第5話 流浪の剣士 ヴァン

 ※推奨 ★★★ミリスお嬢様には逆らえない★★★ 第10話までお読み頂けると幸いです。



 俺の名はヴァン、18歳。


 剣に生涯を捧げ、武者修行の為に諸国を回っている。


 旅路の果てで屍になろうと一切の悔いはない。我が魂は乾坤の境地を目指し、ただ己が剣の為に燃やし尽くすのみ。そして、俺は遂に王都へ到着し、早速故郷の姉に手紙を書いた。




 拝啓 姉様


 姉ちゃん、王都はすげぇぞ。人の数が桁違いに多いし、建物も想像以上にでっけぇんだ。王城なんかもう神さまが住むんじゃないかってぐらいに神々しくてさ、思わず拝んじゃったよ。


 そうそう、拝むって言ったらさ、ちゃんと教会にも行って来たかんな。村の豊作とみんなの健康祈願の加護をお願いしたから、えっへん、ちゃんとしてるだろ? さあ、いよいよ剣術の本場に来たし、大きな道場に行ってくるよ、俺だって田舎じゃあ免許皆伝だし、なんとかなるさ、でも、ちょっとこわいかも……。だってさ、みんなお洒落だし、俺、先に床屋に行ってこようかって悩んでんるよぉ。


 姉ちゃん、みんなに宜しくな、後、馬の甚太と牛のゴンベェ、ニワトリのコケの介にも宜しくな、あー、世話したいなぁ、じゃ、またね。


                 都会の水でお腹を壊さないか心配のヴァン



 俺はヴァン、孤高で流浪で割と田舎の剣士だ。


 剣に生涯を捧げ、剣に生きる、俺は剣の鬼だ、修羅だ、そして農耕牧畜もかなり好きだ!


 さて、宿屋で手紙を書いた俺は、早速この大都会に繰り出し、超有名な名門・光聖神流の道場を目指す事にした。この国を代表する大剣術道場だからな、まずはそこに行かなきゃ始まらない!


「で、ここはどこ? いや、もう、マジで道がわからないんですけど!」


 俺はしっかりと地図を持っている。だが既に現在地は不明であり、地図は何の意味も持たない紙切れと化している。


 大都会の雑踏と喧噪。はっきり言おう、一本道以上ルートが多いのはやめてくれ。これが都会で味わう孤独って奴なのか、恐ろしい所だ。とにかく正しい道を探さなくてはいけない。


「あ、あの、すいません、……、はうっ! あっ。いや、なんでもないです……、ごめんなさい、はい、すいません」


 つい路上を歩く美しい女性に道を聞こうと話しかけたら、殺されそうな勢いで睨まれた。


 ナンパと勘違いされたのだろうか、こええよ。しかも都会の女の人は化粧もばっちりで綺麗だから、睨まれるとすげぇ堪える。精神的ダメージがかなり来た。姉ちゃん、助けて。


 そして、誰も当てに出来ないと悟った俺は、広がる雑踏の中をあてどなく数時間程彷徨った。田舎者にこれはキツイ。絶望的な精神の疲労を極め、すっかりネガティブになった俺が遺書の準備を検討し始めていた矢先、その神々しい建物に遂に巡り合えた。


「はぁ、はぁ、ここか、ここでいいのか? 看板に光聖神流鏡明派って書いてあるけど、とにかく入ってみよう」


 俺がきょろきょろと不審に確認して道場の門をくぐろうとした瞬間だった。


「ちょ、待つっす!」


 背後から、いきなり声を掛けられた。


「今日は道場の中で稽古をしない日っす!」


 振り返るとその人は恐ろしいまでの真剣な眼差しで、俺にぐいっと迫って来る。


 見ると腰から剣を下げている。恐らくここの道場生の一人なのだろう。ただし、かなり気になるのだが、額に「リナたん♡LOVE♡」と白文字で書かれた真赤な長いハチマキをして、首からも同じロゴが入った真赤なタオルをぶら下げている。


 その上、同じロゴがでかでかと大きく書き込まれ、美しい女性の画像が貼られた紫色のテカテカする大きなハッピを着こんでいた。さらに背中には体にクロスして括りつけられた2つの旗を立てている。そこに書かれている言葉はやはり「リナたん♡LOVE♡」。ついでに手には同じロゴが入った団扇まで持っていた。




 お変態?




 俺は田舎で都会の不穏な噂話を聞いた事がある。


 それは、好きになった女の子を想うあまり「すとーかー」、という種族に変態してしまう病があるらしい。きっとこの妙な風体は「リナたん」なる人物を好き過ぎて「すとーかー」になってしまったお変態さんに間違いない、きっとそうだ。


 俺は焦った。軽く脇汗をかいた。剣の稽古はして来ても、お変態への対処方法は教えて貰ってない、通報した方がいいのだろうか?


「新人さんすか? とにかくこっちに来るっす!」


 お変態さんは戸惑う俺の手を引き、グイグイと道場の裏手に進んで行った。


 俺は戸惑うばかりだった。下手に刺激して全裸とかになられても嫌だし、まさかいきなりいかがわしい場所に連れて行かれるのか? いや、マジで勘弁、俺は男なんですけど!

 

 すると連れて行かれた場所は、この道場の裏手にある広い空き地だった。


 だが、そこで俺は驚くべきモノをこの目で見た。


 それは、凄まじい剣気を放つ大勢の猛者達。様々な年齢、様々な体格、様々な人相、ただし一見して普通の人間では持ち得ない、恐ろしく鍛えあげられた骨格と身のこなしを有する人達。


 ここにいる全員は間違いなく剣士であり、しかも相当の練度を積んでいる。俺にはわかる。そんな凄まじい剣気を放つ猛者達が驚く事に百人以上いた。




 ただし、全員がお揃いのハチマキとハッピを着ている。




 これは、圧倒的なお変態フェスティバル?


 すると、俺の手を引くお変態さんが「さぁ、君もこれを着るっす!」、と言って同じハチマキとハッピを差し出して来た。


 俺はお変態の仲間と認知されていたのか! ある意味なんとなく否定出来ないのが悔しい!


 つまり、ここは剣術道場ではなく「すとーかー」さん達が集うお変態道場だった! すげぇぜ、都会って。お変態にも道場があるんだ。


 俺は迂闊に刺激を与え、この人数が半狂乱して襲って来たら、何をされるかわかったもんじゃないと恐怖した。ここは大人しくお変態さんの言う通りにするしかないと覚悟を決めた。


 ハチマキを締め、ハッピを装着した俺に対し、お変態さんは「うん、似合うっす! じゃあ、最後にこれをあげるっす!」と言って黄色く輝く短刀を2本渡してくれる。


「魔道キングブレードっす! いいっすか、後で使うからしっかり持っておくっす!」


 魔剣の一種だろうか? 


 最早、謎以外の何ものでもないお変態さん集団。俺は自尊心を捨て、今を生きようと決めた。諦めたとも言う。


 するとお変態さんは全員の前に行き、果物をいれる貧乏くさい木箱の上に立つと大声で叫んだ。


「じゃあ、通して練習するっす! 師匠、声掛けの指導お願いするっす!」


 そう言うと、尋常ではないひと際オーラの大きいおじさんが前に出て来て、凄まじい眼光で全員を睨んだ。


「気合いれろよぉ、お前らぁあああ、いいかぁああ!」


 天蓋すらも叩き割りそうな恫喝的な闘気を放つ声を聞き、その場にいる全員がビシッと応えた。


「うおぉぉっぉおおおおおおおおおおおおおっす、リナたん!」


「よおしっし、いい気合いだ!」


 多分「押す、リナたん」と言っているのだろうか? 俺は暫し唖然とし、ぽかんと呆気にとられた。


 するとお変態さんは、もう一人の近くにいた同じくえげつない程の強烈な剣気を放つおじさんにも声をかけた。


「館長には振付のチェックと指導をお願いするっす!」


「うむ、任せるがよいのだ!」


 その館長と呼ばれた強烈な剣気を放つおじさんは、全員の前に立つといきなり激しく踊り狂い始めた。


「いいか、よく見ろ! ここ間違いやすいからな、こう、で、こうで、こうだぁああああ!」


「うおぉぉっぉおおおおおおおおおおおおおっす、リナたん!」


 全員が腹の底から声を出し、怒号とも言える激しさで地が揺れる様だ。と言うか近所迷惑じゃないだろうか? 俺だったらこんな隣人は嫌だ。


 そして、お変態さんが再びみんなに向けて声をかけた。


「じゃあ、音楽に合わせて最初から通しでやってみるっす! いいっすか、全員真剣にやるっすよ!」


「うおぉぉっぉおおおおおおおおおおおおおっす、リナたん!」


 狂気すら感じるその激情は大波の如く場を支配し、俺には彼らの目的が全くわからない。ただ己が運命を考え、途方に暮れて立ちすくむだけだ。


 俺はここで何に巻き込まれてしまったのだろうか!







 あれから4時間程時間が過ぎた。


 陽は陰り周囲はすっかり闇に覆われている。だがここだけは魔道灯により煌々と照らし出され、光に群がる蛾の集団の様に、彼らはずっと踊り狂っていた。


 そして……。


「いいぞ、ヴァン、お前の声には魂がある! 筋がいいどころじゃない、惚れ惚れするぞ!」


「ありがとうございます!」


 お変態さんが師匠と呼ぶおじさんは、俺の声出しに最大限の賛辞を送った。


 続いて、お変態さんが館長と呼ぶおじさんが俺の踊りを褒め讃える。


「そうだ、うまいぞ、わしが見込んだ男だけある! お前は才能の塊だぞ、ヴァン!」


「ありがとうございます!」



 あれから4時間、俺は両手に魔道キングブレードを固く握り締め、全く意味のわからない音楽と踊りをさせられる羽目になった。


 最初は当然右も左もわからなかった。だから師匠さんと館長さんから、集中的に指導を受ける事となった。だが、人間為せば成る。


 懸命に踊り続けた俺は彼らのダンスを完璧に会得し、さらにその先の「魂を込めたダンス」すらも全力で出来るようになっていた。


 俺は努力をしたうえで、もう一歩と考える男だ。そしてさらにまたもう一歩、この苦しさとやりがいこそが、真の努力だと思っている。


 最初は俺の姿に呆れていたいた連中も、次第に強く熱狂し始め、遂には一緒に楽しく踊りまくった。そして今ではカリスマ的に尊敬の眼差しを受けている。俺はこの短期間で、確実な己の成長を実感出来ていた。


 楽しい、途方もない充実感だ、俺の道はこれだったのかも知れない。


 俺は夢中で踊り、叫び、己の魂を無限に解放した。


「お疲れっす、ヴァン! 凄まじい成長っす、凄い動きっす、もうヴァンなしでは俺達は考えられないレベルっす!」


 お変態さんことトラビスさんも、手放しで俺を褒めてくれる。


「これは、その褒美っす。絶対に受け取って欲しいっす!」


 そう言うとお変態のトラビスさんは、俺に美しい長めの真っ赤な鉢巻きを恭し差し出して来た。


「トラビスさん、こ、これは?」


「今からヴァンは我らがオタダンスチーム『リナたんたん』の、一番隊親衛隊長っす! 団長の俺の次に偉いっす」


「ト、トラビスさん、お、俺、なんて言ったらいいか……」


 認められた、俺の努力が認められた、人に認められるのがこんなにも嬉しいと言うのを、生まれて初めて知った気がする。


 俺は感動のあまり、両肩を怒らせ、目頭が自然と熱くなり、全身を震えさせると、とめどもなく熱い涙が溢れて来るのがわかった。


「泣かなくていいっす! 全部、ヴァンの努力が凄かったからっす!、誇ってくれっす、胸を張ってくれっす、そして笑って欲しいっす!」


 そう言いながらも同じく声を震わせ、涙ぐむトラビスさんに俺は抱き着いた。


「トラビスさん!」


「ヴァン、頑張ったっす!」


 すると周囲を囲う仲間から、祝福する様に励ましの声が一斉に湧き上がった。


「うおぉぉっぉおおおおおおおおおおおおおっす、リナたん!、うおぉぉっぉおおおおおおおおおおおおおっす、リナたん!、うおぉぉっぉおおおおおおおおおおおおおっす、リナたん!」


 俺は降り注ぐ大声援の中、努力って大事だ、頑張るって素晴らしい、そう胸に深く刻み込んで大声で男泣きをしていた。






 その後、彼らが「リナたん」という女の子が、所用で出かけていた王城から道場に戻って来るのが見えた。


 今日はその女の子の誕生日らしい。


 俺達は次の瞬間、隠れていた道場や道端から飛び出し、王都の広い石畳の道路に綺麗に整列した。次の瞬間、魔道巨大スピーカーから俺達が練習していたトラビスさんのオリジナル曲、「リナたん♡きらりん☆ラブミサイル!」という曲が流れ出す。


 俺達はそれに合わせ「リナたん」の笑顔の為に、彼女に喜んでもらう為に、死に物狂いで、全力で踊った、全力で叫んだ。


 辛く、しかし楽しかった練習が走馬灯の様に頭をよぎり、仲間達との熱い絆を感じる。今こそ全ての成果を存分に発揮しよう。トラビスさんも、師匠さんも、館長さんも、仲間も、そして俺も、その魂のオタダンスを持てる限りの全ての力を持ってして、無我夢中で踊りまくった。




 そして、全員正座をさせられ説教された。





 後で聞いた話だが、師匠さんはあの有名な「元剣聖」様、館長さんはその弟で名門「光聖神流、14派のひとつ鏡明派」の代表を務める大剣豪、さらにお変態のトラビスさんは途轍もない才能で先日代替わりした「新剣聖」様だった。


 リナたんさんは、そのトラビスさんの恋人で、有名な女流剣士「剣鬼リナ」様で、説教される時は超怖かった。


 そんで俺はオタダンスの腕が認められ、光聖神流に弟子入りを許可され、今日もみんなにダンスの指導をしている。


 俺は田舎に送る手紙にこう書いた。


 『姉ちゃん、オタダンスは最高だぜ!』 


 だけど、返事はなんか怒ってた、あれ?


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