No.4 RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わりましたが悪いことは食い止めましょう



___父たる神は生命を育み、母たる精霊は魔法を生んだ。


天地創生におけるよんばんめに空と海と大地に生命と魔法の種をまいた。

天地創生におけるごばんめに育まれた種は芽吹き命は恵まれた


世界で唯一、妖精と人間だけが片方の種しか芽吹かなかった。








現れたフィーアにテトラは慌ててシックスの前にへと転がり出た。

正直今のテトラにとって、フィーアがどういう心持ちなのか理解できなかった。

半ば睨みつけるテトラを、ただ黙ってフィーアは見つめていた。


3人の中で1人だけ状況をよくわかっていないシックスはフィーアと気を失ったサンダーウルフを見比べてはてなマークをとばす。


「???」

「………たすけてくれて、ありがとう。しょーじき、こないとおもってました。」


皮肉だ。

フィーアは黙りこくったまま。

テトラの言葉に目をぱちくりさせたシックスは「あ!」と突然大きな声を出した。


「おにーさんがたすけてくれた、ですか?ありがとう!」


シックスの素直に礼が言えるところは、良いところだ。

そういえばゲームの主人公シックスは散々人間に酷い目を受けたくせに、絶対に、全てがそうだとは決めつけなかったな、なんて。


知らないとはいえ素直にお礼を言い放つシックスにフィーアは顔を逸らした。


「……おれいがいえてえらいね、シックス。」

「?」


どうして困ったようにテトラが笑うのかがわからず、首を傾げるその姿すら無垢らしかった。


はく、はく、と何度か口を開いては閉じた後フィーアは崩れるように膝をついた。

舌足らずにお礼を告げる姿も、幼いながらに片割れを守ろうとする姿も、ねえちゃんと呼び慕う姿も、結局ただの子供で。


全部、あの厄災のせいだと憎悪の感情は今もとぐろを巻いて居着いた。

厄災のくせに、化け物のくせに、真っ当な人間の形をしてるんだよって、子供をなじっていた俺と、あの子供と、どっちが化け物だった。





『この子供の中には厄災が封印されておる。この子はその器に選ばれただけのただの子供じゃ。…じゃが、周りはこの子をそうはみんじゃろう……故にわしはこの事実を秘匿したい。せめてこの子が15になるまで……真実を知らず、平和なだけで暮らす子供時代があったって、許されるじゃろう。』





国王陛下。

息子を失ってなおそう云えたあなたの言葉を裏切った。


綺麗事だと心の内で嘲笑った貴方の言葉は、正しかった。




_____器に選ばれ、知らぬ罪を着せられ、厄災を封印しているだけのただの子供がそこにいた。



「申し訳、ありません……でした……!」



自己満足なだけだとわかっていた。

謝って済まされない事をし続けた。

子供が大人のふりをしなければ生きていけないような環境に放置した。

涙を流す資格はないのに、あまりのみっともなさに溢れてやまなかった。


自分よりももっと大きな“お兄さん”が突然地面に頭を擦り付けて嗚咽混じりに謝罪する光景に、ぎょっと目を剥いた。

困惑したシックスがおろおろとテトラの服の裾を掴んだ。



あなたは優しいから。

必ずいつかはシックスをただの子供だと見ざるを得ないだろと。

“わたし”は信じていたよ。




「……くわしい、はなしはあとでしましょう。あたまをあげてください。…そのしゃざいは、きのうのわたしのことばをうけいれてくれるって、とらえてもいいんですね。」


何度もフィーアは首を縦に振った。

もう一度頭を上げるように促すと、ゆっくりと顔を上げたものの正座のまま、許しを乞うように見つめられて居心地が悪かった。


「シックス、あとでちゃんとおはなししようね。」

「???よくわかんないけど、うん…?」

「まずは…このさんだーうるふをなんとかしないと。」


粘性の液体に目を回すサンダーウルフに、頭が痛いと額を抑えながら目をやった。


「そ、ゔだな。ず、びっ…」

「……はなかみます?」

「だいじょうぶだ。」


じとりと目が座った。

ぐじゅぐじゅと鼻を鳴らす様子はよっぽどテトラよりも年上のお兄さんとは思えない。

それだけ自分に絶望して、たった一言だけ絞り出した謝罪だったのだろうけれど。


「…君たちは後ろに、あまり離れないように。」


最悪“まだ”がいるかもしれないからと、コンバットナイフのようなものを取り出した。

ざ、ざ、と枝を踏みながらサンダーウルフに近づく。

未だ気を失った状態だというのに唸り声をあげ威嚇するその姿は、恐ろしくも

悲しかった。

鋭い牙、振り下ろされた爪、空気が震えるほどの咆哮、雷のような傷跡……


「!待ってっ!」


ナイフを振り下ろす直前でテトラが叫んだ。

掠ったナイフを慌てて取り上げたフィーアの反射の良さに感謝した。

ひょこ、ひょこ、と左足をずったおかしな歩き方でサンダーウルフへと近寄ったテトラに、慌ててフィーアが叫ぶ。


「テトラ・インヘリット!」

「ん、ん……しょ……やっぱり……」

「!これは…」


サンダーウルフの腹あたりの弄ったテトラが指差し見せたものにフィーアが驚きの声を上げた。


人間には魔法の種は芽吹かなった。

人間だけが芽吹かなかった。

魔法動物たちはその名称通り、魔法の種が芽吹き、その大小等はあれど魔法スキルを少なからず一つはもっている。

ゲームでエンカウントした魔法動物は度々その魔法スキルを発動させた。


おかしいと気がついたのはたった今。

花火草の音に苛立ち爪を振り回していたサンダーウルフはそれでも魔法スキルを使わなかった。

産声と共に雷を放つ、名前の通りサンダーウルフ雷の狼は一度たりとも雷を落とさなかった。


魔法嚢まほうのうが潰されてる…!?」

「…だから、まほうをつかわなかったんだ…」


抉れ、血が滴る腹の中心部分には既に短剣が突き刺さっていた。


魔法動物には魔法嚢と呼ばれる、魔力を貯めるための臓器がある。

体内の魔法嚢に魔力を貯め必要に応じて魔法に変換し、放つことができる。

人間の魔法使いが妖精という外付けバッテリーで魔法を使うのとは根本的な構造が違っていた。


魔法嚢が傷付けば使用する魔力を体内で貯めることができず魔法は発動できない。

臓器ではあるが魔力濃度の高い果実などを食べることで回復したり、もしくは魔法薬などで治療は行えるが……短剣が突き刺さったままのこのサンダーウルフは幾ら何を食べようともずっと傷ついたままだったのだろう。

魔法なんて使えないはずだ、雷なんて落とせないはずだ。

柄が短いこともあって爪の伸びた手足で短剣を抜くこともできず、それでも憎悪と執念だけで立っていた。


「……ひどい…ていむしたこは、そのあとでちゃんとせらぴーしてあげるのなんてきほんちゅうのきほんなのに…!」


ゲームにおいても、この世界においても”テイム“というシステムはあった。

天属性の“テイム”の魔法スキルを覚えるか特定のアイテムを使用することで、魔法動物を手懐ける味方にすることができるのだ。

レベル差や相性もその結果に影響するが、成功させるひとつのコツがよくある話で、魔法動物をある程度弱らせてからテイムすること、だ。

テイムした直後、当然与えたダメージはそのまま残るので真っ当なテイマーはテイムした魔法動物のための傷薬を持ち歩くのがマナーだった。


「道理で小柄なサンダーウルフとはいえ、子供2人を追うのに必死だったわけだ……こんな状態で、森に放棄されたのか…」


サンダーウルフは獰猛な種族だ。

テイムするために魔法嚢を先に狙い、魔法を封じた上でテイムしたことは戦法として理にかなっている。

だが、結局は盗賊をするためにテイムした子に手当てをしないどころか短剣を魔法嚢に突き刺したまま(運ぶ際に暴れないように、だろう)、本来の生息地でもないところで放棄したやり口。


テイムはただの足がかりでしかない。

レベルが高くなければモンスターが言う事を聞いてくれないように、信頼を深めなければテイムした魔法動物は決してプレイヤーになつかない。

襲われて、枷をつけられて、傷に武器を刺したまま、叫びは正しく叫びだった。


「………こんなひどいことをして、そのけっきょくはおかねをとるため、しふくをこやすため。……は?なにそれ。」


____あぁ、そうだった、この盗賊団はそういうゲームにしては珍しくただただ真っ当にクズの集団だった、と“わたし”は怒りに震えた。


短剣に手を伸ばしたテトラを慌てて止めたのはフィーアだ。

当然だった。

いくら水薬の効果で気を失っていてもしばらくすれば目を覚ます。

完全に人間を敵対者として認識している魔法動物の弱点になっているものを抜くなんて。


すぐに魔法を使うことはできないだろう、魔法嚢が傷つけられていることに変わりはない。

だが、短剣という障害がなくなれば治すことはできる。


「ねぇちゃん、どうぶつさんいたい?かなしい?」

「……んー、むずかしいかなぁ。でも、きっとそうじゃないかな。」

「短剣から手を離せ、剣を抜いた衝撃で、サンダーウルフが目を覚ましたらどうする…!例えどんな事情があろうとこうなった以上討伐するしか道はない。」


「このたんけんと、このこのはながあればろくでなし元凶をおえるかもしれない。」


「!」


敵対し、自分自身の正義のために命を奪うのは摂理だ。

どんな綺麗事を吐いても、結局は人間は自分だけの正義を負けるまで貫かなければ生きてはいけない。


_____テトラは呼び声を上げなかった、妖精は来なかった、グリムノワールは来なかった、盗賊たちは、生きてサンダーウルフを森へと解き放った。


街の近くに潜んでいるはずだ。

狙い通りサンダーウルフが街を襲い、そのいいとこ取りをするために、死肉を漁るケダモノが涎を垂らして今か今かと待ち構えているはずだ。


今、意識を失っているサンダーウルフだけが知っている盗賊を、短剣を抜き手懐けることさえできれば捕らえることができる。


「…確かに、サンダーウルフは知力が高い、であれば……だが、危険すぎる!」

「でもにんげんより、きけんじゃない。このこのいかりはこのこのもの。このままいかりのやつあたりなんてさせて、けっきょくげんきょうはのうのうといきてるなんてだめだよ。」

「君に妖精はいない!この森にいる魔法動物と違う、テイムなしに手懐けることのできるものでは…!」

「やってみなきゃ、わかんないでしょ!」


どちらも間違えてはいなかった。

睨み合う2人に、あわあわと冷や汗を流していたシックスは「ねぇちゃん!」と呼んだ。

テトラと違いある種真っ当な子供であるシックスには難しい話は分かりかねた。


今にも泣きそうな顔のシックスに冷静さを取り戻したテトラは、ため息を吐いた。


「けっきょく、わるいひとはみつけなきゃだめなんでしょ。」

「それは…そうだが…」

「もしもあなたがだめってはんだんしたら、それにまかせる。やらせてください。おねがいします。」


頭を下げたテトラに「やめてくれ!」と叫んだ。

元々テトラとシックスに対する罪悪感で死んでしまいたいのを、自己満足だという客観視で立っている男だ。


「……………………わかった。」


長い沈黙の後、結局フィーアは頷いた。




「ありがとう。……よし、シックス、たしかこのあたりにきずぐすりのざいりょうがあったよね。」

「!うん、わかるよ!ひだまりぐさとか、ついたちばなとか……あっ、がんばりばちのはちみつもあった!」


ゲームをやりこんでいた“わたし”はアイテム合成の手順も概要も覚えている。

サンダーウルフの弱点でありフィーアがふりかけた“ウィンディーネの水薬”の効果はまだ暫く保つはずだ。


「ひだまりぐさと、ろーずまりあ、むらさきごろものねっこがあればいたみどめのきずぐすりがつくれるから…」

「どうぶつさんたすけるの?」

「どうぶつさんにわるいことしたやつをたおすためにね。」

「わかった!とってくるっ」


取って、といっても。

森を何度も彷徨いていた2人はよく採る薬草であれば大体の場所を覚えてしまっていた。

幸いなことに必要なものはそれこそすぐ近くに生えているものだった。(数多あるレシピの中でそれを絞り出した、ともいうけれど)


「おにいさんはおみずもってる?」

「えっ、あ、あぁ…」

「ごうせいなべとかは?」

「手持ちの簡易式のものなら…」

「かして!」


感情を拗らせているのだ。

“わたし”は断らないことをわかっていながら矢継ぎ早に声をかけた。

テトラの勢いに押されてフィーアはやはり頷いた。


サンダーウルフに自分の影を重ねたのかは、あまりよくわからない。

この狼を、ただ殺してしまうだけで終わらせるのはひどく腹ただしかった


どうせなら利用する名目で傷付けたこの子によって捕まるなんてほうが、屈辱的でしょ。

結局わたしは性格が悪いのだ。

街のためとか、この子のためとか、そんな優しい理由じゃなくて自分のことしか考えてないってこと。


「ねぇちゃんとってきた〜!」

「ふは、シックスってやくそうをとるときはほほをかならずどろでよごしてかえってくるね。もう、しかたないなぁ。」

「きゃー!」


ぐしぐしと頬を擦るテトラにきゃらきゃらとシックスがくすぐったそうに笑い声をあげる。

幼いシックスはフィーアを敵ではないと認識したらしく、ぱちりと目が合うと挨拶のように微笑んだ。

シックスからすればフィーアは助けてくれた人で、どうやらテトラが知っているらしい人、街の人ではないようなおにいさん。


「ねぇちゃんここでおくすりつくるの?」

「このこをおいていくのは、こわいからね。」


サンダーウルフを抑えられるのはフィーアだけだが、そうなった時は殺さざるを得ないだろう。

そして例の盗賊がどこに潜んでいるかわからない今、迂闊に子供だけで小屋に戻るのも恐ろしかった。(まぁ、サンダーウルフを森に放っているので森の近くにはいないだろうけれど、念には念を、ということで。)


火をどうしようかと視線を彷徨わせているとべちょり、となにかがふってきた

火蜥蜴だ。

もしかしたらさっき、シックスの顔に振ってきた子かもしれない。


「ごめんね〜。」


ぎゅっとつぶさないほどの力で握ると抗議の鳴き声と共に炎を吐いて、緩めだ瞬間にサササっと逃げていった。

火蜥蜴のおかげで炎が手に入った。

簡易の土台に炎を用意し、フィーアから借りた小さな合成鍋をそこにセットした。


“合成鍋”

素材を合成し傷薬をはじめとしたアイテムを作るための道具。

名前通り、ふくらんだ大きな鍋の形をしており火にかけても割れない。

最も流通している形で、一般生活を送る上ではこの鍋があれば十分。

ただし合成時間や成功率などはあくまで初心者向け、ということで。

失敗すると極彩色の混じった黒いダークマターを生み出す。

持ち運び用に小さなサイズの合成鍋も販売されている。

テトラとシックスの家にも大きなサイズのものがひとつある。


エピソードイベントの進行に伴い発生するサブイベント“はじめてのクッキング”で入手可能の道具で、全プレイヤーがお世話になったと言っても過言ではないものだからよぅくと知っていた。

ゲーム時代では道具屋に売ってはおらずサブイベントをクリアすることでゲットし、永続的に使用していたものだったが今さらに考えればNPCも持っていた道具だった。

街に降りたテトラが必死にお金を切り詰めて手に入れた合成鍋は非常に大活躍している。


薬を買おうとしてもすぐに買えるものではなかった、だから、作ろうと考えたのは当然のことだった。

毎日毎日鍋を回して失敗しては失敗して、それでも、何度も繰り返して合成鍋で作ることのできるアイテムであれば作れるように、なった。


シックスが取ってきてくれたひだまり草、ムラサキゴロモの根を石ですり潰す。

鍋の水がぷつぷつと泡立ってきたら粉末になったものを入れて綺麗に洗った“ちょうどいい感じの棒”でかき混ぜる。

土留色から淡い褐色にへと変化したらローズマリアの花を千切っていれて、またかき混ぜる。

今度は淡い赤褐色から濁ったカラメル色にへと変化したら火を消して、かき混ぜ続ける。


湯気が出なくなり粘性の透明の綺麗なカラメル色になったら、鎮痛作用のある“きずぐすり(ランク1)(ぬりかけるタイプ)”の完成だ。


「……流石だな。」

「それは、どーも。」


監視をしていた立場のフィーアは、数少ない本を読み独学で合成技術を学んだ子供を知っている。

だが、あらためて至近距離で眺めて感心の声を漏らしたフィーアに、テトラはすげなく返事した。

シックスだけがただ純粋に「ねぇちゃんすごいね!」とはしゃいだ。


「じゃあ、さんだーうるふを…」

「待て。…君の左足を先に治しなさい。その機動力では心許ない。」

「……はぁーい。」


わかっているのに宿題をしなさいを母親に言われた子供のような態度だった。

傷薬を指ですくう、缶に入ったハンドクリームに似た質感だった。

湯気が冷めたとはいえまだ温かいそれに反射的に、あち、なんて思って。

左足の抉れてしまった傷に塗り込むと、ほわりとした光と共にゆっくりと傷が癒えていく。

と、同時にぴりぴりと消毒液を直接かけたような痛み。


「うぅ〜……」


(ゲームなら使ってすぐに回復なのにぃ…!この世界じゃ傷薬使って傷治すとき、植物の魔力を変換して処置するらしいけどその時がびりびりする…!高ランクのやつなら効能の分これもマシらしいけどうぅぅうぅ…!)


正直フィーアに言われなければ使わなかったくらい感覚が嫌い。

傷跡が残ろうと興味がないので、ちょっと痛みを我慢すればいいかな、くらいの感覚だったのに…!


「ねぇちゃんいたいのなくなった?」

「う、うん、だいじょうぶだよ。」


めっちゃ嫌だったけど。

左足の違和感がなくなったところで、立ち上がる。


「シックス、あのね。いまからおおかみさんとおはなしするからシックスはちょっとだけはなれてて。」

「…どうして。」


また、自分テトラだけ危険な目に遭うのかと顔をむっつりさせたシックスに吹き出す。


「んーと、ね。おおかみさんはかなしいから、いろんなとこにきがちっちゃうの。おはなしするわたしにしゅうちゅうしてほしいから、かな。おにいさんもいるから、もしまんがいちはたすけてくれるから、もんだいないよ。」


交渉は、いかに自分の領域に相手を引き摺り込んで言いくるめるか、だ。

サンダーウルフにテトラにだけ意識を向けさせたかった。

首を傾げたシックスに少し難しかったかな、と眉間に皺がよる。


「…あんまりよく、わかんないけど。ねぇちゃんだいじょうぶそうだからわかった!」


シックスは賢い。

て、て、て、と離れたシックスにほっと息をついた。


「それじゃあおにいさんも、さっきいたのはきのうえ?そこにいって。」

「なに?」

「ないふかまえたひとがちかくにいたら、そっちにきをとられちゃうでしょ。おにいさんさっきだってかくれたままだったでしょ。……それとも、かくれたままだとなにもできないのにわたしたちをみてたの。」


テトラが優しく声をかけるのはシックスだけだ。

例えどんなキャラクターかを知っていても、“わたし”が好感的な印象であっても、私の知らないお兄さんフィーアを信用しても、信頼も心を預けることもする気はなかった。

態と痛いところをついたテトラに、フィーアはおずおずと姿を消した。


隠れた先ですぐに魔法が発動できるように、万が一にはナイフを喉元に突きつけれるようにして。


「それじゃあ、いきます。」


短剣を抜くのは絶対に自分がすると決めた。

例えフィーアが納得できずそばにいる事を強行したとしても、絶対に。

言い出した者の責務だと、テトラは子供には決して見えないはちみつ色の瞳を凛とさせた。


「ぇい、っ!」


子供の力では短剣を抜くのも精一杯で、自分の勢いに負けてころりと後ろへ倒れ込んだ。

皮肉なことに短剣によって抑えられていた赤黒い血液がどぷりと溢れた。


【ッヴグォォオオォオォォォ!!!】


麻痺していた痛みを思い出し、咆哮と共にサンダーウルフは目を覚ました。


手足を押さえつけるフィーアの魔法影の刃はそのままだ。

起き上がったサンダーウルフは身動きが取れず、腹正しげに体を震わせた。


「おねがい、きいて。」


言葉をかけたテトラに返されたのは当然の怒りの感情だった。

テトラが手に握りしめたままの短剣を認識したサンダーウルフは、それを刺されていたことを思い出したのだろう。

手足を引きちぎる勢いでガタガタと揺らす。


「あなたをここにつれてきたげんきょうはまちをおそうきかいをまっている。あなたがおそうのを、まっている。」


サンダーウルフの故郷は青い炎を吐く火山だった。

空からは雨のように雷が降り注ぐそこで、生きていた。

死と隣り合わせの世界だと分かっていた。

けれど生きる事を利用されることなんて、思っていなかった。


下卑た笑い、まだ種族としては小柄だった“彼”は囲まれて、今も残り香の残る液体をかけられ意識が酩酊した。

雷を吐くための腹の袋を刺される。

抵抗できない体に、忌々しい枷をはめられニンゲン共に檻へと放り込まれた。

憎悪も怒りもそのままにあるのに、どうしてか牙を、爪を、振ることができない。

腹に刺されたままの短剣が邪魔で仕方ない。



眠りのうちに運ばれた森、目が覚めて気がつく。

檻も枷もない。

自由だ。







______ニンゲンだ、ワタシをこんな目に合わせたニンゲンだ!



「あなたがしようとしてるのは、ただのいかりのやつあたり。あなたにかせをはめたやつらは、それをりようしてるの。ひともおかねも、あなたのせいにしてもっていけるって。」


淡々と告げる言葉をサンダーウルフは溢れる敵意で返した。

揺らす体に地面に深く刺さったはずの影の刃も揺れて、傷を広げていく。

フィーアのナイフを握る手に力が篭る。


「こんなちっぽけなこどもをなぶってまんぞく?あなたのほこりは、ぷらいどは。」


サンダーウルフの眼前にまで近寄ったテトラは、ただじっと、かれをみつめた。

あとほんの少し、体が前のめれば柔いテトラの体など噛み砕かれてしまうだろう。


【ガアァアァァァァ!!】


口を大きく広げ、ガチガチと牙を鳴らす。

限界だ、とナイスを構えたフィーアの判断は正しい。

それを制したのは子供とは思えないテトラの眼光だ。


気圧された。

彼女はサンダーウルフを助けるために、聖人君子のような思いでいる訳じゃない。


「どうせならあなたをわらったやつらを、ざまぁみろってわらってやろうよ。」


瞬きすら許さない力強いはちみつ色には同じ“怒り”があった。











【グルルルル…】


ぺそりとサンダーウルフが頭を下げた。

寝そべるような体勢で鼻を鳴らす。


「……あは、あなた、やっぱりかしこいね。きずのてあてをしていい?どくとかじゃないよ、わたしのあしにもぬってる。」


媚びる様子などないのが余計に好感的だった。

視線だけで返事をしたサンダーウルフに、テトラはにっこりと微笑んだ。


正直自分に使う気もなかった傷薬だったが結果的に交渉のテーブルに置きやすくなったのでよかったかもしれない。

少し離れた位置にいたシックスがて、て、て、と駆け寄る。


幼いのに、決して最中テトラの言いつけを守り近寄らず“大丈夫”になった途端駆け寄るシックスはやっぱりなんだかんだと言って賢いな、なんて。




RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わりましたが“腹が立って仕方ないので”悪いことは食い止めましょう

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