第2話

「だからさ、今から、私のことを好きになってよ。それで、瀬川のことを綺麗さっぱり忘れて? ね?」

「……」


 最初言葉の意味が理解できなかった。

 ようやく、理解すると、僕の頭は混乱して、先程までの恐怖がどこかへ消えてしまった。


「な、なんだ、それ、むちゃくちゃすぎるだろ……」


 頭がおかしい。


「あはは、好きな人の思いを独占するために、必死なだけだよ。でもそうだな、このままだと、君は私を避けるだろうし、それだと好きになってもらうのも難しい。ということでさ、勝負しようよ、一緒にいられるように。そっちにもメリットがあれば、勝負してくれるようね?」

「何?」

「ふふ、名付けて、どっちが先に恋に落ちるか勝負。私はこれから、君に好きになってもらえるように、あらゆる手段を使う。逆に君も、私が君のことを好きになるように、同じことをすればいいよ。私が君に心変わりすれば、瀬川と分かれて、彼女と付き合うにあたっての邪魔者がいなくなるよ。まぁ、私は瀬川一筋だから、そんなこと、絶対ありえないけどね」

「いや、お前に好きになられても困るし、そんな方法で、瀬川と付き合いたいとは思わない」

「そんなこと言って。君は何が何でも欲しいはずだよ、好きな人の心を、好きの人のぬくもりを」


 藤野はベンチから立ち上がって、にんまりと笑いながら、僕の方に歩み寄る。

 その目はどこか誘うように、怪しげで、僕はとっさに、後ずさろうとする。


「逃げちゃだめ」


 けど、腕を捕まれ、彼女の方に引き寄せれる。

 鼻先が触れ合うと、彼女が顔を寄せて、僕にキスをしてきた。


 「ちょっ、お前?」

 

 突然のことに、頭が真っ白になる。

 慌てて、彼女の身体を押すけど、離れてくれない。

 それどころか、首に両手を回され、深く密着されてしまう。

 彼女の舌も口の中に入ってきて、唾液を舐め取られる。 

 舌と舌が触れ合うと、彼女が動きを止めて、弾んだ声で言った。


「どう、興奮する? 気持ちいいでしょ?」

「お、お前どういうつもりだよ?」

「私さ、さっき、瀬川とディープキスしたんだよね。この意味分かる?」

「あっ……」


 気づいてしまった。

 今、俺の口の中に入ってる舌が、さっきまで瀬川の口の中に入ってたことに。


「倉田くん良かったね。瀬川と間接ディープキスできて」

「この野郎!」


 無邪気に笑う藤野を強くにらみつける。

 屈辱だった。

 瀬川への思いを踏みにじられたようで。

 なんでだよ、なんで俺じゃなくて、お前が瀬川と……。

 藤野に対する負の感情がふつふつと湧き上がってくる。

 対して藤野は余裕そうだ。

 僕の表情を愉快そうに見つめている。


「でも、私は間接じゃない、直接瀬川とキスできる。その先のことだってね? どう?私のこと、羨ましいでしょ? 疎ましいでしょ? 殴りたいでしょ? そんな私から彼女のぬくもりを味わうのはどんな気分? ねぇ、ねぇ? 聞かせてよ?」


 そう言うと、彼女の舌がまた動く。蹂躙するように、僕の口の中に這い回る。

 不愉快に感じる相手からのキス。すごく気持ち悪くて、吐き気がした。

 と、同時に、瀬川のぬくもりを感じるようで、気持ち良いと思ってしまった。


「頭の中、もうぐちゃぐちゃだよ、何が何だがわけわかんない」


 泣きそうになりながら、言う、

 僕は誘惑に負けて、舌を自ら動かす、無様にも。

 すると、彼女は僕を嘲るように。口元をつり上げた。


「そっか。 じゃあ、もっともーっと、ぐちゃぐちゃにしてあげる♪ ふつうのキスじゃ満足できなくなるくらい」


 彼女も舌を動かし、応じた。

 それからの時間は、最高に不愉快で最高に気持ちいい時間だった。

 お互いの舌が離れると、互いに興奮したように、息を荒げた。

 彼女は口元を拭うと、勝ち誇った顔をする。

 対して、僕は敗北感にうちひしかれていた。

 やってしまった。ようやく冷静さが戻った僕は、自分のしたことにようやく気づいた。

 瀬川を汚してしまった、自分の欲望のために。


「結局君はさ、不純なんだよ。誠実そうに振る舞っても、瀬川を感じるためなら、私とキスしちゃうんだよ。きっと私が瀬川とセックスしたら、簡単に私ともセックスしちゃうんだろうねー」


 自分の本心を暴かれた気がした。

 ああ、そうか、俺は、こんなにも瀬川のことが欲しいんだ。 

 きっと、俺は彼女と付き合うためなら、どんなことだってするだろう。

 藤野がが恋愛の障壁になるのなら……迷わず彼女を。

 考え込んでいると、不意に、彼女が耳元に顔を寄せてきた。

 こそばゆい吐息にビクッと肩が跳ね上がる。

 その反応に、くすっと笑うと、彼女が嬉しそうに甘く囁いた。


「ねぇ、私と一緒にいれば、ご褒美をあげるよ。瀬川と間接的に触れ合えるっていうご褒美を。どう? その気になった? これでいやがおうで、私のそばにいたくなるでしょ? そして、美味しいエサに夢中になってる間に、君は心変わりするんだ。ご褒美をくれる私に感謝して、いつか恋心を抱くようになるんだ」


 彼女の甘い誘惑に頭がくらくらする。

 キスをしたのは、新しいメリットを提示するためか。

 恐ろしいやつ。

 狙いが分かっていても、こう思ってしまう。

 さっきのキスをもう一度味わえる。

 藤野を通して、瀬川と触れ合える。

 思わず、口元をつりあげそうになるが、あくまで、しかめっ面をよそおう。

 でも、そっちがその気なら、こっちも遠慮せずにすむ。

 俺は藤野をまっすぐに見つめて、こう言い返した。


「ありえない。俺はお前を絶対に好きにならない。好きになるのはそっちの方だ」

「あはっ、すっかりやる気じゃん。それじゃあ、どっちが先に好きになるか勝負、受けてくれる?」

「望むところだ。お前を恋に落として、瀬川を絶対、手に入れてやる」


 こうして、勝負が始まった。

 全ては好きな女の子のために。

 絶対に勝ちたい。

 だって、自分の貪欲さに気づいてしまったから。

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初恋の女子と付き合ってる彼女にキスされた。「あの子を取られたくないから、私のこと好きになってよ」「私とキスできて嬉しい? それとも、あの子と間接キスできて嬉しい?」 田中京 @kirokei

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