第23話 実験室のビーカー⑤


「君もそろそろ、新しい実験がしたいだろう? どうだい、ビーカー?」


 ニッと、フラスコが画面越し、俺に笑いかけた。

 期待をかけてくれているとも言えるし、新たな実験材料として認識されたとも言える。正直、フラスコに目をつけられるのは、ご遠慮したところだが。


 ゴクリ。

 喉が鳴る。

 あぁ、自分でも気付かない間に、唇の端が上がって――笑んでいるのを感じる。


「喜んで」


 きっと、俺は、ひどい顔をで笑っている。


「ビーカーなら、そう言ってくれると思ったよ」


 そうフラスコはニンマリと笑んで。それから、試験官の薬液に口をつけ――そこで、会議は終了となった。

 その画面を見やりながら、俺は声を上げて笑ったのだった。






■■■







 明らかに、そして露骨に奇異な視線を向けられていた。交わされた会話すら、俺たちが歩みを進めると、息を潜める。

 それでもお構いなしに、俺たちは歩みを進める。


「私が同席して良かったの?」


 を務める女子生徒が、俺に質問を投げかける。白衣の研究者と、女子高生が共に県警本部を歩み進める姿は、それはそれは違和感しかないと思う。


「じゃあ聞くが、副会長は動けるのか?」

「無理ね」


「そして、。だったら、答えは一つしかないだろ?」

「コキ使い過ぎだって、私は言いたいの」


「イチゴ醤油ラーメン味ナメタケフレーバー味のキャンディーをあげるからさ」

「それもらって喜ぶって、本気で思っているの?」

「だよなぁ」


 妙に納得して、笑いがこみ上げる。

 そして、予想を裏切る驚き――不味さだった。あれは、本当に無い。なし、だ。


「アイギス」

「何よ?」


「好きなの奢ってやるから、手伝え」

「言われなくても、手伝うわよ」


 仏頂面で、彼女は言う。

 俺たちは、目的の場所――警視庁捜査一課特務3係。


 通称、実験室担当ラボ・タンへと歩みを進めた。







■■■





「これは、参ったね」


 取調室を覗けば、弁護なき裁判団のNo.EとNo.Kが目もうつろ。視線は定まっていない。


「アイギス、分析を」

「もうしているわ。NGワードを紛れこませたのね。管理者には【トレー】と呼ぶように命令をされているのに、別の名字――水原茜と呼ぶように、プロンプトを投げ込んだ。彼ら、中古品実験体レガシー・デバイスだもの。確かに、これは混乱するでしょうね」

「そりゃ、恐ろしいな」


 そう口笛を吐きながら、No.Eお気に入りのキャンディーを口に放り込んでやるが、表情はまるで仮面を被ったかのように変わらない。


「どうする? ハッキングしたら良い?」

「それには及ばない、ねっと」


 俺は、No.Kの頬を力一杯ぶん殴る。抵抗もしないまま、彼は調書の棚へと吹っ飛んだ。本棚から、ファイルが降り注ぎ――No.Kはようやく、指先がピクリと動く。


「再起動したようね。でも、ちょっと、やり方が野蛮じゃない?」

「バーカ。古い製品はな、こうやって叩くと、また動き出すんだよ」

「昭和のテレビじゃないんだから」


 呆れたと言わんばかりに、息をつく。が、【アイギス】は俺の意図を理解し、端末からログイン。システムへの干渉を始めた。









▶弁護なき裁判団を再起動しました。

衝突コンフリクトの原因である言語プロンプトを削除しました。


▶システムをレベル2に上げ、ターゲットを監視します

▶トレー介入をフラスコへ報告。


▶管理権限を研究者ビーカーに移乗。

▶認証。


▶あわせて回収した廃材の状態観察モニタリング開始。

▶認証


 ふむ。俺は顎を撫でる。管理権限の委譲は問題ない、と。

 トレーのシステムをいじれる。これは僥倖――。


イタっ――」


 なぜかアイギスに、脇腹をめいっぱい抓られた。他の実験体サンプルに浮気をするなと言いたいらしい。そんなに拗ねなくても、お前達が一番だ。俺は【神々の黄昏ラグナロック】をそんなに安く見てないからな?



▶現在、第3研究所にてシリンジが調整中です。フラスコより第二次計画書がシステムに送信されてます。多重暗号化の為、現行ネットワークでは解凍できません。


 ふぅん、流石は泥棒鴉。仕事が速いじゃないか。そして、やっぱりフラスコは食えない。と、そう思う。まぁ、むしろ面白いとする感じるが。


 と、視線を感じる。見れば、アイギスが俺を見やる。指示をよこせと、暗にその目は物語っていた。


 俺は、唇の端に笑みをたたえながら、彼女が使用していたキーボードを奪い、命令文コードを入力する。



▶メインシステムはセーフモードを継続。。おって命令コードは送信する。それまではトレー・宗方ひなた・水原爽・桑島ゆかり・羽島みのりの監視に注力。あわせてトレー以外の戸籍データ、生活歴を検索せよ。


▶了解しました。

▶実行

▶Enter






「アイギス、最適化を頼んだ」

「はぁ?! 本当に厄介なことばかり言って――」


 そう言っている今も、No.EとNo.Kは虚ろな目で、キャンディーに手をのばして。中毒のように、囓りはじめる。


 がりがりがりがり。


 ――トレー、キャンディのようにお前を砕いてやる。

 そう呟いたのは誰だったのか。


 無機質な音が響き、二人とも目の焦点を失いながらも同じ動作、同じ行動を繰り返し――その動きは唐突に止まって。





 取調室には、無機質なキーボードの打鍵音ばかりが響いた。


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限りなく水色に近い緋色 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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