心ひとつに、揺るがぬ愛を問う試練

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

心ひとつに、揺るがぬ愛を問う試練

 悪の魔王を倒し、平和になった後の世界。

 魔王を討ったパーティのうちの二人、勇者の青年バンと魔法使いの女性マシューは、そろって聖なる女神の神殿へとおもむいた。

 その、目的は。


「……いよいよだな。女神様への、結婚の誓い」


「……うん」


 二人とも、緊張した面持ちで、バンはぎゅっとこぶしを握りしめて正面の神殿を見すえ、マシューは魔女のローブのすそを握りしめてうつむいた。


 この大陸において、結婚を誓う対象となる神は複数いる。

 たいていは自身の国や地域、あるいは種族や血統により決まっている主神へと誓うのが一般的であるが。

 二人がこれから誓おうとする「始まりの女神」は、この世界をゼロから創り上げたという最高神であった。

 他の神ではなく、わざわざこの女神に結婚を誓うカップルというのは、相応の事情があるわけで。


「……大丈夫かなあ、バン」


「心配ないさ」


 不安げに見上げてくるマシューに対し、バンは正面を見すえたままうなずいた。


「聞いただろ。どんな事情があったとしても、女神の問いかけに心をひとつにして答えられれば、絶対に結婚を認めてもらえるって」


 マシューはまたうつむいて、ぼそぼそとたずねた。


「あなたが人間で、私がエルフでも?」


「ああ」


「あなたが勇者で、私がもともと、魔王の配下でも?」


「もちろん」


「あなたの村を焼き滅ぼした魔族の中に、私も……私も、いたのに?」


「関係ねえよ」


 マシューはバンを見上げて、すがるように問いかけた。


「私が本当は死んでいて、この胸に埋まった魔王の心臓が生きながらえさせていて、いつか魔王を復活させる鍵になるかもしれなくても?」


 バンは静かに、やわらかな顔で、マシューを見下ろした。


「そんな『いつか』は、絶対に来ない」


 肩を抱き寄せて、マシューのひたいに、くちびるを押し当てた。


「俺が守るから。

 二人で生きて、二人で幸せになって、それで二人で、幸せな最期を迎えよう」


 バンの胸の中に、マシューはすっぽりと収まった。

 お互いの心臓が、とくとくと、響き合うように鳴っていた。

 マシューの目からぽろぽろと涙がこぼれて、バンがからかうように笑った。


「マシューはホントさ、ずーっと涙のガマンできないまんまだなー」


「だって、だってそんな、私、私こんな、こんなに幸せになっちゃって、いいのかなあ」


「いいんだよ」


 バンは顔の高さを合わせて、触れ合うような近くで見つめ合って、にっと口角を上げてみせた。


「俺がいいって決めた。そんで、女神様にも認めてもらう。

 二人で女神様の問いかけに答えて、それで今日が、俺たちの結婚記念日だ」


 バンの顔の間近で、マシューは目をうるませたまま、顔を真っ赤に染め上げた。


 二人は並んで、神殿に足を踏み入れた。

 荘厳なる純白の神殿内、正面に鎮座する女神像に向けて、バンは声を張り上げた。


「始まりの女神よ! 今ここに、バン・ブーとマシュー・ルムは、結婚を誓う!

 二人の間に揺るがぬ愛があることを、見届けたまえ!」


 女神像が、輝きをはなった。

 天井をすり抜けるように室内に虹がかかり、像から分離するように、女神の姿が顕現した。

 女神はバンとマシューを見下ろし、言葉を投げかけた。


『揺るがぬ愛を誓う者たちよ。その愛を証明するため、心をひとつにして、我が問いに答えよ』


 女神の前に、ふたつの物体が具現化した。

 バンとマシューは、それを見た。

 それはとある形を模した、二種類の、菓子だった。


『至高の菓子キ・ノーコとターケ・ノーコ。

 そのどちらがよりすぐれた菓子か、心をひとつにして答えよ』





 この二人は十年後に結婚します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心ひとつに、揺るがぬ愛を問う試練 雨蕗空何(あまぶき・くうか) @k_icker

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ