No.6-2 RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わったのでお祭りに行きます
“ロマの街”
王国東部に位置する場所に存在する小さな街
2つの国境近くであり、かつてより複数の行商たちの通り街となっている
行商たちが街で郷土品やアイテムを交換しあっていたことがフードマーケットの始まりとされている
「光を弾く色鮮やかなジュエリーアイスが氷の国より初出店!凍土の湖で研磨された姿は正しく宝石、今を逃せば吹雪を掻き分けなきゃ食べれない!」
「疲れた時には甘いものがいっちばん、ん?甘いの苦手?だったらちょっぴりスパイシーなジンジャーココア…え?暑い?アイスもあるよ!」
「はいよォお待ち!ニンニクマシマシカタメンアブラサッパリ具材たっぷりらぁめん一杯!」
「ぎゃー!逃げた逃げたリンゴが逃げたー!そこのラビットアップル誰か捕まえてー!痛むー!」
街を彩る賑やかな喧騒、煉瓦造りの橙色のこじんまりとした家屋が並ぶ街はペナントやリース、魔法道具による装飾によって彩られているのが街の入り口でもよぅくと見えた。
広い街道に構えられた屋台には創作の中でしか見たことのない食べ物が揃えられていて、玩具箱の中に迷い込んだ心地だった。
「は、はわ、はわわ…」
「シックス?」
「す、っごい!すっごいね、ねぇちゃん!」
きょろきょろとあちこちに視線を動かしては何度もテトラの方を向いて「ねっ!」と同意を求める。
ふくふくとした頬は林檎を彷彿とさせ、はちみつ色が光を弾いて喜色に染まる。
散歩が待ち遠しいサンクにちょっと、にてた。
「おや、もしや君たちはフードマーケット初参加かな?」
「っひょ。」
おかしな鳴き声をあげたかと思えば、さっとテトラの手を引く。
街の入り口で立っていた青年の腕には目立つ黄色の腕章が付けられていた。
狭い小屋だけが世界だったシックスは、街の人間以外と関わったことがないためかにこやかに話しかけてきた青年に驚いたのか目をパチクリとさせていた。
「おっとと、驚かせちゃったかな。ごめんね。僕はこのフードマーケットのスタッフのひとりなんだ。えーと、3人様と……サンダーウルフとは珍しい子と一緒ですね。大変申し訳ないですが紋章の確認だけさせていただいても?」
「あぁ。」
やっぱりフィーアの事は嘗めている節があるのかぷいっと顔を背けられる。
テトラが名前を呼べば紋章が刻まれた横腹を見せるので、フィーアの額に青筋が浮き出た。
サンクの中のピラミッドはテトラ〉サンク〉=シックス〉〉〉フィーア〉〉〉それ以外となっている。
紋章の色が青い色で淡く光っているのを確認したスタッフの青年がハンドサインでOKのポーズを作って頷いた。
「はい、ありがとうございました。では、フードマーケットの簡単な説明だけさせていただきますね。」
少し身振りが大袈裟なのはスタッフ特有なのだろう。
「フードマーケットは各地の郷土品や珍しい食べ物なんかが集まる食べ物の祭典!元々ロマの街は行商人たちの交易の街と呼ばれ、各地から選りすぐった食材を街で交友を深めた行商たちが物々交換したことがこのフードマーケットの始まりとされており……あぁこんな古めかしいことなんて眠たくなっちゃいますねやめましょやめましょ!要するにですね、このフードマーケットは様々な種類の“美味しい”をつまみ食いみたいな贅沢的に食べ放題出来ちゃいます!」
話の入りはフードマーケットに初参加するプレイヤーへの説明口調としてのナレーションに似ていたが、相手がシックスとテトラだったからだろう。
話の進みを切り替えて、遊園地のアトラクションスタッフに似た喋り口調で話し始めた。
ぶわりと、青年の体に光の膜が揺らめく。
青年が指先で何もない空間をなぞってふぅ、と息を吐けば半透明の映像が浮かび上がった。
「本日の目玉商品はこちら!」
幅広い器に並々と注がれた黄金色のスープ、細長い麺を覆い溢れんばかりに盛られた野菜、少しだけジャンキーで香ばしい湯気がたちこめて涎が口の中に溜まる。
かと思えば光を弾いて色を変えるクリスタルみたいな氷があちこちに降り注ぐ。
スパイシーで甘いとろりとしたチョコレート色の飲み物、飛び跳ねるウサギの形をしたリンゴ、口の中で弾けるおにぎり…
触ることもできない幻の映像だというのに、視覚効果と街から漂う香に更に空腹を煽られる。
「フードマーケットのルールはとってもシンプル。ひとつ、他の参加者様やスタッフへの迷惑行為はだめ。ふたつ、売れ切れちゃっても許してください。みっつ、そしてこれが1番大事!フードマーケットに参加したからにはいーっぱい“おいしい”を見つけてくださいね!それでは、楽しんでいってらっしゃーい!」
精一杯に期待を膨らませたシックスはあちこちに目移りしてしまって、テトラと手を繋いでいなければ釣られて人混みに紛れてしまいそうだった。
「2人とも、これがフードマーケットのパンフレットだそうだ。」
そばにいたスタッフが配っていた、フードマーケットのマップが手書き風で描かれたパンフレットをフィーアが差し出す。
今のシックスにとって、宝の地図だ。
「シックス、どこからいきたい?」
「ど、どこっ?」
テトラの問いかけに、マップをシワがつくほどぎゅっと握って目を回す。
気になるところが多すぎてどこと目星をつけれないのだ。
しかしすぐに、はっと何かに気が付き肩を落とす。
「おかね……ない…」
フードマーケットはあくまで参加が無料というだけ。
屋台価格として手頃な値段設定を設けられているが、その日暮らしの子供にとっては大きな出費に間違いない。
じとりとした視線が突き刺さった。
そもそも薬すら買えなくなるほど2人の生活にお金が足りていなかったのは生活費が掠め取られていたからだ。
この件に関しては、フィーアは実行犯ではないが知っていたのは事実だ。
「こ、こほん。シックス、お金のことは気にしなくていい。」
「なんで?おかねのことはちゃんとしないといけないんだよ。」
「しっかりしてる…!」
この辺りは、テトラの教育の賜物だ。
フィーアが子供の時などそんなこと考えたこともなかったのに、立派だ、と考えてすぐに自分達のせいでそうせざるを得なかったのだと自己嫌悪に陥った。
「……あのね、シックス。もともとわたしたちのおかあさんがのこしてくれたおかねをね、まちがえてすくなくわたしちゃったんだつて。だから、シックスがおねつだしてもくすりをすぐにかえるの。それにきょうは“とくべつ”なひだからいーっぱいおいしいたべていいんだよ!」
使えないフィーアに代わってテトラがシックスに柔らかな言葉で大分ぼかした説明をする。
テトラが「いい」と言ったことをシックスは疑わない。
途端に表情がまた、きらきらとした喜びを取り戻す。
「サンクもたべたいのがあったらおしえてね。」
【ギャワンッ】
ぶんぶんと勢いよくサンクの尻尾が揺れる。
ぺろりと鼻を舐めるサンクもまた、辺りに漂う“美味しい”香りに食欲を刺激されていた。
「おにいさん。…もうきにしてないから、ほら。いっしょにいこう?」
「ありがとう…」
しょぼんと肩を下げ、結局テトラに甘えるフィーアの姿を見るものなので小屋組のカーストトップはテトラが君臨し続けるのだ。
「じゃあ、ぐるーってまわろ。シックスも、サンクも、たべたいなーっておもったのがあったらおしえてね。」
「はーい!」
【ギャワッ!】
ぴしっと手を上げててちてちと歩き始める姿は微笑ましい以外何者でもなかった。
初めての祭りにシックスのテンションは上がりっぱなしだった。
賑やかであちこちから聞こえる人々の楽しげな声にお腹の底からぽかぽかした感情で口元が緩むのだ。
ふとシックスの視点が一点に止まる。
その屋台は大盛況で、溢れそうなほど盛られたそれをこぼさないように受け取った参加者たちがほっぺたが落ちそうな表情で麺を啜っていた。
「あれがたべたいの?」
「はっ。……た、たべたいっ。」
なんでバレたの!?みたいな顔も分かり易すぎる。
手を繋いで列に並ぶと途端にジャンキーで香ばしい香りが鼻口を擽る。
(“わたし”はお店でラーメン食べるほど好きだったわけじゃないけど、美味しそうなにおい。お腹空いてきたぁ。)
“らぁめん”と名付けられたアイテムはゲームでもあって主人公の回復アイテムとして使用したこともあった。
それでも、この世界では初めて食べるもので“わたし”の世界に似た食事にテトラも感情もうわずった。
楽しみだね、なんて話していれば列なんてすぐに前に進んだ。
「おっ、かわいいお客さまがきたぞ〜。ごちゅーもんは?」
「えっと、この、ぐざいたっぷりらぁめんをみっつと。まほうどうぶつでもたべれるものってありますか。」
「それだったら魔法動物の食事用に薄味にしたらぁめんがあるよ。」
「じゃあ、それもひとつおねがいしますっ。」
ぴょこりと顔を覗かせて辿々しく注文するテトラに店員の声が柔らかくなる。
フィーアがお金を払っている間に慌ただしい厨房から、“わたし”の世界みたいに「たっぷりらぁめん三丁、薄味らぁめん一丁ー!」と叫び声が聞こえた。
「たのしみだね、ねぇちゃんっ」
「ね。サンクもいっしょにたべれるからうれしいね。」
流石屋台飯といえばいいのか、注文したらぁめんはすぐに用意された。
「あついからきをつけてね。もしよかったらね、この先すぐのところで座れる場所があるからね。」
わざわざ膝をおって同じ目線で渡してくれた上に、言葉をゆっくり区切って教えてくれた店員はとても優しかった。
「ありがとう」と受け取ったテトラに「お礼が言えるなんて、いい子だね」と褒めてくれるものだから視線が俯いた。
サンクの分はフィーアが持ってくれた。
店員さんの案内に従って先に進めば広場のような場所には沢山ベンチやテーブルが置かれていて、ビアガーデンとか食べ物フェスとか、そういう場所に似ていた。
幸運にも空いていたテーブルセットに腰掛け、サンク用に広めの口のカップに入れられた薄味のらぁめんを置く。
「たべていーよ、サンク。」
【ギャウッ!】
頭を撫でて「よし」の合図をすれば尻尾を振って食べ始める。
魔法動物は“わたし”の世界の動物より人間に近しいものを食べることができるが、やっぱり濃すぎるものとかは厳禁なのでそれ用にと薄味のものが用意されていて助かった。
「おててさきにふきふきしようね。…よし、おっけー!シックスもきをつけてたべるんだよ。」
「お茶は持ってきてるのがあるから、これを飲むといい。」
「あついからふーふーするんだよ。」
「はぁいっ!いただきまぁすっ」
会話が双子の子供と保護者の関係性のそれよりも末っ子と保護者みたいなそれになってしまうのは“わたし”のせいだ。
うずうずしていたシックスは子供用に渡された小さなフォークで麺を引っ掛けて小さな口でふぅ、ふぅ、と息を吹きかける。
「あむっ、はふ、はふ………んまい!」
もう我慢できないと言わんばかりに口いっぱいにらぁめんを入れたシックスが、やはりまだ冷めていなかったのか口から必死に息をはく。
はふはふと口を押さえて中で冷やしながら咀嚼するシックスはごくりと飲み込んだ途端食レポ芸人みたいなリアクションをした。
がっつくように必死に次を頬張るほっぺたが小動物みたいに動く。
シックスが食べれることを確認したフィーアもようやくらぁめんを啜ると口内に広がった出汁の濃厚さと、それをくどくさせないさっぱりとした麺に目を瞬かせる。
たっぷりと盛られた具材も出汁が染み込んでいるのにしゃきしゃきとした食感はそのままで、柔らかいだけじゃない歯応えは満足感が高い。
「ん、美味っ。流石バードブレイン…」
テトラもそろそろ我慢できなくて小さな手でカップを持つ。
いただきますと小さくつぶやいてフォークに麺を引っ掛ける(子供用なのは仕方ない、テトラの体は子供なので)
鼻腔を擽る“わたし”にとって懐かしい少しジャンキーなのにあっさりした醤油ベースの出汁の香り、食欲をそそるつやりとした透明感のスープが絡んだ麺。
(おいしそうだなぁ。)
優しさが、少し、おにいさんに似ていたなんて思ってしまったのが悪かったのだ。
はくり、と。
唇が戦慄いた。
「ねぇちゃん、あのね。ひとくちちょーだい。」
「へっ?」
「うえにあったおやさいぜんぶたべちゃったぁ。」
溢れそうなほどに盛られていた具材をあっという間に食べてしまったらしいシックスのカップにはスープと麺しか残っていなかった。
えへへ、と照れた仕草で眉を便りなさげに下げるシックスにテトラは促されるまま頷いた。
「ありがとっ!」
差し出されたカップからフォークを引っ掛けたのは具材だけではなく、麺も絡んでしまったがぱくりとシックスは大きな口を開けていっぱいに頬張った。
ハムスターみたいにもきゅもきゅと頬を動かして、ごくりと飲み込んだシックスはこの世全ての幸せです!っていう顔で「おいしい!」と笑った。
「…おいし、かった?」
「とっても!ねぇちゃんもはやくたべて、たべて。」
「………うん。ありがとう、しっくす。」
はちみつ色の瞳にうっすらと涙の膜が張ったのを誤魔化すように、少し冷めてしまったらぁめんを啜った。
口に広がる芳醇でさっぱりとした香ばしさにテトラの目尻が下がった。
「おいしいね。」
「ねっ」
甘くも苦くもないらぁめんはとても、美味しかった。
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