第7話 私は ミャウダ
※推奨 ★★★ミリスお嬢様には逆らえない★★★ 第4話まで、及びこの短編集第1話をお読み頂けると幸いです。
人とは揺れるロウソクの様に、なんとも頼りない生き物だ。古来より、知恵を得た者は、同時に愚かさを身にまとうと言う。
私は愚かにもなれぬ代わりに、聡くにもなれぬ中途半端な存在に過ぎない。
私はミャウダ、生後2ヶ月の猫ちゃんである。
見た目はもふもふで、短い手足を使い、這うように走れる。だか勢いあまってすてんと転ぶ。まあ、身体が柔らかいから痛くはない。
得意技はにゃんバンチ、これで何度も兄弟達を蹴散らして、母のおっぱいのベストポジを手に入れた事か。まぁ、その後じゃれあいで復讐されるが、仕方ない。
私は生後直ぐに、思索に耽るのが好きだと気がついた。毛づくろいをしながら、何か閃けばみゃーみゃーと声を出し喜んだ。
人生とは寡黙な詩人だ。
美しき日々は千万の言葉を紡ぎ、私に生と死を行き来させる。我、思う故に我を惑わす。思考とはなんとも手強い友であろうか。
「ミャウダ、今日もご機嫌そうだね?」
思索に耽る私の邪魔をするこの頼りない男の名はラウダ。私の飼い主を名乗るが、世話役と述べて差し支えない。
テーブルの上でくつろぐ私と向き合い、椅子に座っていつも、にこにこと話しかけて来る、
「今日もね、彼女はすっごく可愛かったんだよ」
情けなくデレデレしながら、私の喉から顎をコロコロ触る。ふっ、気持ちいいから少しだけ付き合ってやろう。
私は「さあ、話せ!」と言う意味を込めて、ラウダの指をペシペシと叩く。
「あははは、ご機嫌だね、ミャウダ。今日はね、ポーラさんと、少しだけ会話も出来たんだ」
嬉しそうに語るラウダ。
こいつの仕事は王立図書館の司書である。気弱で痩せっぽちの本オタク。本ばかりの職場に飽き足らず、この自分の部屋の中も本だらけ。困った奴だ。もう21歳と言うのに彼女の1人もおらず、今まで誰とも付き合った事のない情けない男だ。
その痩せっぽちが何を思ったか、最近恋をしている。
相手の名はポーラ。確かどこそこの貴族の娘だが、まあ、落ちぶれていないにしろ、自活の為に平民と同じく働く女だ。顔は割と綺麗らしい。最近コスメの店を辞めて親のコネで司書となった。ラウダより二つ年上だ。
「今日ね、僕がポーラさんに『おはようございます』って言ったらね、あの可愛い顔がこっちを向いて、綺麗な瞳がすごぉーくクールになってさ、『……で?』って答えてくれたんだよ! 嬉しかったなぁ」
ラウダよ、悪いがそれはかなりの塩対応だ、喜ぶ所ではない。
「だから、僕は思い切って『今日はいい天気ですね』って言ったんだ」
なぜ、天気の話題如きで思い切りが必要なのだ? 人生はそういう使い方をするものではない、目を覚ませ、ラウダ。
「するとポーラさんがね、『ど平民の癖に馴れ馴れしく話かけないで下さるかしら? お仕事以外の会話をご強要されるなら、セクハラで訴えますわよ』って、すっごく長く話してくれてさ!」
おい、セリフの長短で、受けうる好意を推し量ろうとするな。それを愛と同列に捉えてはいけない。完全に毛嫌いされているじゃないか、拒絶MAXだ、視線を合わせると通報されるレベルだぞ。あれだけ本好きの癖に、お前には読み取る力がないのか?
「僕はね、感激のあまり『は、はい!』としか言えなかったんだ。でも彼女は素敵だと思わない? ねぇ、ミャウダ?」
そう言うとラウダは私の身体を持ち上げ抱きしめた、私はポーラじゃないぞ。まあ、気持ちいいから許してやろう。
しかし、これは明らかに無理な相手だ。。
恐らく器量は良くても、貧乏貴族にありがちな気位だけの生き物だ。人間は自分に自信がなくなると、肩書や地位に固執する。くだらない事だ。偽りの見栄を張り、偽りの満足を得て、偽りの虚栄心を満たす。その上で虚しくもならず、ただ恥知らずに傲慢になってゆく。随分と無下げ果てた下等な生き物だ。最早、害悪でしかない。
そんな女のどこがいいのか、私にはさっぱりわからない。
ラウダは悪い奴じゃない。いや、寧ろとても純真だ。こういう風に相手が悪意をむき出しにして来ても、いい方に考えてあげる優しさを持つ。それは人として、とても稀有な心の有り様だ。
だが、その純真さゆえに、損をしたり、馬鹿をみたり、利用されたり、客観的に見れば不幸な人生である。しかるにこのお人好しは、自身の不遇に気が付いておらず、どうやら毎日が楽しいらしい。困ったものである。
さて、それから一週間が過ぎた。
「ねぇ、ミャウダ、聞いてよ、驚きだよ!」
ラウダがその瞳をキラキラして話しかけて来る。
私はテーブルの上で、ミルクをぺろぺろと舐めている。食事中だと言うのにせかしい男だ。私は抗議の意味を込めて、テーブルを手でぺしぺしと叩いた。
「はは、ミャウダも聞きたいんだね。あのね、明日ポーラさんがこの部屋に来るんだよ、びっくりだよね」
なに! どう言う事だ? 意味がわからないぞ、訴訟でも起こされ、弁護士を連れ立ち、まずは示談の交渉か?
「実はね、今日の社食ランチで偶然一緒になったんだけど、彼女は財布を忘れていてね、僕がまとめて支払ってあげたんだ。後で返すって言うけど、困ってる女の子に奢るのは紳士の嗜みだものね」
ラウダよ、お前が覚えているその紳士の嗜みはな、歓楽街のおねぇちゃんにたかられまくったエセ紳士の負け惜しみ語録の一節だ。もう少しちゃんと勉強しろ。
普通の紳士はやたらに奢ったりはしない。正しく相手の尊厳を守り、さり気なく援助を行う。それが紳士だ。この場合は奢りと言う金を恵んであげる形式を取らず、何らかのどうでも良い対価を求め、報酬と言う形で食事代を渡すのが正しい行為だ。
「でね、結局押し問答になってね、僕がつい頑固に固辞しちゃったから、ポーラさんが、『わかりました。わたくし上級メイドもやっておりましたから、あなた様のお部屋の掃除をして差し上げますわ。これで貸し借りはなしですわよ、よろしくて?』って言ってくれたんだ」
ふむ、相手のポーラと言うお嬢さんの方が、余程理屈をわかっている。しかし、何故部屋の掃除なのだ? 随分不用心で、尚且つ大胆だな。
「僕はそれを聞いてびっくりだよ。その話が出る前にね、僕らを見てた同僚がね、僕が最近猫を飼い始めたから、部屋が散らかってるはず。だから掃除でもしてあげたら、って言ってくれたおかげだよ」
失礼な、私はジェントルマンな子猫ちゃんだ。多少の悪戯はするが部屋を散らかしたりはしない、仮に行ってても、証拠は隠滅してある。多分ばれてないはず、……だよな?
それよりも、その同僚はめざとく、そしてあざといな。恐らくラウダがポーラを好きなのがバレバレで援護射撃をしたのだろう。中々、親切な同僚だ。
すると、ラウダは急に私を抱き上げた。ミルクを飲んでいるのに、この男は! 私は右手でペシペシとすり寄って来る頬を叩いた。
「はは、ミャウダはご機嫌だね。僕も嬉しくて気絶しちゃいそうだよ、ははは」
そう言うとラウダは私を抱いたまま、くるくる回り始めた。むっ、楽しいから許してやろう、みゃあ〜。
「ミャウダちゃ〜ん、どうちてほしぃてしゅかぁ〜? ああん、もう可愛くて、可愛くて、たまりませんわ!」
今、私の目の前に怪しげな面様で、デレデレと頬を薄っすら赤く染めた女がいる。こいつがポーラだ。今にもキスをして来そうな距離にいる。私は左右の手を使い、にゃんバンチのダブルラッシュをかけて、この愚かな女を倒そうとした。
「きゃー、喜んでおりますわ! ラウダ、見ましたか、ミャウダちゃんは私が大好き見たいですよ!」
「はは、ミャウダもポーラさんに会えて、いつにも増してご機嫌みたいだ。凄く興奮してるみたい」
この馬鹿者2人は、全く私の真意に気がついていない。じくじくたる想いだ。
ダブルラッシュに疲れたので、私は一度ふにゃりと寝転んだ。すると、すぐにポーラの「いやん、可愛いですわ!」と言う声が聞こえたが、もう無視だ。
このポーラと言う女、どうにも極度の猫好きらしく、部屋に入るなり、私に全力で絡んで来た。実に変な女だ。
さらに、そもそも掃除に来たはいいが、要領が悪い。本人曰く上級メイドと言っていたが、その動きは下級メイド、しかもその見習い程度に過ぎない動きだ。明らかに見栄を張ったとしか思えない。
そこで、ラウダが見兼ねて軽く注意するが、「わたくしには、わたくしのやり方がございますの。ほっといて下さらないかしら」と聞く耳を持たず、至って頑固だ。
妙にウロウロされて邪魔くさいので、私が強く注意する為に、にゃんバンチを数発ぶちかましてやると、「か、可愛いですわ! はっ! もしかしてわかくしに、こうしろと仰ってますの?」と大人しく言う事を聞き、普通に掃除をやり始めた。中々素直でよろしい。
それから甲斐甲斐しく掃除をする姿を観察してわかったのだか、ポーラと言う女は存外根気良く真面目に仕事をこなすようだ。健気にも手を抜かないその姿勢に、私は少しだけ見直してやった。
「ポーラさん、部屋が見違える様に綺麗になったよ、ありがとう!」
「別に大した事はありませんわ。せ、その、こほん、先日はこちらこそランチを奢って頂いて、助かりましたわ。ありがとうございましたですわ」
むっ、少しだけ発情の匂いがする。
少し2人の距離が近くなった気がするな。見つめあって、お互いにもじもじしている。どうにも鬱陶しいので、私は2人ににゃんパンチをお見舞いしてやった。
それから更に1カ月が過ぎた。
ポーラが買い物袋をたくさん下げ、我が家の扉を開き、にこやかにラウダに語りかける。
「ラウダ、今日はミクリスのクリームパスタを作りますわ。お好きなのでしょう?」
「ありがとう、ポーラ。僕はポーラの作るパスタがどれもこれも大好物だよ!」
「もう、ラウダったら、わたくし嬉しくてたまりませんわ」
そう言って2人は抱き合い、私の目の前で、はしたなくもキスをしている。
全く恥知らずな事だ、慎みを持って貰いたい。
さて、あの日を境に、このポーラと言う女、ちょいちょいうちに来る様になった。
最初こそ、「わたくしはミャウダちゃんに会いに来ているのです。あなたみたいなど平民とは親しくするつもりは毛頭ございませんの。そこをしっかりとご理解して下さいませ」などとほざいていた。
だが、私が必殺にゃんパンチと新しく開発したにゃんキックを、ペシペシ、ゲシゲシとお見舞いして、プイと尻尾を振りラウダの所に行くと、泣きながら「ミャウダちゃん、い、行かないで! わたくしが間違っておりましたわ。もう差別はやめますから、こちらに戻って来て下さいませ!」と激しく狼狽え、泣きそうな顔で懇願して来た。まぁ、素直でよろしい。
それからなんとなく、2人のぎこちなさが自然と薄れててゆき、ポーラもラウダの良さに気がついたのか、2人は徐々にその距離を忘れ、いつの間にやら良い雰囲気となり、遂には付き合い始めたのだ。
「これもミャウダのおかげだよ。君は幸運の猫ちゃんだ」
そう言って、嬉しそうに私を抱いてくるくる回るラウダ。お昼寝をしたかったのだが、楽しいから許してやろう。しかし、手のかかる事だ。
私はこういう人間の生態を、とても不思議に思う。
ふとしたきっかけで、奴らはつがいとなる。本当にそのきっかけとは不思議なものだ。どんなに相性が良さそうな2人であっても、付き合わない場合もあれば、明らかに違う2人が些細なきっかけで、ここまで愛し合う事に至る
我々猫の世界では、強さこそ全てだ。それ以外の価値観は認めない。強い子孫を残す為、戦って愛を勝ち取る。仲良しとは別に、つがいとはそういものだ。
だが、人間は実にくだらない理由や、たわいの無いきっかけで、なぜか深く愛し合うのだ。今回のポーラが良い例だ。私というきっかけがなければ、2人は付き合うどころか、会話すら成立していなかった筈だ、
人間とは奇妙な生き物だ。
実に興味深い。
私はミャウダ、生後3カ月の猫ちゃんである。
★★★教えて、ミリスお嬢様!★★★ 福山典雅 @matoifujino
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