No.6−3 RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わったのでお祭りに行きます


「じゃあ父さんは挨拶しに行ってくるからな。」

「おーいってらっしゃ。」

「1時間後にこの広場に集合な。ちゃんと迷子誘拐防止の魔法道具は持ってるな。この中に小遣い入れてるから、好きなもの買うんだぞ。」

「あーここでねてるからべつにいいよ。」

「……お前6歳だよな、パッションどこ行ったの!?」


影になったベンチでぐってりと座る息子に父親は心境を叫んだ。

6歳とは思えない程だらけた姿に、自分の息子ながら突っ込まずにはいれなかったのだ。

やる気のない声で「いってらしー」と意味のない略語で手を振る息子に、若干の心配を抱きながらも時間が迫りその場を後にした。


1人残された少年はそのままの体制でしばらくただぼーっとしていたが、楽しげに何かを食べる他の参加者たちに感化されたのかのったりとした動きで立ち上がった。

6歳とは思えない、どちらかといえば「どっこいしょ」なんて効果音が似合うサマだった。


ポケットの中に突っ込んだ父親からもらった小銭入れを手で弄びながら屋台を見回す。

何度かフードマーケットを訪れたことのある少年にとって屋台の吟味は慣れたものだった。


「っし。すいません、ジュエリーアイスひとつください。」

「はいはぁい。ぷにっと食感しゃくしゃく食感、コーンとカップどれにされますかぁ?」

「あー……こっちのカップで。」

「はいはぁい、少々お待ちくださいまし〜」


コーンよりカップの方が食べやすいよな、なんて理由だった。

カップにむっつほど入ったボール状のジュエリーアイスは、名前の通り光を弾いて宝石のように色とりどりに色を変える。

噛み砕くと、シャクッ!と爽やかな音を立てて甘さが広がる。

硬めの薄い外側と、シャーベット状のシャクシャクした中の食感にわかりにくく顔が綻んだ。

祭りの賑やかさは好ましいがそこに混ざろうとは思えなかった。


嘆いた父親に草臥れながらいったように、やはり時間まで先ほどの広場でゆったりと座っていようといつも通りの結論に落ち着いた少年が、もうひとくちと小串でアイスを刺そうとした時に背中に鈍痛が走った。

反射で「痛っ!?」と出る程度の痛みだったが、それよりもその勢いの方が衝撃的で少年のまだ軽い体は軽く飛ばされた。

倒れまではしなかったが膝をつき、当然のように手に持っていたジュエリーアイスたちは地面に転がったのでもったいなかった。


「あぁ?どこ見て歩いてやがる、ちいせぇ体でうろちょろしやがって…きぃつけろ!」

「はぁ…?」


そっちがぶつかってきたんだろ!と叫びかけた少年の口を差し止めたのは、やっぱり面倒だなんて子供らしくない感情だった。

大人と接する機会が同年代の子供よりも多かった少年は、こういう相手に真っ当に返した方が面倒だということを身をもって知っていた。


「……あー、すいませんデシタ。」


それでもオブラートに包めるほど大人ではない少年がふてぶてしい態度をとってしまうのは仕方ない。

少年の反応が気に食わなかったのか、怒鳴り声を上げた男は更に舌打ちまでした。


「ちっ、さっきの餓鬼といい親はどういう教育をしてるんだか……あ?」


どん、と男の足に小さな影がぶつかった。

スタッフや店の大人ならばともかく、少年よりも小さな少女だったために心のうちで更に面倒なことになったとうだれた。










テトラは思う。

子供というのは突拍子なく我儘で無邪気で無垢で鏡のような不可思議な生物だと。

なので可愛らしいと思うと同時に苦手だと思う感情は、個々の人として当然だとも。

それはそれとして、だからって理不尽に扱っていいわけではない。

そういう話をし始めると、子供に限った話ではないのだけれど。

長々と要するに、何が言いたいのかというと。


『足元でうろちょろすんじゃねぇ、邪魔だ!』


フィーアがちょうどゴミを捨てているところで、サンクがぺちょりとテトラの膝に顎を乗せ目を閉じ、丸まっているせいで大型犬みたいな姿に見えていたのだろう。

フードマーケットにはしゃぐシックスの背中をぶつかったテイで蹴り飛ばした男にテトラが小女らしからぬどすの利いた声で「は?」と呟いたのは仕方なかった。


見知らぬ幼い子供が足元で走り回って蹴りそうで怖いのは当然で、子供だからと言って口喧しくはしゃいではいけない施設もある。

けれどシックスは自惚れずともその男の近くで走り回ったりはしていないし、ここは博物館でも美術館でもない。

テトラの怒りを感じ取ったサンクの三角の耳がピンと立ち、低い唸りを上げたのに怖気ついたのか、ただゴミを捨てにいっていただけのフィーアが目つきの悪い形相で戻ってきたのに気がついたのかは知らないが負け惜しみのように吐き捨てて去っていった。



と、いうのが10分前。






「おじさんごめんね、ぶつかっちゃって。」


男のズボンにはべっとりとテトラが持っていたアイスがついていた。

ぶつかられただけではなく衣服を汚された(しかもアイス)事に男の顔が真っ赤になる、もちろん、怒りで。


「でもね、おじさんもね。みちのちゅうしんでつったってるのがわるいとおもうの。」

「あ?……お嬢ちゃん、人にぶつかった挙句アイスつけた分際で随分言うなぁ?誠心誠意謝るってこともできねぇとは親にどういう教育されてるんだか。」

「わざとぶつかったこにどせいあびせるおじさんはそういうきょういくをうけたの?だいじょうぶだよ、おじさんにとってもにあってるよあいすがついたずぼん。」


再度告げる、現状テトラの優しさはシックスにだけにしか注がれていない。

思っても見なかったテトラの反応に、どうするかと思考を巡らせていた少年はぽかんと口を開けてちょっと間抜けな顔になってしまったのは仕方なかった。


そもそもテトラは、分類するならば美少女に属する。

グレージュ色の髪、はちみつのような瞳、吊り上がった眦は少しキツい印象を与えがちだが取り繕った微笑みによってミステリアスな雰囲気を醸し出す。

それに反して幼い顔立ちと不健康じみた体格、拙いがはっきりとした喋り方がギャップを産む。


思っても見なかった反応に動揺しているのは男も同じだった。

生意気な子供よりも正論を突きつけてくる子供の方が時に怖気付くものだ。

少年を軽いサンドバック的扱いするだけして終わる予定だったのだろうが、予想外に現れたテトラのせいで周囲の注目が集まってきて男の顔色が悪くなる。


「あとね、そのこがおじさんにぶつかったんならおんなじようにあいすがつくはずなんだけど。せなかからぶつかってとりおとさないとこんなふうにおちたりはしないんだよ?」


態とらしい子供っぽい仕草であれれ?なんて首を傾げる。


「ねぇおじさん、こどもをけりとばしてどなるのってそんなにたのしいの?おしえてよ。だってわたし、おじさんのいうとおりきょういくがないから。」


周囲のざわめきがひどくなった。

この状況で男を擁護するものは何もない。

酒でも入っていればもっと無敵状態を保てたかもしれないが、サンクの唸りとフィーアの眼光に怖気づける程度には男は素面だ。


「ちょっとすいませんね、こちら、きていただけます?フードマーケットのルールはご存知ですよね?」


貼り付けた笑顔のスタッフにあっけなく男は腕を引き摺られていった。


「…シックスじゃなくてわたしにすればよかったのに。そうしたら、サンクにほえられておわったのにね。」


自業自得に恨みがましい顔でテトラを睨む男には決して届かない、いっそ憐れんだ本音を呟いた。


狙ったとはいえアイスを無駄にしてしまった事に、今更ながらショックを受けた。

食べ物を無駄にしてはいけない文化の“わたし”にとっても、フードマーケットを楽しみにしていたテトラにとっても、あんな男のズボンにアイスを食べさせるとはもったいない。


「あー、アンタ。ありがとう、かっこよかった。」

「ん?」


へらりとした少し胡散な笑い方をした少年は肩ほどまで伸びた黒髪で顔がちらちらと隠れていた。


「たすかったよ、俺はめんどうでひよったからさ。」


少年の言葉に、むぐ、とテトラが下唇を噛み豆鉄砲をくらった鳩みたいな顔をした。

正直に少年のことを助けようとして介入したわけではないので、その御礼を受け取るのは何だか違う気がしたのだ。


何度か瞬きをしたテトラはにぃ、と口元を歪めて今度は珍しく子供らしい悪戯っ子じみた顔で笑った。


「ふは、べつにきにしないでいーよ。……あのおじさんのさいごのかおみた?ざまーみろってかんじでちょっとすっきりしたよね。」


可愛くてお嬢様みたいな女の子が、口元抑えて悪い顔でくすくす笑うその仕草は清廉で正義感の強そうな感じともかけ離れていて。

なによりも。


「…っぷ、たしかに。あれは笑えた。」


めちゃくちゃ楽しくて面白かったのだと、少年もまた、少し意地の悪い顔で笑った。

隣り合って思い出し笑いをする2人の間に割り込んだのは、黒いもふっとした質感。


【ギャウ】

「サンク。ごめんねおまたせ、かえろっか。」


よく見るとサンクがやってきた更に向こうにシックスが大きく手を振っていた。

少年はというと突然現れた大型の狼にぎょっと目を丸くさせ、体を硬直させていた。


「それじゃあ、またあえたらおはなしでもしようね。」


半ば社交辞令のそれを告げてひらりと手を振ると、少年もまた同じように手を振った。


ゆれた髪の隙間から見えた瑠璃の瞳、ツンと尖った目の形に垂れた細い眉。

知っている“彼”とは顔立ちは幼いし、髪型も違っているが“わたし”は彼を知っている。


「おれ、トロア。トロア・ディトフィッグ。またあえたら、なまえよんでくれよ。じゃーな。」



その名前を“わたし”は知っている。

魔法学校編で登場する“天才児”、最後まで主人公の良き友でありつづけた仲間キャラクター。


人混みに紛れてしまったトロアに、テトラは何も返事できず「ぇ?」などと腑抜けた声を出した。



RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わったのでお祭りに行きま“したがまだ会う予定じゃなかったキャラクターに出会いました”

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る