No.8 何にもない日々は終わります、ようやくそろそろ本編が始まるようです

8-2 多分ようやく本編開始



“____15才を迎えた子供は、年に一度開催される妖精召喚の儀式に参加する。

召喚陣を持って虚に住まう妖精を呼び寄せる声をあげ、契約する。

契約をもってして人間は魔法を、妖精は器を得る。


目を覚ました時からわくわくが止まらなかった。

15才の誕生日を迎えたその日が妖精召喚の儀式の日だなんて新年と聖人ノエルの日がいっぺんに来たみたいだ。

幼い頃は広すぎた、今では随分と小屋と呼ぶに相応しい自分の家は森の匂いがした。

風が止めば息遣いすら昼でも聞こえてしまうほど平和で、何もない家には当然のように彼しかいなかった。

焦げ跡がこびりついた鍋が置かれたキッチンは随分とぐちゃぐちゃに食器や瓶が積まれていたし、雑に仕舞われた衣類がクローゼットからはみ出ているのはみなかったことにした。

どうも、少し大雑把なのが彼も自覚している玉に瑕ってやつなのだけれどどうせ自分だけしかいないのだから、少しくらい雑でも咎められやしない。


昨日の夜から用意していた服に着替えて、口にパンを突っ込んだ。

まるで試すようにぐるぐると狭い部屋を無駄に歩き回ったあと、靴に足を突っ込んだ。

幼い頃からずっと夢見るほど楽しみにしていた、特別な門出の日だ。



森を抜け、街に降りると随分と賑やかな様子だった。

自分よりも背の高い同年の子供たちが両親だろう人物たちと楽しげに話して先を歩いていた。

「僕、どんな妖精と契約するのかな〜!」

「私は日属性の妖精と契約したいの!」

「なんていったって俺だからな、強い妖精を呼ぶさ!」

ほんの少し羨ましく思ってしまうのは、許して欲しかった。

たったひとり、空いた隣が寂しく思ったけれど振り払うように首を横に振った。

街で1番目立つ場所にある教会で儀式は行われる、人目につかないように足速に教会へ向かった。


ほんの少し遅かったようで、教会にはもうすでに子供たちが揃っていた。

真っ白の髭を蓄えた老人が、分厚い礼服に身を包んで偉ぶった様子で壇上に立っていた。

時間だと閉め切られれば、隣にいる子の顔も見えないほど薄暗い教会の中で老人にだけ明るいライトの光が照らされているので偉大風に見えた。


「よく集まった、うら若き少年少女たち____」


始まりはそんな、テンプレじみた言葉だった。


「父たる神、母たる精霊は我々をお造りになられた後にお眠りになられた。父母の子たる妖精と共に。我々人間は母から授かった魔法の種が芽吹かなかった!哀れまれた妖精は我々に、器を共有することで魔法の力を授けてくださる契約をくださった。」


朗々とした老人の話は随分と長ったらしくて眠たい___失礼、荘厳で感銘を受けるものだった。

老人が指揮者のような仕草で両手を広げると、体が淡い光の膜で包まれた。

オーロラみたいな光は揺らめいて、老人の手に水晶があしらわれた杖が現れる。

杖を床に2度打ち付けると態とらしく開けられていた場所に複雑な紋様や文字が刻まれた円状の陣が浮かぶ上がった。


「さぁ____父母の子たる妖精との契約を果たすのだ!」


ひとり、またひとり、前方にいた子供たちから順番に。

召喚陣の上にたち、手を組んで祈る動作をすれば魔法陣が虚からその召喚者と相性の良い妖精を呼び寄せる。

現れた妖精は主線を省いた塗りつぶされた色だけみたいな姿をしていた。

歓声や感涙みたいな声が溢れ、とうとう残りは自分だけになった。


「ふむ……残りはおらぬかね。」


同年の子供たちよりも小柄な体が仇になって、慌てて手をあげた。


「待って!俺まだです!」


教会の全員からの視線が一気に集まった。

薄暗い上に人が集まっていた教会の中でようやくと少年が“彼”であることが、そこで明らかになった。

歓喜、甘悦、感興……教会の中で満ち満ちていたはずの感情が一気に冷めていく。

嫌な沈黙が走って体がこわばる。


「いいえ。」


老人の隣に立っていた街で位の高いだろう人物が冷たい声で言い放った。


「あれには必要ありません。」

「えっ、必要ないって…!」

「うん?どちらかね。」


無機質に見下ろされた視線、再び彼が「あれには必要ありません。」と繰り返した。

訝しげにする老人が耳打ちされた内容に得心したような仕草をする。


「確かに君には不要なようだ。」

「はっ、ふ、不要って…!」

「神聖な儀式の邪魔をするなど許されない、今すぐそれを教会の外へ。」

「な、なんで、ちょっと待ってよ!」


顎をしゃくるだけでもう既に構えていたらしいガタイのいい街の大人たちに腕を掴まれた。

抵抗をしても小柄な主人公が振り解くこともできず放り投げるように教会の外へと追い出される。

忌々しいと言わんばかりに音を立てて締められた扉に「待ってよ!なんで…!」と叫んだ。


半ばひねり上げるように腕を掴んでいた1人が舌打ちと共に主人公の体を投げ捨てた。

砂利で皮膚が擦れ血が滲む。


「何すんだよ!」

「お前こそ神聖な儀式の邪魔をするな!」

「俺だって15才になった!権利はあるだろっ…!」


主人公の言葉を街の大人は鼻で嗤った。


「権利?化け物の癖に、15年ものうのうと生きやがって……お前のせいで街の子たちの偉大な門出にケチがついた!とっとと森へ帰れ!」

「ゔっ」


睨みつけた主人公の体が吹き飛んだ、道に転がった石よりも適当に腹を蹴り上げられたのだ。

往来での出来事であるのに、集まった周囲は特に何も咎めはしなかった。

寧ろ楽しい食事会の時に出た虫に向けるみたいな視線を向けられる。

ひそひそと聴こえる雑音に顔を顰めて、その言葉に従うみたいに森の小屋へと走って行くことしかできなかった。



森の小屋の扉を開けたその勢いのまま、泥も砂も落とさずにベットへ飛び込んだ。

少年しか使わないベットはその癖に寝返りをしても余裕があるくらいには大きかった。

ぽろぽろとはちみつ色の瞳から砕いた飴みたいな涙が溢れてはベットを濡らした。


たったひとつだけしか楽しみにできなかった幼い頃の未来が全部ぐちゃぐちゃにされた、ショックや悲しみよりもなんだかとっても惨めだった。





どうしたって諦めれはしなかった。

夜の闇に紛れ、街に降りた。

昼間は随分と喧騒で満ちて華やかだった教会は、ライトが落とされたこともあってなんだか廃れたみたいに不気味だった。


裏側の窓を何度か引っ張るとガタガタと何度か震えた後、ひっかかった何かが外れた音がした。

寂れた音をたてて開いた窓に乗り上げたせいで、引っかかった腕に線をひいたみたいな傷ができてしまうが気にせずに小柄な体を滑り込ませた。


「たしか、この辺り…」


態とらしく開けられた空間、子どもたちが養成を呼び寄せていた魔法陣の線は暗がりに紛れて殆ど目視はできなかったが記憶通りだった。

祈りを組んでもなにも、昼に見た神聖な夢が溢れた景色は彼には降り注がなかった。


「…妖精、来てくれよ、だって俺は、そのために15才になったんだよ…魔法の力があれば、きっと、俺でも…!」


殴りつけるみたいに床に手を擦り付ける。

嗚咽じみた言葉を吐いても、それでも、なにも、起こりやしない。

侮蔑に、嘲笑、化け物に権利などないと腫れ上がった腹の青色が知らしめるように痛み出した。


「なんで………こいよ、来てくれよ、頼むから。俺をひとりぼっちのままにしないでくれよ!」


腕から伝った雫未満の赤い血が散って床に落ちた。

小指程度、垂れたことすら気がついていなかったそれはシミにすらならずぶくりと泡だった。


皮膚の間に針を差し込まれたみたいな痛みが全身に走った。

逆立って這いよる不気味さに座っていれなくなって体を折り曲げる。

祈りよりも懺悔に似た格好だった。


「は、ぁ、っが……な、あ。う、ぐ。ああああああああああああ!?」


腹の底から開かれて中身をメチャクチャにされているような痛みにあえぐ。

脳が揺らされて割れてしまいそうなほどの痛みに訳もわからず頭を掻きむしった。


「だれか、たすけてよ!痛い……いいいあああああああ!ぇ、ちゃ。たすけ、ああああああああ!」


ぶつんと強制的に切れた意識のその先は覚えていない。

ただひとつだけ、目を閉じた暗がりで誰かの歓喜が聞こえた。”








「ねぇちゃんおはよう!朝だよ!」


キスができそうなほどの至近距離で頬を染めて笑いかけるシックスが殆ど開いていない視界一面に映った。

シックスのせいで生憎と見えてはいないけれど耳元で【ギャウギュゥ】と鼻にかかった甘えた声で鳴いて黒いふわふわを擦り付けているのはサンク以外にない。


「おは、よ……シックス、早いね…」


欠伸混じりで目元を擦るテトラの言葉にシックスがふふん!と自慢げに胸を張る。

頬がシャープになって丸みの取れた顔つきは随分と青年然としたシックスだったが、こういうところはやっぱりまだ幼かった。


「ねえちゃん誕生日、おめでとう!」

「ふは、もう、そのために早起きしたの?…シックス、誕生日おめでとう。」


いつもはテトラに起こされるばかりのシックスが早起きした理由に顔が綻んだ。

大分と先だと思っていた、楽しみなくらい恐ろしかったその日、今日は2人の15才の誕生日だった。


_____15才の誕生日。

妖精物語が、ゲームが始まる日だった。


同い年の子供と比べて小柄で線を引いたみたいな体型だった2人の体は随分と健康的に成長した。

ゲームキャラクターとして登場したシックスはそれがより顕著で、心身共に健康的な生活をしたおかげで程よく筋肉のついた体つき、頼りなさげだった顔も自信のついた青少年といった風貌でほんの少しのスパイスみたいな幼さがよりいっそう顔の良さを際立たせていた。

テトラはというと、テトラ自身の体質なのか同年代の平均よりも小柄な体つきではあったもののはっきりとしてよく言えば大人びた顔立ちになっていた。


(シックスはどっちかっていうと垂れ目で、優しい感じの顔つきなんだけど。テトラって吊り目で顔立ちもくっきりしてるから化粧でもしたらまさしく“アノン”って感じ…いや、アノンもテトラなんだけど。)


窓に映る自分の姿を見て改めて項垂れた。

雰囲気はそっくりで双子ではあるのだけれど、こういう所は全然そっくりじゃない。

はちみつ色の瞳がきらきらと光を放つ。

シックスの顔が何やら期待で満ちていた。


「…ふは、もう。」


グレージュの髪がぐしゃぐしゃになるくらいに頭を撫で回すと、やはり正解だったらしくくすぐったそうに体を捩りきゃらきゃらと嬉しい声をあげた。

甘やかしすぎたかもなぁ、と、ちょっとだけ思う。


“忌み物グリムと妖精物語”の主人公シックスは妖精と契約する事への期待に胸を膨らませ、ひとりぼっちで15才の誕生日の朝を迎える。

「俺にだって」「ひとりぼっちのままにしないで」

“わたし”の知る主人公シックスはそういう始まりに縋りついて成熟する。

自分の中に厄災妖精がいることなど到底知らない彼は、15才の誕生日、妖精と契約をすることで自分自身を変えることができる____正確には、断言はできないふわふわした、けれど確かに自分を1人にしない“なにか“を得られると、しんじていた。

そういうものに縋らなければ正気を保てなかったのだと、思う。


ゲームでほんの少しの回想でしか語られない彼の過去は、やはりひとりであるの一言で片付けれてしまうほど孤独だったことだろう。

だから人に頼られることを拒絶できない、ゲームのシステムといえばそれまでの他人奉仕の英雄気質。

そういう風にさせたくなくて、優しすぎるようにならないでほしくて、テトラはシックスを殊更に甘やかした。


………甘やかしすぎた、かもしれない。

我儘とか、自分本位すぎるとか、そういう意味ではない。

ただびっくりするほど甘え上手にはなったと思う。

仕方ないなぁ、で済ませてしまうテトラ自身も悪いのだろうけれど。



15才の誕生日。ゲームの物語が始まる運命の日。

歯車はとうの昔に壊れている。

世界如きにざまぁみろと唾を吐く準備はできていた。



ゲームの主人公シックスは15才の誕生日を迎えたことよりも、15才になったから妖精と契約の儀式ができることに対して天秤を傾けていたように思う。

しかしちょうど今サンクに体当たりをされたシックスは妖精の儀式に対してはそういうイベントがある、程度で、誕生日を迎えたことの方が天秤が傾いているようだった。


シックスはまだ自分の中にある厄災妖精の存在を知らない。

15才の誕生日を迎えた時に教えることに正式に決まっているらしかった。

ゲームの時はどういうやり取りをされていたのかは知らないけれど、シックスが妖精契約の儀式に顔を出すなんてことがないようにフィーアが朝、教えることになっていた。


どう思う、だろうか。

黙っていた双子の片割れのことを。

それだけが、おそろしかった。




「へぇ。そうなんだ。」


朝食の後、仰々しく向き合うように座らされたことに柄にもなく緊張していたシックスはフィーアから告げられた、シックスのしらないシックスのことについて、たったそれだけを返した。

呆気に取られたのは寧ろ、死にそうな顔をして罪悪感に焼かれたフィーアと落ち着かなさそうにサンクを撫でていたテトラの方だった。


「い、いや……そ、それだけか??」

「あっ。じゃあ俺ねぇちゃんと一緒に妖精契約の儀式行けない?」

「それはそうだがそうじゃなくてだな…!」

「俺はお前達を放置していた……2人ぼっちの子供を、見殺しにしていたんだぞ…!」


正直、それは黙っていてもよかったのに、と思った。

事実テトラはフィーアが言い出さなければ、言う気もなかった。


「でも結局俺のこと面倒見てくれてるじゃん。それに、ねぇちゃんがいいよって言ったんなら俺は別にいーよ。」


心の底からどうでも良さそうに言い放ったので、糾弾される覚悟をバッチリ決めて、なんなら1ヶ月くらい前から眠りさえできなかったフィーアはどっと体から力が抜けた。


「やっぱりシックスのこと甘やかしすぎたかも。」

「俺、ねぇちゃんに愛されてる?」

「勿論世界で1番愛してるよよ。」

「えへへ、だよね。」


ひどくあざとい顔で上目遣いをされるので反射的に叫んだ。

石を投げられたことも、突き飛ばされたことも、全部覚えているくせにシックスはそれだけで十分だと笑った。












自分でやはり自分ことを許せないらしいフィーアがあまりに死にそうな顔をするので紅茶をねだると、「よろこんで!」と何処ぞのホストじみた掛け声と共にキッチンへと駆けて行った。

陰った表情、テトラの指先を掴んだシックスの体は、小さく震えていた。


「……テトラ。いっぱい、ごめんね。」

「どうしてシックスが謝るの、ばか。」

「…………うん。」

「……約束してね、シックス。何をしてでも幸せになるの、幸せに、なりたいの。誰がなんと言おうと、シックスはシックスなのよ。」

「……ねぇちゃん、俺のこと、大好きだね。」

「そうよ、だからお願いよ。私の大好きなシックスを、誰かのために傷つけないでね。」


歪な双子は鏡写みたいなくらい、そっくりな顔をしていた。

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厄災妖精とゲームの世界 鑽そると @taganesolt

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