アルフ=イルク帝国記(あるいはアルフリースの狂記) 2

 ――ひとには、そのひとそのひとに見合った生き方というものがあり、誰もが均等にアルフリース十二世のような強い心・自己啓発の志しを持ち得ないのだということを、理想家であるアルフリース十二世には気付けなかったのである。


 また、帝国との戦いは、アルフリース十二世の想像以上に長引いた。帝国軍を相手に三度も勝利したなら長く帝国の影として押さえつけられていたものが一気に吹き出し、同盟を申し出る貴族が次々と出てくるだろうとの予測はたてていたのだが、彼のした予想以上に多くの貴族や小国がアルフリース十二世側についたせいだ。


 それは、帝国を滅した後は専制君主制度を廃止し、議会を発足して民主主義をとるとアルフリース十二世が宣言したためでもあった。議席の三分の二は革命を支援し、武勲をたてた者たちから選出するという内容の文面に、皇帝の下にいたとき以上の権力を求めた欲深な者たちが新国家における自分の有力な地位を確保するためこぞってアルフリース十二世ひきいる連合軍に名を連ね、私軍を投入した結果、連合軍は帝国軍に対し四・六の勢力となったのだった。


 加えて、アルフリース十二世は、町や村といった<定置>を保持することにこだわらなかった。徴兵した若者を町などに守備隊として配置するよりも、攻撃隊の数を増やす策に出たのである。それは狂気の策であると、誰もが考えた。無二の親友を称する者たちでつくられた陣営にも、やはりアルフリース十二世は狂っているのだとの噂がまことしやかに広がって、ある者は身内の不幸を理由に、ある者は領内で起きた出来事を理由に、アルフリース十二世の元から離れていった。


 狂っているからこそ、彼は帝国に反旗を翻せたのではないか――忠義に厚いがゆえ、アルフリース十二世の元を去ることができなかった幕臣たちですら、考えなかった者はいなかったろう。



「定置にこだわるな、国境にこだわるな。どうせすべての地は一つでしかなく、大地母神の持ち物で、人間が勝手に紙の上に引いた線や点でしかないのだ。一担神に返したと思えばいい。そのうえで、山を川を丘を崖を町を外壁を、どう用いれば一番有効であるかを考えよ」



 アルフリース十二世はそう言い、そして自ら前線に赴き実践してみせた。無謀としか思えない方法でも、勝利し続けたなら、および腰になりかけた貴族たちも本腰を入れるに決まっている。彼等には<勝利>という、誰の目にもあきらかな優越感がすべてなのだ。どうせ帝国に勝利したなら何もかも倍になって我が手に戻ってくると思い直すだろう――予言者のようにすべてを言いあてたアルフリース十二世の読みが、これに限ってはずれるということもなく。

 貴族が、一度ならず彼を非難し、その下に与したことを悔いたことまでも忘却して、同じ口で彼を絶賛するのにそれほど時間はかからなかった。民の私財や命など、建前として利用することは思いついても、本気で気に病む者は、全くと言っていいほどいなかったために。


 結果、町は自警を余儀なくされた。


 だが衛士による保護を受けられない町や村にどれほどの抵抗力があるというのか。帝国軍や盗賊を相手に、数十年をかけて整えられた町並みは数十日であえなく崩れ去った。家財を焼失し、家族を失う者が激増し、貧困が伝染病のように蔓延したが、かつての戦乱という前例のおかげで防災・貯蔵を徹底していた町が多かったため、最悪の状態にはいたらずに済んでいた。そしてアルフリース十二世は、彼等にも流浪することを提案したのである。家も土地も捨て、遊牧民のように常に移動し、隠れ住むのであれば、一人あたり家畜二頭と上級金貨十枚を配し、援助も行うというのである。


 開戦当初の数年はそれでも故郷の土地に執着する者は少なくなかったが、若者の大半が徴兵され、戦禍が拡大し、野盗が出没しはじめ、そこかしこで弩の音が聞こえるようになりだしついには死傷者までがではじめると、諦めて指示に従い家を捨てた。


 連合軍は数の差を地形と土地勘で補うように、戦場を定めず神出鬼没・電光石火で敵軍を翻弄するという遊撃に当初から重点を置き、徐々に全軍を遊撃軍へと移行させていった。徴兵した平民や志願した貴族の子息などにより、数十名から数百名に及ぶ小・中隊を組織し、各個撃破・臨機応変の指示を与えて大陸中に散らすという、途方もない案だったが、それは情報線と指揮管理の線への絶大な自信からくるものというより、内に秘めた目的の違いによるものなのだろう。アルフリース十二世自身は全面勝利が目的でも、その勝利の手段を絶賛されることが目的でもなかった。


 そして彼がひきいる主力部隊もまた同様に下級軍人と上級軍人を主力に数百名を一群として数個に分け、アルフリース十二世はその数個の主力部隊(戦闘の勝敗によりその数は増減するため正確な数は決まっていない)間を移動し指揮をとることで、自分の死によって連合軍が一気瓦解することを避けた。


 事実、アルフリース十二世の死は死後十年近く味方にさえ知られることがなく、その間代理として指揮をとっていた息子の能力が評価され、有力者たちから生き神のように崇拝されていたアルフリース十二世の死に落胆を隠せない者たちに、息子が彼の遺志を継いだのだと、そしてそれを実行するに足る力が息子には備わっていると認められる程度には十分の時間を稼いでいた。



 以後、大陸全土を巻きこんだこの狂気の戦乱は、なんと三百年もの間続いてきているのである……。

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