死生之徒《伍》
——死生之徒 《伍》
「ここにあるのは蟻地獄。そうでなければ僕なのさ」
祭囃子の音色の中。
異形の有象無象が狂奔する中。
訳も分からぬ事を語るのは少年である。
彼もまた、人外であった。
名は
「怯えないでいいよ。僕は君を滅さない。君は蟻ではあるけど幼虫、まだ成虫じゃあないのだからね」
と、ニコリと笑って言う。それは仮面の様な笑顔であった。
ともかく、私は彼の背を追って、さながら妖怪屋敷となったお祭り会場の中を進む。
黒ずくめであり、一つ目の人型である者や、
真円形状の物体(分かりやすく言えばフラフープの様な)に四肢を繋げ、目を回しながら前進する者であったり、多種多様の異形達がひしめき合う。
「こいつらって妖怪だったり怪異だったり……そういう類いの者なんですか?」
「従来の言葉の意味としてはその認識で問題無い——けれど、死生之徒的には違うらしいね」
《死生之徒》、聞いた名である。そうなのではないかと思ってはいたが、やはり二人は知り合いらしい。
「あいつと会う手段と機会は限られているからね。知り合いという程互いの内面を知り合ってはいないよ」と、言葉を挟んでから、
「死生之徒の認識における妖怪や怪異ってのは、まず噂になっていなければならないらしくてね。そうでなく、ただ存在するだけの人外だとか異形は一般生物なのだそうだ」
「こいつらが……?」
思わず言ってしまう。
「まだ発見されていなかったり、単に現在の人類では理解出来ないだけの者達なんだとさ——勿論、噂となればそれは妖怪であり怪異であり、魍魎なのだがね」
「ふうん……けど、祭りに来たりしたらすぐに噂になるんじゃ?」
それも、一匹や二匹が祭囃子に誘われ来てしまったなんてレベルじゃない。正しく百鬼夜行と言った感じだ。
「皆、僕に惹き寄せられてきたのさ。そして僕は人とは僅かに異なる空間で生きているからね、だからこの異形祭りを人が目撃する事は無いんだ」
幽霊は別次元の人間である——だとか、そういった話だろうか?
「幽霊は人の心に宿る者さ。恨みつらみで魂が現世に留まる場合はその想いに応じた姿の人外になるんだ」
「人外——じゃあ、ノトさん」
「名を略すのはやめといた方がいいよ。死生之徒は優しいから何も言わなかっただろうけど、僕なら君を抹殺しているね」
惹入寄留は仮面の笑顔すら捨て、ただ真っ直ぐと私を見つめて言う。刃の様に鋭く冷たい視線である。
「…………死生之徒さんだったり惹入寄留さんは元々人間なんですか?」
「違うね。僕らは元からこういう存在さ。まあ、共にイレギュラーではあるのだけれどね」
「へえ、じゃあ似た者同士って訳ですか」
「違うよ」その言葉と共に、彼は私の喉に人差し指の先を当てる。爪は尖っていない。けれど喉には針にでも貫かれたかの様な感覚があった。
もう既に祭りの場からは抜け出しており、遠くから聞こえる騒がしい声は、私と彼の間の静けさをより一層際立たせる。
私は訳が分からず、蛇に睨まれた蛙の様に動きを止める。
「その表現は少し違うね。君と僕とは蛇と蛙とじゃあなく蛇とオタマジャクシなのさ」
そういえば、さっきは私の事を蟻の幼虫だとか言っていたっけ? ただの冗談だと思っていたのだが、どうやらソレは、ただ事実を比喩しただけの事であったらしい。
「僕は死生之徒程優しくは無いんだ。あいつは、ほんと、どうかしているんじゃないかって位に優しいんだ」
「それは……分かってます」
「分かってはいても、理解し切れてはいない」
まだ出会って間もないけれど、死生之徒が優しい奴である事くらいは分かっているつもりだったのだが——まだ、理解が足りないらしかった。
「あれで慇懃無礼の逆を行っているつもりなんだから、全くさあ……理想なんてのは、所詮絵空事なんだろうね」
自嘲する様に、今度は仮面でなく素で笑う。
「さてはてと」と、惹入寄留は脱力した様にぶらりと腕を下げ、私の喉から人差し指を離す。
慌てて喉に触れてみるが、そこに傷は無く、ただ手のひらが汗に濡れるだけであった。
「惹入寄留は惹き寄せ、そして殺す——という訳だから、僕はこれからあの百鬼夜行を皆殺しにしてくるよ」
惹入寄留はそれが当然であるかの様に語る。
「え? いや……、人を襲ってる様子は無かったですし別にいいんじゃ……」
「善悪の問題じゃないよ。僕は人ならざる者を惹き寄せ、それを狩る者として定められているからね」
さながら蟻地獄の様に、
自ら引き寄せ、惹き寄せて、そうして招かれた者を殺す。ただただ殺す。
「じゃ、死生之徒にはあんまり無理するなよとでも言っおいてくれ」そう言って祭囃子の鳴る方へ歩き出す。
「あの!」
惹入寄留との交流はおそらく、私にとって——否、誰にとっても好ましい物ではないのだろう。けれど、私の中には一つ疑問があった。
彼でなければ、答えられないであろう疑問である。
「なんだい?」
「人ならざる者達が惹き寄せられるって言ってましたけど……じゃあ、なんで私は貴方に会えたんですか?」
プリクラには私の姿は写っていた。
死生之徒からも私はまだ、人であるとお墨付きをもらっている。なのに何故、私は彼と遭遇出来たのか——と、そんな疑問。
「んー、そうだねえ……」
顎に人差し指を当て、わざとらしく、悩んだ様なフリをする。
声を唸らさ、身体を唸らせ……そしてやっと出された答えは、
「君の手の中——とか言ったりしてね」
そんな曖昧な物であった。
それからはもう、私がどれだけ呼び止めても彼は足を止めず、五回目の瞬きの後、人外共は揃ってその姿を消していた。
私の前にはただ、人が祭りに興じるだけの風景がある。
「手の中と言ってもね——」
私はため息混じりに彼の言葉を言いながら、手のひらを見てみる。
嗚呼、なるほど——。
私は納得する。
私の手のひらは、人ではありえない程白く染っており、手の甲を見てみると、それは緑の鱗に覆われていた。また指と指の間には、哺乳類とは思えない程巨大な水かきが張られている。
どうやら私はオタマジャクシではなくて、
どうやら私は——河童であるらしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます