第6話 チャラチャラちゃら男のダスティ
※推奨 ★★★ミリスお嬢様には逆らえない★★★ 第8話までお読み頂けると幸いです。
「チャ〜ラ、チャラ」
俺は王都一チャラい男のダスティさ。
おねぇちゃん達が今日も眩しいねぇ。お尻をフルフルふるわせて歩く姿に思わず感謝しちゃう。
「よぉ、おねぇちゃん、俺といいことしない?」
「えーっ! あら、もうダスティさん、何を言ってるんですか?」
ははっ、振り返った女の子は知り合いだったよ、パン屋のミルキィだ。
「なんだ、お前さんかよぉ、勇気を出して声をかけたのに損したなぁ」
「あの、全然戸惑いがありませんでしたけど! もう、 そんな事ばかりして!」
「ははっ、まいったなぁ。またなぁ、チャ〜ラ、チャラ」
お叱りを受けてしまって、頭をかきながら逃げちゃう俺だ。
今日も王都は平和で天気もいい。人間はのんびり軽く生きるのが一番さ。眉間に皺を寄せて悩んだり、自分の不幸を宝物みたいに見つめたり、俺はそういのが苦手なんだ。
苦労をしてるとか、努力をしてるとか、苦しみにまみれてるとかさ、自分の都合を振り回して、他人まで道連れにして、何が楽しいんだろうね。
あんたにわかるもんか、って言われりゃあそれまでだけどさ、笑ってみなよって俺は思う。
不幸は人を小さくしちまう。
苦しみは幸福を見えなくさせちまう。
悩みは思いやりを憎しみに変えちまう。
世知辛いねぇ、おいおい、それでいいのかい、ってなもんで、抜け出せない迷宮に潜るのはおよしなよ、って俺は思う。
風は隆々元気よく、気分はたまさかテキトーで、俺はのんきに生きている。
「ちょっと、そこのお兄さん!」
ん? なんか呼び止められたぞ?
「あんたよ、あんた、ほら、ボサッとしないで、こっちを見る!」
振り返った俺の目の前には、タレ目で愛嬌のありそうな可愛いお姉ちゃんが、なんでかぷんすか怒って腕組みして睨んでた。
「やっと振り返ったわね! さぁ、私をナンパするのよ!」
「へ?」
「何度も言わせないの! 淑女に恥をかかす気? ほら、早く!」
なんだかおかしな子だな?
まぁ、取り敢えず仰る通りにするのも楽しいな。
「あーと、お姉ちゃん、俺といいことしない?」
「いやよ! 汚らわしい、あなたゴミ虫以下ね!」
あれ? なんで塩対応? まぁ、いいか。
「ははは、じゃあ、そういう事で~」
「ちょっと! 何を引き下がってるのよ、ここは頑張る所でしょ! ほら、シャンとして! もっとなんかないの?」
俺はなんだかこの子の真剣な顔がもうおかしくて、つい馬鹿笑いをしちまった。
女の子の名前はロレイン。王立魔術学院大学院の研究生。取り敢えずお茶に誘ってからこんな事をした理由を聞くと、魔術心理学の課題で「恋と魔力の相関性」をテーマに論文を書いてるらしい。
それで、通常の恋愛は面白くないから、ゆきずりの恋が如何に起こるのかをテーマに、街中に出て頃合いの奴を探してたら、いかにもチャラそうな俺が歩いて来たらしい。
「ねぇ、ところで私はちっともドキドキしないんだけど! あなた、もっとこう引き出しを持ってないの? それじゃあ、モテないわよ!」
カフェで紅茶とスイーツを頂きながら、真摯な顔でそう訴えられた。
「いや、ロレインさん、そんなに焦って恋はするもんじゃないのさ」
「何を言ってるの! 私は今週中に論文を提出しないといけないの! 一目惚れってあるでしょう、あなたに甲斐性がないから、それは勘弁してあげてるんだから感謝しなさい! そして早く私をときめかせてドキドキさせる事、これは命令です!」
参ったなぁ、このお嬢ちゃん、もう目がマジなんだから困ったもんだ。
「せっかちだなぁ、いいかい、恋は焦ってするもんじゃないさ。まぁ、のんびりしなよ」
「いやよ、 今すぐにでもどうにかして! 私、知らない男の人とこうしているだけで、とてもはしたない事だと思うの。でも勉学の為、仕方ないから我慢してるんだから! あなたこそ私の苦痛を早く取り除く為にも、もっと焦りなさい!」
はは、駄目だ、こりゃ、仕方ないな。
「わかった、わかった、そう興奮しなさんなって。これでも王都一のチャラ男のダスティさんだ。真面目に協力してやんよ」
「ホント、良かったわ! 初めからそう言いなさい。で、どう真面目に取り組んでくれる気かしら? キチンとプランを練って、より効率的に行いましょう」
「おいおい、そんな難しい事はなしってもんさ。とにかく、そのケーキを食べたら次に行こうかね」
「はっ! それはもしかしてデートって奴ね。私は一度もした事ないし、でも興味はあったのよ。あなた、やっといい感じになって来たじゃない、その調子で頑張りなさい!」
「はは、こりゃあ、どうも」
ロレインはタレ目の瞳をキラキラさせて、もぐもぐと急いでケーキを食べると、一気に紅茶を飲み干し、「さぁ、行くわよ!」って気合いを入れた。淑女の嗜みは何処かに行ったみたいだなぁ、ははは。
「じゃあロレインさん、まずはな、街ブラって奴だよ」
早速カフェを出た俺はそう言った。
「ふむふむ、これがまず最初なのね、待ち合わせって言うのにも興味はあったけど、まあいいわ。あっ、そうだ、メモしなきゃ、書き書き」
ロレインはポシェットからメモ帳を取り出して、急いで何かを書いている。真面目なお嬢さんだ。
俺がそう思ってたら、ロレインはふとメモ帳からその顔を上げた。
「あのね、ダスティ。こ、こ、こ、こういう場合は手を繋ぐって聞いた事があるわ。は、は、は、恥ずかしいけど、と、と、と、特別に握っても良くてよ」
なんか真っ赤な顔を伏せて、ロレインが俺の目の前に、その白く華奢でほっそりした手を、震えながらもそっと差し出して来た。
「はは、ロレインさん、こういのは雰囲気がそうなってからでいいんだよ。最初は一緒に歩くだけでいいのさ」
「ダメよ! 私は急いでるって言ったでしょう! いいから手を繋ぎなさい!」
湯気が出そうな程、真っ赤に興奮した顔で彼女は逆ギレ気味にムキになる。
「まあ、いいから、いいから」
俺はそう言うと、手を繋がずに彼女の背中を押して歩くのを促した。
「ちょ、ちょ、もう!」
手を繋がないものだから、ちょっと拍子抜けしたロレインは慌てて歩こうとして、思わず前につんのめりそうになった。。
「おっと、ほら、気をつけなきゃ」
俺はそう注意をして、転びそうな彼女の手を握って引っ張った。
しっかりと握られた手を見て、彼女は「あっ!」と小さく叫ぶと、顔を真っ赤にして俯いた。それからしずしずと黙って歩き始めながら、手は握ったままでぽつりと呟いた。
「……、さ、流石はチャラい遊び人だわ、こんな不意打ちで手を繋ぐなんて、……ず、ずるいわ」
「ん? じゃあ、離そうか?」
「もう、それはダメ!」
しかめっ面をして、彼女は俺の手をぎゅーっと握り返して来た。
「イタタタ、痛いよ、ロレインさん」
そうして、ふと俺達は視線があって、一瞬後に「ははは」、「ふふふ」とにこやかにお互い笑いあった。
それから俺はロレインと2人で、王都の名所やデートスポットを回った。歩くのがちょっと苦手そうなロレインの為、途中からは恋人達に今流行りのオーブン2人がけ馬車をレンタルした。
「ここが有名な戦姫アリスの噴水さ。水不足の民を救う為に、彼女が放った一撃て硬い岩盤をぶち抜いて、こうして豊かで豊富な水が手に入ったのさ」
「本で読んだ事があるけど、来たのは初めてだわ。ねぇ、ダスティ、なんで銅像の足元に硬貨が沢山置いてあるの?」
「ああ、戦姫の一撃にあやかって恋愛成就のジンクスがあるのさ。どんな相手も一発ズギュンってね」
「なるほど、そ、それはやって置く必要があるわね!」
「いやいやいや、俺達は論文用の関係だろ? 戦姫さんも困っちまうってもんだ」
「そうね、でもこういう行為の最中に感じるドキドキってあるじゃない。ねぇ、一緒にやりましょうよ、これは命令です!」
彼女は俺の手を握って引っ張り、なんと高価な金貨を捧げて祈り始め、ついでに俺にも強要する。まあ、こういうの女の子は好きだから、付き合っててやるけどね、
俺達はその後も幾つがの歴史名所を巡り、彼女はその度にとても驚き、そして凄く喜んでいた。どうも勉強ばっかりしてた箱入りお嬢さんみたいだ。
「ほら、ここは最近人気スポットで、移動販売店が沢山やって来るグルメストリートなんだ。どれも安くて美味しいよ」
俺が公園の一角から始まるこの場所を紹介すると、ロレインはその顔を何故か曇らせた。
「ううっ、どれも確かに美味しそうだし、デートのデーターを取る為にも、ここで買い食いをしなくちゃいけないわ! でも、あんまり食べ過ぎると太っちゃう!」
「ははは、そんなに食べなきゃいいじゃないか」
「いやよ、私はこういう所に来た事がないし、これからもいつ来れるかわからないの。 だからなるべく多く食べたいの!」
そうロレインは勢いよく言ったあと、「でも太るしなぁ……」と再び暗い顔で呟いた。
「仕方ないなぁ、こういう時は半分こだ!」
「半分こ? ねぇ、それって何?」
「はは、学者のお嬢様は知らないか。あのな、一つの食べ物を2人で半分づつに割って食べることさ、そうすれば食べる量が減るから太らないし、種類が多く食べれるだろ?」
「それよ、ダスティ。それでいきましょう、やったー、いっぱい食べられる!」
ロレインはそうやって喜んだ後、ふと真顔になった。
「あ、あのね、ダスティ」
「ん? なんだい、もじもじしちゃって?」
「私、『あーん』がやってみたい! ねぇ、ダメ?」
いきなりな何を言い出すやら、ついびっくりしちまった。
「うーん、俺はそういうのにあんまり興味ないなぁ、……って何を死にそうな顔してんの! わかった、わかりました、『あーん』でもなんでもやってくれ!」
「えへへ、嬉しいなぁ、ねえ、ダスティ、早く買いましょう」
そう言ってロレインは俺の腕を取って屋台に引っ張って行った。
なんか随分積極的になったもんだ、まあ、楽しんでくれてたらそれでいいんだけどね。
結局、俺達は食べきれない程の量を買いまくって、半分こじゃあとても間に合わなくない。それで仕方なく公園で遊ぶ子供達にも分けたりして、なんだか凄く喜ばれた。そんで「あーん」もやらされた。まいったもんだ。
「ねぇ、ダスティ」
ベンチに座って食後のアイスクリームを食べながら、隣に座るロレインがいやに深刻な顔を向けて来る。
「なんだい? まだなんか食べたいのかい?」
「もう、違うわよ、……あ、あのね、実はね、私は嘘をついてたの」
「へっ? 嘘?」
「うん、怒らないで聞いてくれる?」
「まあ、内容も聞いてないけど、いいさ、怒らないよ」
俺がそう言うとロレインは少しだけ首を傾け、俺の方を見て嬉しそうに微笑んだ。
「……あのね、私はね、別に今週中に論文なんか出さなくてもいいの」
「ん?」
「私の実家はこのトリスティアナ王国、4大貴族の第3席であるエルーラル家なの。私はそこの次女で大学院生って言うのは本当だけど、来月には退学して婚約するの」
ロレインは少しだけその綺麗な瞳を伏せた。
「なぁ、貴族の婚約ってのは約束ではあるけど、いつでも解消出来るんだろ? そんなに深刻になる事はないてってもんさ」
「ううん、私は結婚したくないって駄々をこねて大学院まで行っていたから、お父様が痺れを切らしてね、強引に婚約を結ぶって言うの。しかも相手は王族でこちらから断る事が出来ないの」
「へぇ~、王族かよぉ。これはまた豪気な事だな」
「ふふ、そうね、王族の仲間に入れるんだから、普通は喜んでいいんだけど、私はね、もっと自由に勉強していたいの。でも無理みたいだから、今日は護衛も全部お休みにして一人でこっそり街に出て、最後の自由を味わいたかったの」
「そうか、そういう事だったんだ」
「うん、私の最後の自由な日なの」
「で、相手は誰なんだい? 真面目で有名な第2王子かい?」
「ううん、王族は王族でも王位継承権を捨てた病弱な第1王子なの。ほとんど公の場に出ないし、多分結婚しても子供も出来ずに、不敬だけど王子はすぐに死んじゃうかも。そして私は未亡人として立場上再婚も許されずに、実家と王家を繋ぐパイプとして一生を過ごす羽目になると思うわ」
「ふ~ん、面倒臭い話だねぇ」
「うん、面倒なの」
俺はそこですくっとベンチを立って、ロレインの方に向き直り手を差し伸べた。
「えっ?」
「ロレイン、嫌なら逃げちまおうぜ。第1王子? そんなの知った事か。難しく考えるなよ、嫌なら逃げりゃあいいんだよ。俺が匿ってやるさ!」
俺がニッコリ笑ってそう言った。
そいてロレインも微笑んで立ち上がり、俺の顔をじっと見つめた。
「……ダスティ、ありがとう」
そう言うと、彼女の手がするりと伸びて、俺の肩から首にかかるとぎゅと抱き着いて来た。そして……。
キスをした!
俺はびっくりして固まっちまった。
ロレインは抱き着いた手をそのまま背中に回し、俺の胸に気持ち良さそうに顔を深く埋めた。
「えへへ、キスしちゃった」
嬉しそうな声が俺の胸元から聞こえる。
彼女はとてもいい匂いがして、安らぎ癒すような温かさを俺にくれた。
「こ、これはね、まだ婚約前だから浮気じゃないよね。あのね、ダスティ、これは私のファーストキスなの。ダスティは私の、は、は、は、初恋なんだからね! いきなりだけど、本当なんだから、信じて、お願い!」
「ははは、信じるよ、ロレイン」
俺はそっと彼女の背中に腕を回し、ぎゅと抱きしめ返した。
「ふふふ、気持ちいい、好きな人の胸って、とても気持ちいいものなのね」
「ロレインはとっても柔らかいよ」
「むっ、誰かと比べたりしてないよね!」
顔をあげて睨む彼女のたれ目が、俺にはとても愛おしく感じられた。
「してないよ。ロレイン」
俺がそう言うと、再び彼女は安心して胸の中で頭をぐりぐり回した。
「ダスティ、ありがとう、あなたに会えて良かった」
そう言うなり、ロレインはそっと俺から離れた。
そしてその愛嬌のある可愛らしいたれ目でジッと俺を正面から見つめる。
「今日はありがとう、凄く、凄く、楽しかった。これは私の一生の宝物! 出会えたのがダスティで良かった、忘れないからね!」
一気にそう言うとニッコリ微笑んで、ロレインは駈け出して、そして一旦止まると振り返り、にっこり微笑んで俺には聞こえない声で何事かを呟いた。
でも俺にはわかった。
「私はダスティが好きです」
確かに彼女はそう言った。
俺はにっこりしたまま、ただ立ち尽くしていた。
あ~あ、やられちゃった。
ロレイン、いい子だったなぁ。
ここで追いかけるのはなんかカッコ悪よなぁ。俺は初恋の人らしいから、綺麗な思い出にしてやんないといけないんだ。
暫くの間、俺はぼんやりと空を見上げて、それからなんとなく頭をかく。
チャラい俺には上等なお別れだったな、ははは。
そんな俺の背後で足音がした。
「ダスティグ様」
振り返ると王国騎士団団長のリグネットが珍しく平民の恰好をして控えていた。
「リグネットか、久しいな、元気かい?」
「はっ! ダスティグ様もご壮健そうで何よりでございます」
「まだ婚約パーティまでは時間があるだろ? 俺は自由にしときたいんだけどなぁ」
「はっ! 先程偶然にもその婚約者様になられるご予定のロレイン様とご一緒におられるのをお見受けしたので、こうして現れた次第でございます」
「ああ、あの子とは偶然街で出会ったんだ。不思議なもんだね、これも縁ってやつなのかね」
「御意でございます」
「まあ、来月の婚約パーティは、ばっくれるつもりだったけど、父上に気が変わった、必ず出席すると伝えておいてくれよ」
「はっ!」
俺はトリスティアナ王国。第1王子、ダスティグ・エル・トリスティアナ。病弱なんて嘘をついて、堅苦しい王族の職務や継承権も全部放棄して、毎日遊び歩くちゃらい男さ。まあ、影では可愛い弟の為に軍部をまとめてはいるけどね。
でも、俺は気楽な遊び人で、王都一チャラい男のダスティさ。
「チャ〜ラ、チャラ」
俺はそう言って、もう一度空を見上げた。
どこまでも伸びやかな紺碧の空を、のどかに雲がゆっくりと流れていた。
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