死生之徒《参》



——死生之徒 《参》



 黒髪であり、白髪である。

 少年であり、少女である。

 人間であり、人外である。

 不貞腐れながら校門を通ろうとした私。その前に現れた人型は、そうとしか、言い表せない存在であった。

 対峙する魂を喰らう様な黒髪も、そよ風になびけば白染めに。

 それと同じく、ソイツは中性的なんじゃあなくて、少年と思っていれば少女と化す。カメレオンというか、妖怪七変化というべきか。

「妖怪七変化はソーユー意味じゃないからな。と、俺は指摘するだけで罰は与えない」

 少年且つ少女且つカメレオン、けれど妖怪七変化にあらず(いや、妖怪七変化の使い方が違うだけでソイツが妖怪七変化である事に違いはないのか?)のソイツは呆れた様に言う。どうやらソイツの生きる世界じゃ誤用に対する罰があるらしい。

「言ノ葉委員長がうるさくってね」

「字面だけでうるさそう」

「けど字面程非力じゃない。ありゃー委員長というかバーサーカーだ」

 なんとも言葉を知らなそうな比喩である。

「そんな事よりもだ」

 と、

 なにやら不機嫌そうに、目を細めた。

 猫が如く。腹を鳴らせる百獣王が如く——やはりつまらない。これなら直前の、バーサーカーだとかの比喩の方が上手くはないが珍味なだけマシである。

「髪やらセーベツやらは良いさ。だが人外ってのは心外だな。俺は人間なんだぜオジョーサン?」

 ソイツは歩み寄る。

 怪しくないが妖しげに、人外めいた台詞をつらたら並べながら、私の鼻先に、鼻先を当てた。

「…………貴方が人間なら、思いっきりはたいてる所ですよ」

「なら今すぐこの頬に手形を付けな。セクハラ反対ボーリョク賛成だ」

「あい」あいさー。という訳でビンタする。

 鼻先触れ合う距離な為、事実としてはビンタじゃあなくラリアット。

 横断歩道の向かい側にまで飛ばしてしまったが、ボーリョクには賛成らしいし問題無いだろう。

 ソイツは二本足で、人間らしく直立すると、

「やっぱり人じゃなくなってきてやがるな」

 口内から流れ出る血を拭いながら(律儀に手を上げ横断歩道を渡りながら)、気だるげそうに呟く。

「私は変わらず人間ですよ」

 生まれてこの方。

 死にゆく時まで。

「人は信号から信号にまで人を飛ばせねーぜ。ましてや子供。ましてや女だ」

 それに、と一拍置いてから、

「あんた、最近生きてるのに死んでるだろ? 死生の輪から脱出しちまってるだろ?」

「哲学に興味は無いので」

 その言葉だけを残して、その場から立ち去ろうとするとソイツは「なら都市伝説に興味は無いか? 怪異譚でもいい」と、そう言って私の腕を掴む。

「……叫びますよ」

「あんたが叫んだって誰も助けに来ねえよ。だってあんたは世界に居ねーんだからさ」

 失言。

 ソイツは言ってはならない事を言う。

 私はソレを聞き、言葉を失ってしまう。

「今のは良くなかったな。俺は滑稽、あんたには失敬——ともかく、俺の話を聞いてくれよ」

 私は返事をしない。

 ソイツはその沈黙が了承の意であると捉えたらしく、

「このままじゃ、チミは魍魎になっちまうんだ」

「モー……リョウ?」

「バケモンだよ。異形怪物妖怪幽霊怪異——だとか、噂を住処にする人外共の事だ」

「人は人以外にはなれませんよ」

 と言うとソイツは「んだよ、哲学好きなんじゃん」と嬉しそうに返してから、

「でもなっちまうんだぜ、これがよ。心当たりはあるよな?」

 心当たり。思い当たる事。

 ある、あるよ、大ありだよ。

 私は人の視界に映らない。

 さながら幽霊の如く。

 人とは別の次元に生きているかの様に。

 その疎外感を受けて、自らを人であると、胸を張って言える奴なんて居るもんか。

 上辺では言い張れても、心の底から言えるはずがない。

「…………貴方なら、私を人に戻せるんですか?」

 私は問いかける。

 自分では平然を装ったつもりだったのだが、どうやら、ソイツの視界には神や藁に救済を求む、怯え惑う少女が映ったらしく、

「あんたの孤独を埋めれる唯一人だ」

 哀れみでなく、憐れみを掛けた様に言う。


 ソイツは、

 死生之徒は、独りぼっちになった私に憐憫れんびんの情を覚える唯一人であった。

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