」


 その声は今にもはち切れそうなほど切実で重たい。


「うん。ごめん。だから、中田君は振ってきた」


「はぁ!?」


「いっつ……!!」


 私の返答によほど驚いたのか、ドアが凄い勢いで開かれる。当たり前だが、ドアの前に座っていた私の足にクリーンヒットした。痛い。


「あ、ごめん」


 面食らったような由紀の声。痛みをこらえて顔を上げると、由紀がいた。髪がぼさぼさで、鼻水まで垂らして酷い顔だ。でも、それが何だか妙に愛おしい。


「捕まえた」


「あっ」


 左手で由紀の腕を掴むと、一瞬腕を引っ込めようとするが、すぐに止まる。顔をそらしながら恥ずかし気に由紀が呟く。


「見ないで。酷い顔してる」


「うん。ごめん」


 ばつが悪そうに横を向く由紀を見ると、愛しさが溢れてくる。愛しさを持て余して、つい抱きしめてしまう。


「ちょっ!! なっ!」


 事態を吞み込めていないのか、由紀がどこから出したのか分からない声をあげる。ちらりと横目でうかがうと、真っ赤な耳が見える。可愛い。


「由紀、ごめんね。気づくまで時間がかかっちゃったけど、今一番大事なのは由紀なの。だから、もう会わないだなんて言わないで。お願い」


 もう会わない。それを口にしたことで、由紀に拒絶されたのだという事実を再認識して悲しくなる。だけど、やっぱり大事なのは由紀だから。もう絶対に離したりしない。そんな想いをこめて、由紀にしがみつく。


「あ……」


 由紀が呆けたような声を出して、その体から力が抜ける。だが、しばらくするとおずおずと手を私の背中に回してくる。そこから伝わるぬくもりに、優しく締め付けられる感覚に涙が出そうな程嬉しくなる。


「ほんと、ばか」


 呆れるような、それでいて嬉しそうな由紀の声。


「うん。ごめん」


「謝らないで」


「うん。ごめん」


「だから……!」


「ふふ」


 なんだかおかしくなって笑うと、由紀もふっと微笑むような気配がする。手を緩めて由紀と向き合うと、仕方なさそうに笑う由紀。

 それを見て笑みを深めると、由紀はふいっと顔を背ける。その仕草が可愛くて、一度でも由紀を捨ててしまった自分が呪わしく思えてくる。けど、由紀が腕の中に居てくれる。それだけで、その他のことが些細なことに思えてきた。


 きっと、これからも私のすぐ隣にいるのは由紀。もう絶対に離したりしない。

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