No.7 RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わりましたが親愛イベントが発生しました…?


“悠然と聳えるそこは学校というよりも古城や鐘の教会のようだった。

とうとうこの日がやってきた!シックスは胸を弾ませる。

辺りをキョロキョロと見回すシックスは、背負った大きなリュックサックもあって田舎者丸出しだった。

一通りはしゃいだあと果たして自分はどこにいってどうすればいいのかという純然たる疑問に行き着いた。

「ふっ…ふくく……」

押し殺した笑い声の方に視線を向ける。

ゆれた癖のある髪の隙間から見えた瑠璃の瞳、ツンと尖った目の形に垂れた細い眉、くつくつと隠しきれていない笑いを堪える少年がいた。

「アンタ、さっきから表情ころころ変わってて面白いな。」

少し小馬鹿にした態度だった。

むっと頬を膨らませたシックスに、少年は涙を拭うような仕草の後「ごめんごめん」と軽い謝罪の言葉を投げかけた。

「なんか見たことある顔だなーって思ってたらすっげー挙動不審だったから、つい笑っちゃって。あ、俺もアンタと一緒の新入生ってやつ。」

新入生、シックスと同い年であるだろう少年は随分と大人びて利発そうな癖にどこかとっつきやすい雰囲気を纏っていた。

「俺の名前はトロア・ディトフィッグ。これからよろしくな。」”


魔法学校編の始まりで出会い、物語を通し主人公シックスの友人であり仲間であり、相棒とすら呼べる関係性となるキャラクター。

プロフィールに記載されたキャッチコピーは“異彩の麒麟児”。

揶揄ったような喋り方で「楽しいことだけしたい」などと曰うほど面倒ごとを嫌う刹那主義でありながらギフテッドと称されるほど非常に天才的な頭脳を持ち、主人公の味方であり続け悪態を突きながらも決して仲間を見捨てない。

主人公を差し押さえファン投票で堂々の一位を飾った、“わたし”の1番好きなキャラクター。


寄り添うサンクと共にトロアに背を向けシックスたちの元へと小走りでかけるテトラの内心は非常に荒ぶっていた。

恐らくは“わたし”を思い出してここ1番の焦りといっても過言ではない。

フィーアの半ば説教じみたテトラへの心配の言葉(なにせテトラは勝手にひとりでシックスをサンクに任せどこかへ行ったので)など殆ど届いていなかった。


(トロア・ディトフィッグショタバージョン……)


“わたし”のダメなところが出ていた。

本編ではちらとも出ることなどなく、なぜかファンブックで落書き程度に忍ばされ、二次創作で量産された少年がいたのだから。


テトラにとっての本番はゲームが始まる、シックスが15歳を迎えるあの日に迎える。

だからか無意識に思い込んでいた。

そもそもゲームで仲間、友人などと言ったメインキャラクターに属する人物は本編開始、正確に言えば魔法学校編が始まらなければ出会うことはできない、と。


事実それは殆ど間違いではない。

ブルーローズの森は田舎であり擁する国の首都、直線で結ぶだけの距離ならば王国都市よりも隣国との国境の方が近い。

そもそもがシックス厄災の封じ子に安らかな子供時代を送らせるためにと、敢えて王国都市から離れた片田舎を用意されている。

未だ混乱が残る王国都市を訪れること、それこそ魔法学校編が始まらなければシックスに許可は降りないだろうと、テトラは思っている。


魔法学校編以降に出会うキャラクターたちはそのほとんど全てが王国都市やその近辺、他国に住居を構えている。

ブルーローズの森はゲームにおいて低レベル時に素材を集める程度の序盤フィールド、街に絡めたエピソードイベントが無いわけではないが、テトラにとっては重要ではない。


(……まさかこんなとこで遭遇イベント起こるなんて。)


サンクが迎えにきたことを理由に話を切り上げた態度はかなり早急な感じだったかもしれない。

どうしたってテトラは他人への線引きがはっきりしている悪癖があった。

…本当に、ついでだった、ざまぁみろって思うよねって溢した言葉すら彼への慰めでも何でもない本心を吐いただけ。


『またあえたら、なまえよんでくれよ。じゃーな。』


(また、かぁ……10年後だし、覚えててくれるのかなぁ。)


少しだけ、切り捨てるように名前すら言わなかったテトラへ手を振ってくれた少年への罪悪感に胸がちくりと痛んだ。












「いやぁ、ほんとうに。うちの息子を助けてくださったそうで!」


儚い別れと感傷だった。

人の良い笑顔で握られた手をぶんぶんと振られたフィーアは面倒と困惑が混じった器用な表情をしていた。

恥ずかしそうな顔でごめん、みたいなポーズをしたトロアが大人たちをよそにテトラに近寄った。


「その…わりぃ。父さんがさ、俺のはなしきいておれいをいいたいってうるさくってさ…」


何やら1人で盛り上がりを見せるトロアの父親がフィーアに矢継ぎ早に言葉を投げかけているのを横目で見た後、再び頭が痛いと項垂れた。

よく言えば明るい親を持つ大人びた子供というのは、えてしてこういう顔をする。

それに「はは…」などと愛想笑いで返してしまったのは仕方なかった。

“わたし”の好きなキャラクターでもテトラにとっては初対面の子であるわけで、そもそもテトラは同い年の子供と真っ当に関わったことなどない。

変に感傷に浸ってしまったのが、少しばかり恥ずかしかったというのもある。


「えーっと…あ、そういや俺なのるだけなのって、アンタのなまえきくのわすれてたよな。」

「あ、えっと……テトラ、だよ。」

「そっか。そっちのうしろの子たちは?」


今の今まで黙りこくってテトラの後ろにひっつき目線だけ寄越していたシックスは突然話を振られたことにぴゃっと肩をはねさせた。

シックスの中でトロアという未知の存在を図り兼ねているせいか、珍しく半ば人見知りのような素振りをした。

逆にテトラの横に寄り添うサンクは良くも悪くも普段通りテトラ第一主義、決して視線を外さず何かがあれば飛びかかれるようにと片足を出していた。


「あ、わるいわるい。俺トロア・ディトフィッグ、テトラにさっきたすけてもらってさ、おれいをいいにきてるとこ。」


シックスに気を遣ってか、トロアの言葉尻は随分と柔らかくゆっくりだった。

テトラと違い純然たる子供であるのにこういう気が使えるところが、好ましかった。


「シックス…」

「このこはサンク。」


名前を言うだけ言ってまた黙りこくってしまった。

フィーアの時はそれなりにすぐ距離を詰めたのに、と意外だったが思い返せば、たとえその扱いが非道なものでもシックスは街の大人とくらいしか関わったことがなかった。

同世代の子供というのがテトラ以外わからないシックスが戸惑うのも無理はなかった。


「シックスにサンクな、よろしく。」

「…うん。」


つい、と目線を逸らしたその様子がテトラにとってはひどく新鮮だった。

ゲームのプレイキャラの特性上に誰とも話す人見知りなんてそっちのけで、天真爛漫快活少年の印象が大きかったシックスが“こう”なるのかぁ、なんて。


「いやぁ、いやぁ、今後ともよろしくお願いします!」

「あ、はい…いいかげん手離してくれません…?」


何やら話が一区切りついたらしく一等声が大きくなった父親に再び顔をげんなりとさせたトロアは見てくる、と親指を立てたジェスチャーをした。

駆け寄った父親に何かしらを告げられたトロアが思い切り足を踏んだのを見て、ぎょっとする。

一体何を言われたのか、懲りずに頭に置かれた手を鬱陶しそうに振り払っていた。


「ねぇちゃん。」

「ん?なぁに、シックス。」

「………あのひとになんにもされたりしてないよね。」

「へ?」


思いがけない言葉にきょとりと目を丸くさせた。

改めてシックスの顔を見るとフィーアでさえ意外とすぐに慣れたというのに、やはりじとりとした警戒の目を向けていた。


「なんでそうおもったの?」

「………むっ。」


なんとも形容し難い顔で不機嫌を表現した。

拙い言葉遣いでどう表現すればいいものかと首を回したあと漸く口を開いた第一声は「だって」と妙に言い訳くさい言葉から始まった。


「…なんか、ねぇちゃん。あのひとにサンクみたいなかんじだもん。」

「……うん…………うん……?」


流石のテトラも、シックス本人がイマイチ言いたいことが固まっていない言動を理解できず首を捻った。


(サンクみたいな感じ…とは…?)


視線をサンクに向けるとぱっちりとした目が合った。

口元を緩めて広げて見せたその表情にテトラの顔も綻んで、ついと、最早癖になってるみたいに顔の辺りをわしゃわしゃ撫でた。

それにしても、とシックスが言いたいことがどうにも噛み砕けない。

どうしたって言葉を練習中のシックスに細かい説明は難しい。


「うーん……あのこトロアにたいしてわたしがサンクみたいってこと?それともわたしがあのこにおはなしするのがサンクにはなしてるときみたいってこと。」

「んとね、ねぇちゃんがサンクにおはなししてるときみたい!」


ぴしりと指先までまっすぐ伸ばしてはーいと答えるシックスが言いたい事が、大体わかってきた。


多分、シックスを除けばテトラが1番信頼を預けているのはサンクだ。

だってサンクは1番真っ直ぐな信頼を預けてくれる。

フィーアは、違う。

あれは罪悪感由来だから。

信頼してないわけじゃない、でも、どうしたってサンクが1番信用できた。


そんなテトラを知ってか知らずか、そう称したシックスに複雑な心地だった。


(“わたし”ってそんなに単純思考回路なの。でも、まぁ………私だけじゃなくてシックスにもサンクにも名前聞いてくれたのは流石だよなぁ。)


「…なにかされたわけじゃないよ。ふつうにせっしてくれたから、うれしかったんだよ。」


あぁ、どの口がどんなことを言っているのだろうか。

自分のことなのにわたしに裏切られたみたいに、少しだけ思った。


テトラの言葉に安心したように「そっか!」と喜びを表現したシックスからはだいぶとトロアへの警戒は薄れていた。

その証拠に話を終えたらしいトロアが戻ってくると今度はテトラの後ろに隠れることはなかった。


「なんか、よくわかんないけど父さんとフィーアさん?がれんらくさきこうかんしてた。」

「なんで??」


話の飛躍が過ぎるとテトラが宇宙猫に匹敵する顔をした。

言っているトロア本人も首を捻って「いや…」などと歯切れが悪い。


「なんか…わるい、その、俺の父さん商人…店やっててさ、人とのつながりをだいじにしたいが口ぐせで……ここであったのもなにかのえん、っておしきったらしいんだよね……」

「へぇ……」


サブイベントで密やかに語られる程度だった“父親”は確かに昔気質の賑やかな商人といった印象だったが、なるほど、と未知の生き物に遭遇したみたいな心地で頷いた。

“わたし”でいうところのコミュ力オバケのヨウキャってヤツなんだろうか。


「たぶんちょくちょく、いみもないれんらくとか送るとおもうけどたいはんは無視してやってくれていいから。」


1時間は井戸端会議で帰ってこない親を語る子供にそっくりな顔で、実際に見た事があると言わんばかりだった。


魔法世界特有のテレパシーみたいに実際に声や映像を送る電話機能のついた連絡ツールも存在するが、そんな上等なものテトラたちの家にはない。

フィーアが所持している可能性もあるが仕事由来だろうものの連絡先を送るとは思えない。

トロアの話している内容からしてその交換した連絡、というのは紙片型の情報共有魔法道具である“マジックメール”のことだろう。


“マジックメール”

羊皮紙型の転送用魔法道具(以下転送紙)と羽ペン型の専用転写用魔法道具(以下転写ペン)の総称。

転送紙に転写ペンで書いたものを別の転写紙に送信する事ができる。

それぞれのマジックメールに番号が振られておりその番号を転写紙左上のスペースに記載することで送信する事ができる。

受信したメッセージは転写紙右部にあるワイプにて表示されるので使用者の一存で選択表示できる。


簡素な名前であるが、要するにその名前の通りで“わたし”でいうところの自分で書く必要があるだけの電子ペーパー型のメール。

ゲームでは仲間や友人キャラクターとの何気ない会話を楽しめたり、それから親愛を上げるツールのひとつとして用いられていた。

会話の選択肢を成功すると親愛レベルが上がって、親愛が上がることで発生するイベントもあったのでプレイヤーにとってはお馴染みの魔法道具だった。


確かファンブックで“マジックメール”はその魔法道具の構成システム上逆探知で場所を探ることなどは絶対にできないと公式で語られていた、シックスのことがあるフィーアもだから教えたのだろう。

“わたし”の時ならいざ知らず、テトラにとって使用する機会など一切なかった埃を被った古い“マジックメール”がひとつあったはずだ。


「あー……もしよかったらなんだけどさ、たまに俺もれんらくしていい?父さんについてくことがおおいくて、おないどしできがるにしゃべれるヤツっていままでいなかったからさ。」


トロア・ディトフィッグはテトラも私も知らない相手ではあるが“わたし”にとっては信用に値する人物だった。

断る選択肢は特になかった。


今度こそと手を振って別れたトロアの忠告どおり、今まで無用の長物だったはずの“マジックメール”がその日から随分と口やかましい文面を受信し始めた。

そこに遠慮がちに混ぜられたトロアからのメールのやり取りはテトラが考えていた以上に長く続き、それこそ、ゲームが始まるまで続くことになる。








-舞台裏-



”「天才、異端、奇跡、人外、持て囃される言葉は種類豊富で皆々様方語彙力に長けてるこって。嗚呼兎角、人間というのはしちめんどくせぇ生き物なもので。おかしろ楽しく生きていたいってのはそんなに罪なもんですかねぇ。……俺はさ、そんなに大した人間じゃねぇし面倒なのは嫌いだ。でもさ、俺はやっぱり、お前といるのが楽しいんだよ。」

麒麟児と揶揄われる少年は面倒そうに髪をかき上げて、けれどその目は頑なだった。“




第一印象は随分と正義感溢れた子だこって。

その次は、お嬢さまみたいな顔して結構いうなぁってこと。

その、次は。



『ふは、べつにきにしないでいーよ。……あのおじさんのさいごのかおみた?ざまーみろってかんじでちょっとすっきりしたよね。』



はちみつ色の蕩けた瞳からちらちらと星が瞬いていた。

その星に、少し前に読んだ子供向けの本にステンドグラスみたいな絵柄の旅人の言葉を思い出した。


“そうして たびびとは おうじさまにむかって いいました。

「あのねおうじさま であいっていうのは かみなりがおちたみたいな ほしがふるような せかいがぐるりとまわるような そんなとつぜんさ!わすれないでおくれ きみが うんめいだとおもったものだけが うんめいなのさ!」”


グレージュの髪はわたがしみたいにふわふわしてゆるりとした癖がついて、少しツンとしたアーモンドみたいな形をしたはちみつ色の瞳はほろ苦い感情を嘲笑うみたいに細められた。

心の底から“ついで”だと言わんばかりに自分を見て、慰めでもなんでもない本心を吐いた少女に走った感情はまさしく“好奇”だ。

チリと走った火花みたいな熱情はびっくり箱を開けた時みたいに感情を弾ませた。



トロア・ディトフィッグという少年は王国都市で貿易の流通に携わる商家の一人息子として生を受けた。

豪快快活で昔気質の商人としての義理人情とお調子者の性格をした父親と朗らかなくせにカカァ天下の良妻賢母みたいな母親。


既に3歳で研究者の会話に参加できるほどの天才ぶりを見せた少年は、その頭脳の代わりに子供らしい純粋性を失った。

家が商家で大人と関わる事が多かったのも一因だったかもしれない。

大人びたなんて言葉で済ませてしまえばそれまで、賢過ぎた少年の好奇心は研究者じみたそれで興味がないことへの無関心さが酷かった。

ひとりスクラップブックを読み耽る息子を度々外に連れ出したのはいつだって両親だった。


『同い年の子供と仲良くしろ、なんて言いませんけどね。つまらない生き物ばっかだと最初から決めつけるのはよくありませんよ。』


母親が訳知り顔で放った言葉を信じていなかったわけではなかったけれど、信じているわけでもなかった。

けれど確かに雷に打たれたように星が降ったように世界がぐるりと回ったように突然だった。

恋なんて可愛らしい感情ではない、心の底からの好奇心。




自分と少女の間を割り込むように現れた黒い狼から向けられた警戒の視線に少しばかりの冷静さを取り戻す。

うずりと口角が上がってしまったトロアは初めて人間を対象とした好奇心にいっそ興奮すらしていた。

その癖に冷静さを取り戻した彼は、やはり少女が自分に対して興味を抱いていないことに気がつく。


(…あー、あのおおかみが来たのをいいことにさらっと終わらせようとしてるな。)


遠目に少女の視線の先の、保護者らしき高い影に気がついて心の中でにんまりと笑う。

引き止めることが得策でないことくらい賢い少年はとっくにわかっていた。

ひどく上手な少女の微笑みの口元が微かに引き攣っていた。

それじゃあね、と適当に手を振る少女にならった。


「おれ、トロア。トロア・ディトフィッグ。またあえたら、なまえよんでくれよ。じゃーな。」


態とらしく名乗って足速に背を向けた。


面倒だからと置いて行ってもらった父親がどのあたりにいるかなど時間と店配置、父親の性格を考えれば少年にとってすぐに探せる。

まるで偶々偶然通り掛かりましたなんて風を装って、「父さん」と呼びかけた。


「トロア、どうした?」


言わずとも、珍しいなんて思っている顔。

事実珍しい。

父親の挨拶について行くのは面倒だからとひとりでフードマーケットを回るのはいつものことだが、話しかけてくることなどなかった。(挨拶先の相手に「これうちの息子なんですよ〜!」と本心から褒め称えるので居た堪れない。)


「あー………なんかへんなのにからまれた。」

「変なの?どうした、何があった。」

「たいしたことじゃないけどな。」


ふたつ目に心配の言葉をかけてくれる父親にトロアは肩をすくめ、とっくに終わった物として何ともなさげに説明とも言えない、愚痴じみたそれを吐いた。

本当に大したことじゃなさげなそれに安堵の息をつく。

だって面倒くさがりのトロアがわざわざ伝えに来たって異常事態だと誤解しても仕方なかった。


「たださ、たすけてくれたおんなのこ。すぐにむかえの人がきちゃったから、俺ちゃんとおれい言えてないんだよ。父さんしってたりすっかなって。」


首を傾けて無駄に肌を掻く、伏せた瞳が陰って思案に暮れたその表情は確かに困った子供だった。

薄紅が差して企みを孕んでいた口角は残念ながら利発な少年によって隠された。


わりぃ、なんて態とらしい、キッカケを引いたのは紛れもなく自分の癖に。

自分がそう思ってるから嘘じゃないよだなんて言い訳をして、初めて他者への関心を見せた息子のためにとお礼を言いたがった父親はすぐに少女を見つけた。


これでも、トロアは観察眼には自信があった。

“ついで”でしか微笑まなかった彼女が黒色の狼と遠くへ向けた推定保護者?への視線は柔らかく綻んでいた。

当然といえば当然の事象だったけれど、一瞥すらくれなかった彼女にたったひとときでもいいから拒絶を向けられない何かが欲しかった。

トキメキとかドキドキとかではなくてワクワク、3000ピースのパズルを前にした時の達成感を欲しがるみたいな好奇心。


こんなフードマーケットでの出会いなんて一期一会以下、店の子供ならいざ知らずただの参加者の彼女に「またな」なんて社交辞令程度。

引っ掛けた程度の糸は引っ掛けた程度、絡めて結んでしまえ。

どうしてかほんのさっきぶりの再会で少女から拒絶の色が薄れていたけれど、それならいっそ都合がよかった。

野生の猫みたいな目でじっと見つめてくる少年や狼が代わりに引き受けているからかもしれないけれど。


「あー……もしよかったらなんだけどさ、たまに俺もれんらくしていい?父さんについてくことがおおいからさ、おないどしできがるにしゃべれるヤツっていままでいなかったからさ。」


視線が困ったように彷徨ってあと、頷いたテトラに歓喜が湧きあがった。

手に入れたピースはマジックメールの形をしていて、照れくささに隠したご満悦の表情でしたためた文面でそこから更に10年以上糸を絡めるどころか結んでしまうことになるのだけれど、それはまた後の話。

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