No.3 RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わりましたが予想外のイベントが発生しました




_____父親が愛人を作ったことは知っていた。

母親がそれに対抗して外で男を作ったことも知っていた。

父親が愛人に子供を産ませたことも知っていた。

愛人が子供を置いて別の男の元へ行ったことも知っていた。

父親も母親もその子供を放置していたことも、知っていた。

使用人たちが子供をこっそりと育てていたことも、知っていた。


女の子だった。

ほんの出来心だった。


かわいい、女の子だった。

差し出した指を握りしめられて、もう、だめだった。


その日俺には妹ができた。

可愛い、かわいい、妹だった。






妹は厄災が起こした土砂で死んだ。








「シックス、そろそろたべものがすくないから、またもりにいこっか。」

「うん!」


シックスが小さな体を精一杯伸ばして右手を上げる。


あの日以来街には行かないようにした。

例のパン屋のお兄さんは今も街にいるはずだ、と思うと足が止まった。

根拠なら“わたし”が知っている。


テトラが行方不明になってなお街にいたあの男がいなくなるとは思えない。


様子を見に来てはいないのか、来ていてもフィーアが止めているのか、実情は定かではない。

そもそも事件をしくんだその理由すら、“わたし”は知っている。

それでもわたしは血を吐いて、死にかけた。

あの人はシックスを無計画に殺そうとした。


テトラとシックスの生存のそれらを認知しているのかなんてどうでもいい。




結局のところテトラは街の人間を信用していない。




麦わら帽子に、草で被れないように長袖のカーディガンと手袋、リュックサックにとったものを入れる用のカゴで“特別冒険スタイル”の完成。

リュックサックの中にはハンカチと小さい薬草図鑑と包んだサンドイッチ、冷たいお茶を入れた魔法瓶(“わたし”の世界にある魔法瓶と構造は違うが同じようなもの)、ポケットナイフ。

テトラも同じ格好で、強いて言うならリュックサックの中に入っている図鑑が山菜と木の実の種類ということくらいだろうか。


テトラとシックスは、やはり双子なだけあってよく似ている。

母親に似たグレージュ色の癖っ毛、父親に似たはちみつ色の瞳、おんなじ髪型と格好でもすればきっと、どっちがどっちのクイズが出せちゃうほどに。

ただテトラはキツそうな印象を与えがちな吊り目で、シックスは丸い目が映える垂れ目であるのだけれど。


「いーい、いつもとおんなじで、ないふをつかうときはきをつけるんだよ。あつくてくらくらしちゃったらかならずおねえちゃんにいうこと!」

「うん!しらないたべものはねえちゃんにきいてからさわることと、どうぶつさんにはきおつける!」

「よーし、いくぞー!」

「おー!」


拳を突き上げ、仲良く手を繋いで森へと入っていくその後ろ姿を影の中の青年はじっと見つめていた。







シックスとテトラが小屋を構える“ブルーローズの森”は数十種類と植物が生い茂る、恵みの森だ。

高頻度で街に降りることのできない2人にとっては大切な食べ物を恵んでもらえるうえに凶暴な動物たちもいないので、子供だけで散策するのにうってつけだった。

念のため迷わないようにとリボンを木々に時々結んでは、進んでいく。


シックスは封印の影響で体調をよく崩すが、その癖に力は強かったし。足の速さだって、テトラより断然早い。

そういえばゲームのスタート時点で他キャラクターよりパラメータが低いとはいえそこらの一般人NPCよりかはよっぽど強くはあったなぁ、なんて。


「ねぇちゃんみて!はなびぐさとか、ぐれいりーふとか、あと、あおいどりあもあった!」

「かごいっぱい!はなびぐさがあふれちゃってるから、わたしのかごにいれよっか。いっぱいだよ!すごい、すごいよ、シックス。あれ?…ふは、ほほにどろついちゃってるよ、もう。」


きゃらきゃらとはしゃぐシックスに、テトラの顔が綻んだ。


シックスは6才にしては少し幼児然としている、と“わたし”は思う。

当然か、と納得もする。

だって、本来なら見本となる大人がどこにもいないから。

幼児が幼児の面倒を見ているって、おかしな話だ(しかも、結局は双子なんだから)。

幸いだったのはシックスは子供特有の我儘を言ったりはしなかったことかもしれない。

否、シックスも分かっていただけだろう。

片割れを“ねぇちゃん”と呼びながらもそれはただの呼び名で、無条件に強い大人ではないってことを。


少し照れくさそうに体を揺らしてお腹を抑えたシックスが上目遣いでテトラの顔を覗き込んだ。


「ねぇちゃん、おなかすいちゃった…」

「あは、じゃあごはんにしよっ、か……?」


背負っていたリュックサックを下ろして持ってきたサンドイッチを取り出そうとしたその時だった。

ガサガサと茂みが揺れる先に、唸り声。

きょろりと視線を動かして、シックスを後ろ手に庇う。


ブルーローズの森は、数十種類と植物が生い茂る恵みの森だ。

山菜や薬草、木の実が豊富に実る森はゲームにおける“主人公が住んでいた森”という設定上もあってか非常に低いレベル設定と低確率の出現設定を設けられている。


ハズ、だった。



低い唸り声、小柄な2人よりも一回り以上おおきな体躯、ささくれだった黒い毛並み、立ち上がった2つの三角形の耳、腕ほどある獰猛な牙、そして何よりも目をひいたのが雷のような傷跡。


「さんだー、うるふ………うそ、なんで。い、いままでこんなの。」


“サンダーウルフ”

フィールド“雷灯台の麓“”蒼炎の火山“”惑いの森“にて出現する魔法動物。

レベルは高く、弱い個体でも55。

金属性、攻撃力が高い上に麻痺効果のある魔法スキルをつかう

非常に獰猛な性格のために狼型にしては珍しく群れを作らない。

視覚が発達していない代わりに聴覚が優れており、音に敏感。

狼型特有の嗅覚の鋭さも持っているためステルスが難しく非常に厄介。

雷のような傷跡はサンダーウルフが産声とともに発生させる雷によってできたもの。

傷跡が大きればそれほど強力な個体である。

ウィンディーネの水薬の成分苦手としており、酩酊状態になり気を失う。


(今までどころか、ゲームでも出てきたことなかった!この森は低レアの薬草や木の実素材アイテムくらいしかドロップしない、高レベルの魔法動物エネミーの出現なんて、廃人調査廚すら書き込んでなかった!紛れもない初心者の採集用の場所だったはずなのに!)


【グォオオォォォッ!】


明確な敵意が、そこにはあった。

咄嗟に掴んだのはシックスが採った“アオイドリア”の果実、一心不乱だった。

べちゃりと嫌な音をたててサンダーウルフの鼻に当てることができたのはビギナーズラックともいえる、幸運だった。


“アオイドリア”

棘のような形をした皮を持つ果物。

果実部分が非常に柔らかいため地面に落としただけで潰れてしまう。

アオが名前に含まれるがアオイ種というだけで、誤解されやすいが皮の部分の色は赤、果実の部分の色はクリーム色。

その最大の特徴は果実部分が硫黄に似た非常に強い匂いを放つことである。

(火を通すと何故か甘い匂いに変化し、またその味は一部ではフルーツの王様と呼ばれるほどさっぱりとした甘さが美味しい。)


“わたし”は何度も倒した相手だ、だから、対抗策のひとつやふたつは分かる。

それでも私は結局弱っちい6歳児なわけで、持ってるナイフだって薬草を取るためだけのもの。


「シックスっ!」

「う、うんっ!」


アオイドリアの強烈な匂いに錯乱しながらもサンダーウルフが怒りの咆哮をあげる。

とり落としたリュックサックもそのままに手を繋いで、必死に駆け出す。

手放す時間すら惜しかった手に引っ掛けただけのカゴからばらばらと、2人が頑張って採ったものたちが散らばっていく。


(なんで、なんでっ、こんなところにいるのよ!ブルーローズの森は紛れもない初心者練習向けのフィールド安全地帯だったはずなのに!主人公の回想でもこんなシーンなかった!)


もしも“わたし”の記憶との相違点があるのであればそれは、今逃げ惑う私の存在だ。


(私がいることと、サンダーウルフが、なにが関係があるのよっ……!)


咆哮に逃げ惑うのは何もシックスとテトラだけではない。

本来この森に生息する魔法動物たちも、そうだ。

木の葉から慌てて飛び出したトカゲがシックスの顔に張り付く。


「…!ねぇちゃっ、ひとかげっ!」

「えっ!?」


シックスに握られ必死に体を揺すってマッチ程の炎を吐くトカゲ。

こんな時に何を、と思って思い出す。

もう殆ど落ちてしまったカゴの中でちらちらと花弁を揺らす草があった。


“花火草”

夏の間だけ芽を出す植物、春秋冬の間は地中で眠っている。

茎に不規則にはえた羽型の葉と綿毛に似た形の花びらが特徴。

綺麗な水が流れる川岸に生息する。

花びらが火に包まれると大きな音を立てて弾け、火の粉を飛ばす。

すり潰して煎じると耐火用の薬に、丸薬にすると低威力の爆薬になる。


「っごめん!」


謝りながらシックスがぎゅっと火蜥蜴ひとかげを握りしめると、抗議の鳴き声と共に火を吐いた。

火はテトラが走りながら必死に石に括り付けた花火草にちりと移り、弾け飛ぶより前に勢いよく反対方向へと投げた。


【ゴォォォォオオォォォ!!】


「ひっ、」


既に、サンダーウルフは2人に距離を詰めていた。

真後ろから響いた咆哮と襲い掛かった鋭い牙の衝撃に足を引っ掛け、木々の破片と粉塵と共に小柄なふたつの体が吹き飛んだ。


バチチチチバチンバチンバチ、バチチチッチチチチ!!!


そのまま爪を振り下ろされるよりも前に投げた花火草が大きな音を立てて弾けたために、サンダーウルフは2人を見失い音の方へと視線を向ける。

カゴいっぱいにあった花火草全部使ったおかげか、音は随分と大きく、長く鳴り響いていた。


千切れて倒れた大木の影に隠れ、音に紛れて荒い息を吐く。


(サンダーウルフ…本来ならいないはずの場所にいる、高レベルの魔法動物………こんな話、確か、あった…………“はぐれの動物たち”…盗賊団……私たちの監視がフィーア1人だけになった、理由……は…)


昨今王国で問題になった、盗賊団で他の護衛たちが国へと戻されたから。


封印が安定していたことと、フィーアの階級が上がったことも確か理由に挙げられていたが1番はそれだった。

まだ厄災の傷が癒えない中に厄介な盗賊団が現れたことで人手が足りなくなって、戻された。


高レベルの魔法動物をテイムし、街や村が近くにあり低レベルの魔法動物たちが住む場所田舎でテイム契約を勝手に破棄し、放置する違法行為。

“わたし”の世界で言うところの動物の違法投棄、生態系破壊、混乱して山を降りたことによる人的被害…


元よりそんな風に放すような関係性、テイムによる傷も碌に治さず、愛情もなく。

煽るだけ煽られた不審や憎悪、本来の生息地でない場所に対する多大なストレスと混乱。

当然に暴れた魔法動物たちは自分をこんな目に合わせたことへの怒りから、山を荒らし、森を荒らし、近くにあった人間の街を襲う。


(いまの、サンダーウルフといっしょ…もしもあのサンダーウルフが街に行ったら、きっと、どうしようもできない…)


低レベルの魔法動物たちの生息地の近くということは、腕の立つ冒険者や騎士なんかが偶然いない限り街の人間たちは対抗できない。

実戦経験もレベルも武器も何もかも足りないからだ。

そして襲われ疲弊したところで、介入し、人間たちの街から金品などを窃盗していく盗賊団。


(………ゲームでは、テトラは昨日にとっくに、グリムノワールに連れ去れる。こんな“始まりの街”でグリムノワールなんてものが現れて、しかもテトラだけをあえて連れて行ったのは……私が呼び声をだして、呼び寄せた妖精が強力で…それに…釣られて、私を見つけたから………その時にもしも、もしも盗賊団が近くにいて……邪魔とか、そういう理由で…グリムノワールの手で殺されてたとしたら…ゲームで盗賊団がこの街に現れてなかったことと、辻褄が、あうんじゃ…)


ゲームで発生するエピソードイベント“はぐれの動物たち”で、盗賊団は登場する。

盗賊団は今より更に10年後、物語開始時点では非常に大きな組織に成り果てていてストーリーの流れで主人公が倒す事になる。


けれど一度だって、物語中シックスの街が襲われたことなんて語られなかった。


フィーアがもし仮に倒していたとしても盗賊団自体は、騎士なのだから知っていたはすだ。

事実そのために他の騎士たちが国に戻ったのだから。

そうすれば幾らシックスの問題があっても必ず王国に報告するだろう。


そんな盗賊団が現れた街に厄災が封印された子供をそのままにしておくとは、思えない。


(私は呼び声をあげなかった、妖精を呼ばなかった、私を連れていく“彼”は現れなかった…だから、盗賊団は、死なず計画を実行した…!)


盗賊団のイベントなんて、ゲームが始まってから起こる事だったから油断していた。

物語における重要なフラグを折っている今、何がきっかけになるかなんてわからない。

もうとっくに“わたし”の知る物語の過去じゃなくなっていること、わかってた、わかってたはずなのに!


ぴりぴりと走る足の痛みと握り締められた手のひらにはっと意識が思考の海から浮上した。

小さな手は震えていた、けれど、泣き虫のはずの弟は必死に涙を堪えていた。

その姿に、冷静を取り戻す。


(……花火草の音が小さくなってる、もうじき、消える。……手持ちのものはアオイドリアひとつだけ。……左足は…傷自体はそんなに深くはない………足手まといになる。)


吹き飛ばされる直前に振り下ろされた牙が掠っただけで左足のふくらはぎには深い傷がつけられた。

きっと、たった一噛みでおしまいだ。


(……あのひとフィーアは、シックスをきっとなんだかんだといって助けざるを得ない。どんな風に思っていようと、もしもシックスが死んだら厄災が解放されたら恐ろしいのは、わかっているはずだもの。………こんなになっても出てこないってことは、私、ミスったのかなぁ。…まぁ、あんな下手くそで利用する気満々の子供の演技なんて、わかるかぁ……)


もっと早く“わたし”を思い出していれば、もっと上手く関係性を築けたかもしれないけれど。

たった一日、ほんの二、三言交わしただけ。

しかも態とらしくトラウマを抉って、治っていない傷を突いた。


「シックス…あのね。」

「ねぇちゃん…?」


それでも、シックス。

私の1番大切な愛しい片割れ。

あなただけは守るからね。


どんなに、これが残酷だったとしても。















______妹がいた。


片方の血しか同じではない、いわゆる妾の子になる、義理の妹がいた。

それでも何より愛していた。


厄災の日、崩壊した王国都市で俺がしたのは何よりも妹を探す事だった。

騎士の俺は都市の民間人の避難の任にあたっていたから、都合が良かった。

見つけた妹は幸いなことにどこも欠けていなそうで、よかったと眉を下げれば心配しすぎだと笑っていた。

わぁわぁと泣きじゃくる、子供がいた。

子供はひどく血まみれで……妹は、自分は大丈夫だからその子を連れて行ってあげて、と。


『大丈夫だってば、私だってもうお姉さんだよ!』

『いや、でもなぁ…』

『お兄ちゃんは騎士のお仕事をして?私のお兄ちゃんがこんなにもかっこいいんだぞー、ってところ、その子に見せてあげてよ!』


俺は結局妹の言葉に押され、あの子をそこに置いていった。


避難場に子供を連れて行って、聞かされた。

つい先ほど、妹がいた区画が厄災によって崩れた土砂で埋まったことを。


泣き叫ぶ声。

悲鳴。

怒号。


あり得ないはずの方向に曲がった体。

息を失った、愛しい、何よりも守りたかったはずの宝物。





____あの日、妹を一緒に連れて行ったなら。





全部、あの厄災のせいだ。

なのになんで厄災のくせに、化け物のくせに、真っ当な人間の形をしてるんだよ。



『まちのおとながはなしてた。でも……ねぇ、うまれてくるってそんなにわるいことだったの。ねぇ、……おにい、ちゃん。』


『私、お兄ちゃんの妹でよかった?』



重なってしまう。

妾の子と憐れまれた俺の妹、厄災の姉と疎まれた小さな少女の、泣き顔が。




多分、そんな風に気を抜いていたのが悪かった。

気がつかれていた以上いつものように森にいく子供の跡をぴったりと着いていくのも、と小屋の影で待っていたのが悪かった。


ブルーローズの森はこの国随一と言ってもいいくらい、平和な森で。

平和ボケしていたのだ、小さな子供を無視して金を貰っていた、騎士など誇れもしない俺は、とっくに妹が憧れてくれていた騎士になんてなれていなかった。


森から響いた、聞こえるはずのない唸り声に、必死に足を動かした。


物音を立てないように影を渡って、見つけたのは本来ならばこんな所にいるはずのないサンダーウルフだった。

ここ最近、数件の平和な街に起こった悲劇。

フィーア以外の護衛の任についていた騎士たちが国へと戻ることになった理由の、新手の盗賊団。


(俺は、馬鹿か…!なんで今日に限ってあの子たちについていかなかったんだよ!!)


バチバチと火の粉を立てながら大きな音を上げて弾けているのは花火草だろう。

サンダーウルフは視覚が発達していない代わりに聴覚が優れているから、音に釣られて苛立ったように爪を振り回す。


その、サンダーウルフの死角になる位置で(といっても、視覚が疎い相手にはあまり意味がないかもしれないけれど)隠れる小さな影。


(くそっ…!最悪だ、庇いながら、あれを倒せるか…?いや……なにいってんだ、このままじゃやくさいの、うつわが…)


『アレじゃない!わたしの、たいせつなおとうとよ!シックスっておとうさんとおかあさんがつけてくれた、なまえがあるの!』


鎮まりつつある花火草の音に紛れて内緒話のようにひそりと、テトラが口を開く。

小さな声だが、何を言っているかは、わかった。


「シックス、このままひとりでもおうちまでかえれるよね。」

「え……!?な、なにいって…」


つい、声を大きくさせかけたシックスの口にテトラが手のひらを抑える。


「いえに、うぃんでーねのみずぐすりがある。あおいろのらべるのびん。あれなら、あのおおかみはちかよれないはずだからおうちのまわりにまいて、すぐになかにかくれるのよ。」

「ね、ねぇちゃんもいっしょに、だよね?」

「ふたりでいったらおいつかれちゃうからばらばらにいくの。シックスのほうがあしがはやいでしょ?まだやくそうもあるから、これでじかんをかせぐからだいじょうぶだよ。」

「………ほんと、に。」

「わたしはおねえちゃんだよ?だいじょうぶ!」


たとえ腐っていても、騎士であるフィーアにはテトラの左足の様子がおかしいことが遠目で見てもわかった。


(あんな小さな体で…牙が掠っただけで、大怪我だ……)


足手まといになるとわかっているから、嘘を吐いた。





_____あり得ない形に曲がった体、けれど、妹の右足は土砂に埋まるよりも前に傷ついていた。

傷の形状が、それだけ違っていたから。


妹は嘘をついた。

自分が足手まといにならないように、と。

大丈夫だと、嘘をついたのだ。


俺はそれに気づかず、妹を置き去りにした。




「……やだっ」

「え?」

「ねぇちゃんもいっしょにかえるっ!」

「なにいって…」

「やくそうなんてほとんどおちてたっ、ねぇちゃんといっしょじゃなきゃ、おれはやだ……!……おれはべつに、だいじょぶじゃないもん。かえれないっ。」

「ど……どうしていま、わがままいうのっ!おねがい、いうことをきいて…!」


「ねぇちゃんのいまのかおっ、ちをはいちゃったあのひと、おんなじかおだもん!あのときだって、ねぇちゃん、だいじょうぶじゃなかった…!ひとりじゃ、おれはだいじょうぶじゃない!」


_____俺は騎士になりたかった、訳じゃない。

妹の憧れの兄でいたかった。

あの子しか、本当はいらなかった。

あの子を認めない両親を黙らせるためになった騎士だった。


妹の憧れの兄であることが俺の唯一の誇りだった。

何をしても、何があっても。


妹がいたから、大丈夫だった。




あんな風に言えたら、あんな風に気がつけたなら。

妹をひとりぼっちにすることはなく、俺はひとりぼっちにならなかったのだろうか。




【ヴルルルルルルル………】


花火草の音が、完全に沈黙する。

繋いだままだった手のひらをテトラは離そうとしたが、シックスは絶対に離さなかった。

テトラから取り上げるように掴んだ、たったひとつだけ残ったアオイドリアを思い切り投げて、潰れた音にサンダーウルフの視線が逸れる。


その一瞬の隙にシックスはテトラをあろうことか背負って走り出した。


「ば、ばかっ、おろしてっ…!いくらシックスがちからつよくても、あしがはやくても、ただのこどものあしで、わたしをかかえたままなんてにげれるわけないでしょっ!」

「うるさいばかテトラっ!あっ!あしけがしてるじゃんかっ!」

「ばかはシックスでしょっ!ひっ、きてるっ!み、みぎによけて!!」


声を出さずとも枝を踏んでバキバキと音が鳴るのだから、サンダーウルフが気がつかないわけがない。

火事場の馬鹿力というべきか、シックスはテトラを背負っているというのにスピードを落とすことなく指示に従って避けていく。

しかしそれは間一髪で、牙が掠れたテトラの長い髪が幾数本もはらはらと千切れて舞っていく。


「もういい!もういいからおろして!」

「やだ!てとらがいないあしたなんていらない!」


_____あぁ、そうだった。

俺も、そうだった。






今からでも、あの子が憧れてくれた俺にもう一度なれるだろうか。






サンダーウルフは非常に強い種族だが、弱点もある。

ひとつは視覚が発達していないこと。

ふたつは“ウィンディーネの水薬”、その成分が非常に苦手で近寄ることができず、水薬を被ってしまうと酩酊状態になり気を失う。



空から影色の刃が降り注いだ。

手足を縫い付け地面に突き刺さったそれに、咆哮をあげる。

揺らした地面に、とうとう足がもつれてシックスが地面に転がり衝撃でテトラも前方へと投げ出される。

動くことができず体を揺らすサンダーウルフの頭上から、水色の液体が降り注いだ。


粘性が強く独特の香りを放つその液体を、テトラは知っている。


「うぃんでーねの、みずぐすり…」


必死に意識を保とうと痛みにすら縋っていたサンダーウルフは、しかし抗えず悲痛な声をあげてそのまま気を失った。





傷だらけで地面に転がる2人の元に現れたのは、俯き表情を隠したフィーネだった。




RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わりましたが予想外の“もしかしたら死ぬかも系襲撃”イベントが発生しました

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