死生之徒《肆》
——死生之徒 《肆》
「学校抜け出しゲームセンターに入り浸る——成程あんたはスケバンという訳だ」
死生之徒、という名の者と出会った後の事。
私はてっきり、現状打破の為、死生之徒が即座に行動を開始してくれるのだろう——と思ったのだが、そうではなかった。
そうではなく、何故かゲームセンターに訪れている。初めにゲームセンターに誘われた時は、その目的が何であるのか皆目見当もつかなかった。
死生之徒曰く、どうやら親交を深めたいらしい。親しくならねば私は救われないと、死生之徒は言うが——まあ、事実がどうであれ、他人と会話し、遊ぶのは久々だ。ワクワクなど無いと言えば嘘になる。
「なら貴方はツッパリですか」
「俺は学生じゃないぜ——にしてもあの頃、ツッパリやスケバン共はその名を誇らしげに掲げながら先公やら社会に喧嘩売っていやがったけんど、そもそもその名は学生の特権だ。つまりゃ社会システムに従属している事を前提としてるからな。茶の番長でもやりやがれってんだ」
死生之徒は目を細め、天井の方を仰いで語る。背丈は160cmあるかないかで、明らか中学生にしか見えないが、どうやら死生之徒は年上らしかった。
「ソイツらの被害を食らった人からすれば、茶番じゃ済まないでしょうけどね」
「ああ、だから悪い子扱いされる。そして制圧される。時の流れと共に消滅する」
「ノトさんはツッパリだとかと戦ったりしたんですか?」
「俺はあんたみてーな奴としか関わり合えないんでな」
ああ、でも——と、記憶の中に何かを発見した様に呟いてから、
「言ノ葉委員長は戦ってたな。うん、鎮圧してた。殺しはせずとも殺し以上って感じだったぜ」
流石はバーサーカー。
そして流石は委員長。
委員長の名を持つ者として、学生が悪事を働く事を良しとはしなかったのだろう。
「いや、ただ単にツッパリとスケバンという言葉が孕む矛盾を許せなかったらしい——ほら、さっき言ってたヤツ」
「…………広辞苑、買わなくちゃですね」
もしも私と言ノ葉バーサーカーさんとの会合なんてイベントがあった時、己の語彙力を恨まないが為の出費である。
「あいつと会ったりなんてそうそう無いだろうけどな」
「備えがあれば憂いは無いらしいですよ?」
「そーゆーの、慣用句だとかを文字るだけでも怒るから気を付けろよ。まあ、すべきは忠告じゃあなく、会わない方法の教授なんだろうけど」
知りてーか? と、死生之徒は私の顔を覗き込んで聞いてくる。
当然私は、
「知りたい。会いたくない。死にたくない」
そう答える。それは多分命乞いだった。
すると死生之徒は「おう、二文で簡潔に教えてやるよ」と、なんだか頼り甲斐がありそうにして言ってから、
「噂をすれば来るからな。もうこの話題は切り上げよう」
「UFOキャッチャーでもしません?」
私は即座に話題を切り上げ、切り替える。
「んー、ゲームセンターに誘ったのは俺で、あんたは着いてきてくれたのだからあまりケチは付けられねーけど、UFOキャッチャーはやめといた方がいいんじゃないか?」
近頃人気のアニメキャラ。ソレの造形物を監禁するアクリルの箱を指さしてみる。すると死生之徒は少し申し訳なさそうにしながら言う。
「ほら、大抵の場合は結果が伴わねーだろ?」
「だからこそですよ」
と言って、私は死生の制止を無視して百円玉を投入した。
「結果が伴わない——それは今の私が求める娯楽としての必須条件ですからね」
私はアームと景品の位置を合わせながら語る。死生之徒は新人バイトみたく、私の無駄話をメモに、一字一句間違えず、逃さず書き記す。
「例えばリズムゲームをしたとします。すると当然スコア、つまり結果が出る。そういう事象が発生するでしょう?」
「でもあんたによる事象って事にはならない。誰もそのスコアを知らずに終わるか、良くて機械の誤作動と捉えられる」
「そうなったら虚しいじゃないですか。だから結果が残らない物をやりたいんですよ」
メモを取り続けたまま、「楽しめるなら何でも良い気もするけどな」と、解せない様子で呟く死生之徒。
それから大体十分が経過した頃だろうか。
私はもう、円盤を操っておらず、
「…………こころにぽっかりあながあいてます」
とか言いながらうなだれていた。
何故だろうか。懐が寒いし死生ノ徒の目が冷たい。
今更何を考えたって後の祭りなのだが、UFOキャッチャーには確かに結果は伴わない。けれども当然過程はある訳で、過程すらも己による事象に出来ない私よりずっとマシなのであった。
などとネガティブシンキングを巡らせていると、
「プリクラとやら、撮ってみないか?」
死生ノ徒は気を利かせた風に言ってくれる。
「お金を貸していただけるのなら………」
そのご厚意に対し、私はくしゃくしゃのレシートが占領する財布の中を見せて返事をする。外道に思われるかもしれないが、これは仕方のないことなのだ。
金はもう、私の元には無いのだから。
「ソリャア自業自得ってヤツなんじゃねーの?」とは言わず、死生ノ徒は「返さなくてもいーぜ。俺の財布の中身もどっかの誰かの遺失物なんでな」と、気前が良さそうな事を言ってくれる。
「けど、どうしてプリクラなんです?」
私は収録された音声に従いポーズを取りながら、世間話のつもりで聞いてみる。すると死生之徒は一度私の方に目を向け、カメラの方に戻してから、
「写真が出てきてから言うよ」
と言ってダブルピース。撮影回数は計四回だったが、シャッター音が鳴る度に性別と髪色を切り替えていた。存分に楽しもうとしてやがる。まあ、二人分の料金を払っているのだからあって当然の権利ではあるか。
とまあ、落書きの工程が無い機種だったのは残念だが、変幻自在の人型との撮影はなんだか宇宙人とのツーショットに通づる物があって楽しかった。
「俺との交流に浪漫を感じてんじゃーよ。本来あってはならない事なんだからさ」
蕪雑に写真を取り出して、呆れた様に言いながら死生之徒は二枚の写真をまじまじと見つめる。
四つの候補の中から、
少女であり白髪。
少年であり黒髪。
の、二パターンに厳選したのだが、やっぱり他の二パターンの方が良かったりしたのだろうか?
「あんたみてーな奴は、段々と人から遠ざかっていくんだけどよ」
写真から目を離さずに語り出す。
「市井ノ徒からの脱却が本格化すると、まずは写真に映らなくなるんだ。デジタルの場合は問題無い。だが実際に、実体となると消えちまう。理屈は知らんが事実は事実だ」
「だから確認の為に、すぐに写真を印刷してくれるプリクラを——という事ですか」
カクンと、死生之徒は黙ったまま首を縦に振り、写真を眺め続ける。
「…………あの、私写ってます?」
「あんた、メンタルは強い方か?」
「…………覚悟は、出来てます」
もう既に、この世から消えかかっている様な物なんだ。今更写真に写っていない程度で病んだりなどするものか。
「分かった。じゃあ見せてやるよ——」と、その言葉と共に、写真を一枚、私の方に差し向ける。提示されたその写真には、黒髪の少年は写っておらず——
「え?」
それとは反対に、私だけは写されていた。
ウィンクにアリさんポーズをする凪敷絆がバッチリと、消えも薄れもせず写っている。
拍子抜けして、呆気に取られていると、
「ハッ——ハハハハハハハハハハハ!」
死生之徒はいきなり大笑いをする。
高らかに、大袈裟すぎる程に笑う。笑って笑って果てにはむせる。
状況を理解出来ずただただ狼狽していると、
「いやあ、ちょっとビビらせようとしただけなんだが、魂を抜かれたみてーな表情をするからさ。わりいわりい」
と悪びれもせず頭を下げる。
「けど良かったな。あんたはまだ、ちゃーんと人間なんだぜオジョーサン?」
頭を上げ、私の胸ポケットに写真を入れ背を向けた。そのまま出口の方へと歩き出す。
「あれ、帰っちゃうんですか?」
「ああ、今日はあくまで情報収集だけのつもりだったからな」
「そうですか……。じゃあまた明日ですね」
死生之徒——他人との交流が終わってしまうのは残念ではある。だけれど私を救うにも手順があるのだろうし、私みたいな素人には口出し出来ない。
自分を納得させて、死生之徒とは逆方向に進み出そうとすると、
「あ、近くの川沿いで、丁度祭りやってるらしいから行ってみたらどうだ?」
背後から、絶対行けよと念押しする様な声が聞こえてくる。
祭り、祭りか——まあ気分転換にはなるかもしれないし、行ってみるのは悪くないか。
だとか考えている内に、私の後ろからはもう、足音は聞こえなくなっていた。
「…………はあ」
凪敷絆と別れた後。俺は……死生之徒は、路地の裏にてため息をつく。
「一枚目の時にゃあまだ人だったから助かったが……急いでやんねーとな。メンタル強い奴が市井ノ徒から外れる訳がねーんだしさ」
俺の手のひらに乗せられた写真。
それには俺は写らない。
それには誰も写らない。
二人揃っての撮影は無理であったが、
二人揃って人外ではあるらしい。
「なーんも面白くねーや」
呟いて立ち上がる。
絆が俺の誘導に乗って祭りに行っているかは分からないが、とりあえず行くべき所は一つである。
「凪敷絆、その家だ」
もっと言えば絆の部屋。
絆がどんな人間であったかの痕跡探しをしに行こうという訳である。
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