第29話 その勇者、神の輝き


 俺は心がジリジリとげつくようなあせりを感じていた。


 もう魔力が底をついたため、前方にシールドが展開できず、フライの速度を上げることが出来ない!


 分厚い空気の壁と戦いながら、故郷の我が家を目指した・・・だが、いくらも飛ばない内にフライの術式が解けて、俺は田んぼの中に墜落した。


「くっ!早く、早く母さんのとこへ・・・」



 魔力が完全に枯渇したため、魔力欠乏症で激しい眩暈に襲われて立つことも出来なくなった。


「なんて俺は情けないヤツなんだ・・・エルドレインよ、今の俺を笑うか・・・」


 田んぼの泥に顔を半分埋めながら、俺は今は遠い親友の名を口にした。


わたくしを倒した勇者が、泣き言とは。ずいぶんお可愛いこと。』


 俺は突然聞こえた声に、体を捻って田んぼのなかで仰向けに横たわった。


 すると目の前には、どこかスズネの面影があるエルフの美しい女性の姿が、うっすらと透けながら浮かんでいた。


「お前は・・・」


『あら、まだ気づきませんの?随分鈍いお方ですわね。だからあの子の気持ちにも答えてあげられないのかしら?』


「まさか、お前は魔王ヴェネビントなのか?でもお前の魂は確かに消滅したはず・・・」


 エルフは悲しげに俺を見つめながら語った。


『魔王ヴェネビントは確かに消滅しました。でも、消滅する間際のギリギリの刹那、貴方は魔王ヴェネビントの魂に残っていた彼女の、エルフの女王エシルストゥーナだった頃の純真な魂を分離させ、その欠損した魂に貴方の魂の一部を分け与えることで1つの完全な魂として輪廻の渦に返して上げましたね。』


「ああ、そうだ。俺はエルフの始祖神である女王エシルストゥーナが、邪神バルデルスの奸計かんけいによって魂を呪われ、魔王ヴェネビントに堕天したことを知ったから、彼女の魂を何とか救いたかったんだ。

 彼女の魂の純粋な一部分でも助けられれば、俺の分けた魂と一緒になって輪廻の輪に戻り、いつの日か転生出来るようにと願って・・・」


『そう、心優しい勇者ユキト。貴方は大罪を犯した魔王ヴェネビントでさえ、救おうとして下さいました。』


「まさか、君はエシルストゥーナなのか?」


『やっと気づいて頂けましたね。

 そう、私は女王エシルストゥーナの魂の残滓ざんし。貴方が魔王ヴェネビントの魂から私の魂を分離する際、私の魂に触れたときの心残りとして、貴方の魂の片隅に残ってまいりました。』


「でも、どうしてこのタイミングで表層に現れたんだ?何故今なんだ?」


『それは女王エシルストゥーナから、貴方様への恩返し。貴方さまの危機に際し、貴方様の新たな力の扉を開いて差し上げましょう。』


「何をしょうと言うんだエシルストゥーナ?」


『貴方様は魔王ヴェネビントと邪神バルデルスを倒すことで、魂の『格』はすでに亜神を超えて『神』の領域に達しております。

 だからこそ、貴方様には魔力に代わるまことの力、『神髄しんずい』を貴方様に捧げましょう』


 突然胸の鼓動が早くなって全身が黄金に燃え上がり、俺の魂が更に上位次元の力にリンクするのを感じた。


『・・・勇者ユキト。お慕いしておりました。

 私の魂と貴方様の魂を受け継いだアルディスは、いわば二人の子。私のこの純真な思いを強く受け継いだ子なのです。

 どうか、末永く・・・』


「エシルストゥーナ・・・」


 俺の中のエシルストゥーナの存在が消えたとき、目の前にあったエシルストゥーナの姿も霧散してしまった・・・


「ありがとう・・・」


◇◇◇


 天霧あまぎり オトハは手足や目や口までもグルグル巻に拘束され、車に押し込まれていた。


―― 数刻前


 オトハは今朝いつも通り6時に目を覚まし、軽く身支度を整えてから家の周りの花壇の手入れをしていた。


 旦那は始終外国を飛び回っており、最近はもっぱらパソコンで会話を交わしている。もちろんオトハは夫の仕事の重要性をよく理解しているものの、会って話すことの出来ない寂しさはオトハにとって一抹の不満でもあった。


 それに今年の春からは、長男のユキトと養女で長女のスズネが東京の慈恩院学園じおんいんがくえんでの寮ぐらしを始めたので、2人には話してはいなかったが余計に寂しさを募らせていた。


「いっそ、犬でも飼おうかしら。」


 子供たちの帰省を楽しみにしながら、花壇の手入れと、最近ではペットショップを回るのも楽しみの一つとなっていた。


 そんなオトハが丹精込めた庭の花壇に水をやっていると、突然黒い大なバンが家の前で急停車した。


ガララララァ!

ドガドガドガ!


 車のスライドドアが開くと、車から3人の黒い目出し帽に全身黒の服装・・・どこかの国の軍服にも似た服装の男たちが飛び出してきた。


「あなた方は誰なの!勝手に人の家に入らないで!警察を呼びますよ!」


 オトハは毅然として、侵入者たちに叫んだ!


 それでも躊躇ちゅうちよなく庭を荒らして入ってくる異様な男たちに、オトハは恐怖を覚えた。


「きゃー!誰か助けてー!」


 オトハの悲鳴に慌てた男たちが、オトハの口に無理やり汚れた布切れを突っ込んで、そのままオトハを車の中に連れ込んだ。


 車が急発進するのをオトハは感じたが、手足に目もテープで拘束されてしまい、抵抗することもできたかった。


「ユキトー!スズネー!」


 オトハは心のなかで、愛する二人の子の名前を叫んだ!


◇◇◇


 ユキトは、エルフの女王だったエシルストゥーナに託された『神髄しんずい』を魂の中に意識した。


 すると、ユキトはこの世の全ての理を一瞬で理解した。それは正に八意思兼神やごころおもいかねのかみの全知全能の神力と同じものであった。


 ユキトはまだ遠く離れた故郷の実家から、誘拐された母フタバの姿をし、そこへ向かってした。


『ぎゃー!どけこらぁ!』


 突然オトハを誘拐した黒いバンの前に金色に燃え上がるユキトが現れ、驚いたドライバーだったが男はハンドルを切らずに逆にアクセルを踏み込んた!


 突然現れた金色に輝く男を車で轢いたとドライバーが身構えたその時、あまりにもの非現実に男は笑いだした・・・


『ハハハハハ・・・ウソだろ、おい・・・』


 車重3トンもある、しかも時速80キロで加速していた車を、ユキトは右手を突き出すだけで、一切の物理法則を無視して止めてしまった。しかも車の乗員たちまでもだ。


 ドライバーの男は慌てで気を取り直すと、アクセルを奥まで踏みこんだ!


ギャャャャャー!


 車は進まず、ホイルスピンと白煙だけが立ち上る。


 するとユキトはホイルスピンしながら停まってる車の中をて進んだ!

 覆面の男たちは、車をまるで水のようにすり抜ける金色の男に恐怖した!


『ば、化け物だー!』


 外国語で口々に叫びながら、車から飛び降りて逃げ出す男たち。


 ユキトは荷台に押し込まれた母親に片手をかざして軽く横に振った。


 すると、オトハを拘束していたテープや布切れが光る粒子になって消えた。


「えっ、ユキト!ユキトなの?」


 急に拘束を解かれたオトハは、そこにいるはずなのない息子の姿に驚きの声を上げた。


「ユキト。あなたスーパーサ○ヤ人みたいに、光ってるわよ・・・ちょっと非常識かしら・・・」


◇◇◇


 母さんを無事に助けることが出来た俺は、そのまま母さんを連れて東京の学園まで転移した。


「お母さん?お母さんー!」

「スズネ!」


 急に現れた俺に、学園のみんなは驚き警戒したが、俺だと分かるとみな納得して元の作業に戻っていった。

 分かりみが早くて、良き良き。


「金色に光っているのは、スルー定期!」


 相変わらずのフタバの突っ込みに苦笑いしつつ、俺は落とし前を付けるためにもう一度、故郷の東北の空に顔を向けた。


ぱ――――ん!


 俺は力を込めて、柏手を一つ打った!


 この一拍によって・・・


 母さんを誘拐した実行犯4名。

 犯行に協力した者2名。

 犯行を計画した者1名。

 犯人グループの首魁しゅかい及びその幹部4名が、それぞれ別の場所で同時に血の染みへと変わった・・・


 だが、俺にはこんなことよりもっと大事なことがある!


「みんな!手伝ってくれ!急いで、仲間の遺体をここに集めてくれ!俺が蘇生する!」


 周りの学生が驚きのあまり、フリーズした。


「何やってんだ!早く動け!死人の魂が黄泉比良坂よもつひらさかを降りきって黄泉竈食よもつへぐいしたら、俺でももう手遅れだぞ!急げ!急げー!」


 沈んだ雰囲気だつた学園が再び活気づいた!だれもが希望に顔を輝かせて走り出した!


 再び動き出したとき最中さなかで、ユキトは静かに金色の光を放ち続けた・・・


「ねっ、ユキト。光の止めたら?」


「すまん、フタバ。どうやるのか分からん!」



*************


新作投稿始めました。


ダンジョン経営ものです。

よろいしかったら、こちらもお楽しみください。m(_ _)m


題名: 欲望のダンジョンの貧乏マスター 〜 最弱のゴブリンだけのダンジョンって・・・詰んでね?


https://kakuyomu.jp/works/16817330659844174873/episodes/16817330659898679446

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