初恋の女子と付き合ってる彼女にキスされた。「あの子を取られたくないから、私のこと好きになってよ」「私とキスできて嬉しい? それとも、あの子と間接キスできて嬉しい?」

田中京

第1話

 その光景を見た時、衝撃を受けた。

 参考書を買い、家に帰る途中、公園のベンチを横切った。

 そっちの方が道のショートカットになるから。

 でも、夕日を背に、公園のベンチでキスしてる二人を見て、足を止めてしまった。

 驚きのあまり、わけが分からなかった。

 キスしてる一方の一人は僕の高校のクラスメイト、瀬川都だった。

 小柄で、かわいい系の女子だが、あまり社交的でなく、内気な子だ。女友達の藤野みやび(同じクラスの)といつもつるんでる。

 藤野と話してる時の彼女は花が咲いたように、晴れやかな笑みを浮かべる。僕はその笑顔に魅せられてしまい、恋に落ちてしまった。

 だけどたった今、失恋が確定してしまった。

 瀬川さんは、顔を赤らめて、幸せそうな表情をしてる。

 完全に恋をしている顔だ。

 その羨ましい意中の相手は、男ではなく、女だった。

 さっき話した、都の女友達、藤野みやびだった。

 藤野はモデルをやっていて、きれいな黒髪と整った顔立ちをしてる。

 すごく美人だ。かといって、気取ってるわけじゃなく、親しみやすい性格で、あまり女子と話すタイプじゃない僕にも話しかけてくれる。

 しかしまさか、二人が恋人同士だなんて。

 自分の好きな相手が同性愛者とは思わなかった。

 二人は唇を離すと、互いに見つめ合って、笑みをこぼした。


「じゃあ、塾あるからもう行くね」


 そして、ベンチから瀬川だけ立ち上がると、僕とは反対側、公園の出口の方へ歩いていった。

 彼女が消えると、僕は深くため息をついた。

 完全に二人の世界だった。誰も立ち入るすきがない、

 当然、僕の立ちいるすきも。

 胸の奥に苦いものがこみあげる。

 家に帰って、寝よう。

 今はもう何も考えたくない、

 藤野に気づかれないよう、静かに足を動かそうとする。

 でも、近くに空き缶があって、それを踏んづけてしまう。

 ベコッという物音に、藤野がこっちを見る。

 し、しまった。


「えっ、あれ? 倉田?」


 目が合うと、少し驚いた声を出す藤野。

 覗き見してたことがばれた僕は、慌てて、しどろもどろになる。


「えっ、あっ、その……」

「倉田だよね? 同じクラスの?」


じっとした目で見つめられ、僕はようやくまともな返事をする。


「う、うん、倉田だけど」

「めっちゃきょどってるじゃん。あっ、もしかして、さっきのキス、見られてた?」


 藤野がやばっと、額に手を当てる。

 こうなったら、言い逃れはできないな。ここは素直に答えよう。


「えっと、うん、見ちゃいました」

「あー、そっか。なんか、ごめんねー。女同士でとか、普通はびっくりするよね」

「いや、別にいいよ。それより、藤野と瀬川は……その」

「うん。付き合ってるよ」


 やっぱりか。分かってはいたけど、当人たちから口で言われると、つらいものがる。

 本当に事実なんだと実感させられる。

 

「とはいっても、同性愛は世間からの目が厳しいし、みんなには内緒にしてるけどね。だから、私達のことは秘密にしてくれると助かるんだけど」


 手を合わせて、上目遣いで、お願いされる。

 かわいい女の子にそんなことされたら、普通はドキッとしてしまうだろうが、傷心中の今はそんな心のゆとりはない。

 早くこの会話を終わらせたい。

 なげやりな気持ちで、僕はこう答えた。


「……わかった。ちゃんと約束は守る」

「そっか、ありがと」


 藤野が安心したように、言うと、すぐさま、僕はそっけなく、「じゃあ、もう帰るよ」と、彼女から、離れようとする。


「まっ、待って、すごく気になることがあるんだけど、聞いていい?」

「何?」


 しかし、まだ話したいことあるようだ。若干の苛立ちを感じながら、言葉の続きを待つ。

 すると、思ってもみない言葉が彼女の口から出てくる。

 

「倉田って、瀬川のこと好きなの?」

「え? え?」


 どうしてそんな質問を?

 瀬川のことが好きだなんて、一言も言ってないのに。

 彼女は僕の心を読めるのか?

 不思議に思ってると、僕の心情を察したのか、藤野が言葉を続ける。


「倉田さ、私と瀬川が付き合ってるかって聞いてきたじゃん。瀬川の名前出した時さ、すごくせつなくて、つらそうな顔してたよ。それで、思ったんだ。ああ、こいつ、瀬川のことめちゃくちゃ好きだって」


 そんな……分かりやすい態度をとってたのか、俺は……?。

 僕は、とっさにごまかすようにこう答えた。


「み、み、見間違えじゃないか。別に俺は瀬川のことなんて何とも思ってないけど?」

「めっちゃ声震えてる。はは、分かりやすいなー、倉田は。好きってことがまるわかりじゃん」


 くすくすと笑われ、僕は思わず、顔が熱くなる。

 これ以上、ごまかしても余計にからかわれるだげだ。

 僕は恥ずかしげに、秘めた思いを告白した。


「ああそうだよ。瀬川のことが好きだよ俺は……」

「おっ、やっと認めた。すると、私と君は敵同士ってことになるのかな? 愛するものを取り合う」


 茶化すように言う彼女に、僕はないないと、笑いながら首を振る。


「いやいや、いくら好きだからって、二人の仲を引き裂こうとは思わないよ……」

「そっか。なら、安心だ……と言いたい所だけど……さっき、君の思いの深さを知ったから、すごく不安なんだよね」


 藤野が唐突に笑みを消すと、静かに、真剣味を帯びた声でこう続けた。


「瀬川のこと、諦めきれなくて、いつか私から彼女を奪い取ろうとするんじゃないかって……」


 藤野の鋭い目が僕を捉える。

 ギクリとする。

 その目は語っていた、瀬川を取ろうとしたらただじゃおかないぞと、

 この人、本気だ。

 ようやくわかった、藤野はこのことを話すために、僕を呼び止めたのだ、

 身体が震え上がる、

 すると、藤野は表情を崩して、正気を疑う発言をした。

  

「だからさ、今から、私のことを好きになってよ。それで、瀬川のことを綺麗さっぱり忘れて? ね?」



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