オレの高校生活、今日からリスタート

 週明けの退院日は、オレの心を表すような曇り空だ。病院から借りた台車に積まれた荷物を前に、オレは項垂れるしか出来ない。

 

「お世話になりました」

「いえいえ」


 入り口での見送りを受けて、お袋が挨拶をする間、オレは手荷物を駐車場まで運ぶ。


 病み上がりをこき使うとか、あり得なくね? 午後から授業を受けるって言うのに、勘弁して欲しいわ。


 荷物を端に寄せて、後部座席で待つこと数分余り。

「もう、スマホばっかり見ないの」

 いつものお小言にオレはウンザリする。


 雲の切れ目から注ぐ日射しはまぶしい。今日も最高気温は三十度を超えるとか、テレビニュースで見た予報を思い出した。


「お世話になりました」


 声につられて、オレは窓の外をチラ見する。カチッとウインカーが唸った直後に、車はゆっくりと発進した。



 学園始まって以来のスキャンダル発覚で、オレたちの夏は終わった。始まってすらいないのによ。


 入部してすぐ、他県出身のレギュラー組と、地元出身の補欠の間に、目に見えないバチバチが展開していたから、これでよかったかもしれない。


 住宅地から果樹畑の見える線路へ。お袋の運転する車は市道を抜けて、『シオン通り』に合流する。

 

 ラーメン屋、回転寿司、ファミレスの看板をやり過ごすうちに、テレビのCMお馴染みの看板が迫り来る。


「もう、お腹すいた?」


 オレの腹が空腹を訴えるタイミングでの冷やかしに、オレはため息を吐き出した。



 運転席のお袋に急かされつつ、後部座席のシートベルトの金具を外す。病院からここまで、お袋の運転でも十分はかからない。


 そうそう、お袋との買い物って、高校になって初めてだったな。


 女物のナツの装いコーナーはいいから。


 三階のエレベーター前のベンチで待つこと、一時間なんてあっという間に過ぎてしまう。


「今度は二階?」

「お父さんの靴下。ここのじゃないとうるさいのよ」


 左様にあられますか? レジが終わるまでさらに待つこと十分程度の買い物を終えたら、あっという間に昼メシの時間だ。


 さすが、全国展開の『シオンモール』だけあって、平日ながらもフードコートは混んでいた。


「ハンバーガーのセットでいいの」

「頼むわ」


 お袋に昼メシの調達を任せて、二人分の席を確保する。暇つぶしがてら、スマホでヤクの転売の件を調べてみた。


「AとかBとかばっかだな。こりゃ」 


 ありきたりのイニシャルのオンパレードに、個人の特定などオレには出来やしない。ただ、事件の裏にはウチのOBも所属? ってウワサの半グレ団体の名前が載っていた。


 そこの本拠地が他県だから、身バレは時間の問題だろうな。


 ――ウチの学校の運動部のOB、プロではほとんど活躍していないんだよね、昔っから。キミは考えたこともないだろうけど。


 高梨が吐き出した皮肉を思い出す。まあ、嘘ではないから痛いよな。


 インフルのせいで公立高校を落ちて、滑り止めのウチを卒業した、地元の信金で社畜やっている従兄弟だけど。


 プロでイマイチな野球部のOBより、下手したら出世しているかもな。


「いたいた。はいこれ」

「ウッス」


 黒いトレイに乗る定番のハンバーガーセットを受け取り、お袋と顔を突き合わせて座った。 


「あんた、学校は辞めないわよね」


 お袋の問いかけなんて、面倒くさくて黙り込む。


「何か言ったらどうなのよ」


 退学しても中卒のアルバイターにならざるを得ない。今は『高卒認定』って道もあるけど宅勉はキツそう。


 カテキョーを頼むにしても、塾以上に金がかかるって話だからな……。


 一回で結論づけるのも難しいよな。


「食った食った。それ、あっちに持って行くから」

「そう」


 母子の会話って案外、長続きしねえもの。

 オレに出来ることって、ビニール袋を持ってやるくらいか。



 午後の一時前、街道沿いは思った以上に混雑している。ぼんやり外を眺めるのも飽きた。


「さっきの続きだけど……」


 お袋の一方的な責め立てに堪えきれず、

「学校は辞めないって。新しい部活も決まったから」

 適当な言葉を吐き出す。


「救急車を呼んだコと同じ部?」

「ん、まあ」


 部活も前と比べたら拘束時間は短くてすむし、バイト時間を少し増やせるかな? 的な話をふると、お袋は一応納得したのか、それっきり何も喋ることがなくなった。


「そうそう、今日から部活に行くの?」

「一応、あいさつしようかなと」

「なら、終わったら連絡よこしなさいよ」


 軽自動車を校門前に停めたお袋が一方的に話す。

「わかったよ」

 走り去る車に背を向けて、オレは校舎を目指した。



 午後の授業も一通り終わって、バッグを肩に担ぐオレの前に円花が立つ。


「あのね。わたしも今日からジャーナルに参加するの」

「へえ……って。オマエ部活は」

「転部届ならとっくに出したわよ」


 中学から頑張った陸上を、あっさり辞めてもいいのかよ。オレのツッコミをよそに、円花は佐伯さんのところに行く。


 なんだかオレの時と打って変わって、さわやかスマイル全開って差別じゃないか?


「小池くん? そろそろ、あっちに行くけど」

「早くしなさいよ」


 女王様っ? 仰せのままに。とか言ったら怒られそうだな。

 二人にせっつかれるがまま。オレはヤジの飛び交う教室を後にした。

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