第26話 君のとなりを

 ガタガタと揺らされながら、俺は窓の外を眺めていた。


 窓といってもガラスはなく、風も砂埃も入り放題の筒抜けの簡易的な造りの窓だ。風に当たりながら、短髪にした自分の前髪を少し触る。

 こんなに短くしたのはいつ以来だろうか、やはりまだ違和感が残っている。


 そして、俺の左側の窓側席には制服姿のユアが静かな寝息をたてながら俺にもたれかかり、眠っていた。

 俺も制服姿ではあるが、包帯を巻くのに邪魔だったため上着は家に置いてきた。そのため、学校指定の半袖の黒シャツと黒ズボンという姿で俺は今、ここに座っている。


 俺が目覚めてから、一カ月近くの時が流れた。俺たちは今、東王国南西付近の〝ある場所〟へと向かっている。


 都市パルクレイアから馬車を乗り継いで移動を開始してからしばらく経つが、もうすぐ目的地に着くはずだ。

 俺が目覚めたあの日、屋上でギンジと話を終えて病室に戻ろうとしたところに、ユアとエリーナが屋上の扉を勢い良く開けて俺の姿を見るや否や泣きながら飛びつかれた。


 話を聞くと、エリーナが偶然起きたそうだが、そのときベッドを確認すると俺がいなくなっていることが発覚し、ユアを起こして大慌てで捜索が開始されたそうだ。

 まさか、病棟内に泊まっていた医療従事者が深夜に全員俺を探すという大事になっていようとは、思ってもいなかった。


 後日、病棟に入院していた患者には一人一人謝って回ったが、入院患者数が少なかったことがせめてもの救いだ。


 それから俺が眠っていた一週間と目覚めてからパルクレイアを旅立つまでの間に、今回の事件の進展もあったらしい。


 悪魔の契約書という禁忌物の悪意のある使用。そして、悪魔の封印が解かれ、復活してしまったことにより魔剣術使犯罪対策組織委員会が北帝国に監視の目を向けた。

 四大国に跨ぐ中立的な大組織に目をつけられたことにより、大規模捜索が行われた結果、一連の事件の首謀者が北帝国軍少将・ワーモルトであったことが判明。

 彼は剣議会に審議を掛けられ、判決が下される方針となっている。


 そして、もう一つの問題は悪魔を倒してしまった俺なのだが、悪魔討伐という名誉ある功績に免じ、アーガスの継承権を使用した件については今後の監視下で厳格に対処するとのことだ。


 一方、南共和国に犯罪集団討伐目的で向かった二十名も苦戦を強いられていたようだが、魔剣術使犯罪対策組織委員会の救援部隊が駆け付けたことにより、一人も取り逃がすことなく無事に確保まで至った。

 負傷者は出たが、幸い重傷者なしという形で誰一人欠けることなく帰還報告を受けたときの俺たちの安堵感は計り知れない。


 そんなことがあったにも関わらず、俺が目を覚ました後日にヴァルトは泣きながら俺を抱きしめてきた。

 ああ見えても人一倍、情に厚い奴だということを俺はよく知っている。

 他の皆もちらほらと、なんだかんだで四学年の全員がお見舞いに来てくれていたのは、やはり嬉しいものだ。


 そして、俺の今後について。

 剣術祭終了後、俺が倒れた姿を実際に観客席で目撃した北帝国の者たちが俺の死亡説を吹聴しているらしい。理事長がこれを利用しない手はないと、東都剣術大学校の退学を俺に勧めて代わりに就職先を手配してくれた。


 みんなと一緒に卒業できないのは少し寂しいが、元特殊暗殺部隊であることに加えて悪魔を倒した事実が公になりつつある今の俺には、理事長の提案に乗ってこのまま雲隠れするのが一番いいという判断だ。


 理事長は前に俺とユアが行った美術館〝魔の館〟の館長も兼任しているらしく、そこの裏方で働くなら目立つこともなくパルクレイアに残れると提案されたが、その提案を俺は飲むことができずに丁重にお断りさせてもらった。

 俺はどんな形であれ、これから先も剣術に携わって生きていきたい。そんなわがままを聞き入れ、条件を満たす就職先を探し回ってくれた。迷惑をかけることは分かってはいたが、どうしても剣術を捨てることだけはできなかった。


 なぜなら、俺にとって剣術は涼火が遺してくれた唯一のものなのだから。


 東王国の東端、世界の東端とも呼ばれる辺境区域に小さな剣術訓練学校がある。

 理事長の話によると、そこは田舎すぎて生徒も教官も常に人数不足のため、ぜひとも俺を特別教官として雇いたいらしい。

 こんな俺でも剣術に携われる仕事があるのなら、贅沢は言わない。


 それに、人目につかない場所は俺にとって好都合だ。ユアも学校を辞めて俺について行くと言い出したが、流石にそれは俺が止めた。


 もちろん、ユアと離れるのは俺だって寂しい。


 それでもユアには、俺の分も東都剣術大学校をちゃんと卒業してほしい。

 その思いを伝えると、ユアは渋々了承してくれた。

 それに、東都剣術大学校の卒業後に担当する区域は総合成績順に選ぶことができる。本来なら東端の辺境区域など不人気で余りものだが、ユアは迷いなく既に決めてくれているようだ。

 ユアが学校を卒業したあとは、一緒に暮らすことを約束している。


 それから、今回の騒動についての会合が各国の代表者たちによって近々行われるらしい。

 また、一波乱ありそうな予感だ。


「一先ずは、綺麗に纏まったか」


 俺は理事長に提出を求められた報告書を書き終え、筆をおく。







 そんな日々を過ごしながら、ようやく退院を迎えた俺とユアは馬車に乗っている。


「ユア、そろそろ着くぞ」

「・・・・・・んーっ、もうちょっとだけぇ」


 ユアの寝ぼけながらの返事。

 俺は止むを得ず、到着するまで寝かせてあげることを決めた。


 俺たちはラルディオスとサヤ、二人との合流地点である集落に向かっているのだが、その前に場所が丁度近いという理由で涼火たちの墓場による予定だ。


 なぜ、墓場が西公国ではなく東王国にあるのか。

 その昔、涼火に助けられたという庭園の管理人が『ぜひ涼火さんのお仲間さんたちも一緒に私の庭園をお墓代わりにしてください』なんていうものだから、有難く利用させてもらっているという訳だ。

 涼火はともかく、他のみんなは身寄りのない人達ばかりだったから本当に助かっている。


 実を言うと、俺は手紙のやり取りのみでその場に直接出向いたことがない。


 今までは、どんな顔をして涼火たちの墓参りに行けばいいのか分からない後ろめたさがあった。

 でも、もう迷うことなどない。

 どの道、いつかは行かなければならないと考えていた。


 彼女たちに今の自分を見せなければ、俺は本当の意味で前に進むことはできない。







 馬車が目的地に到着し、ユアを起こして俺たちは下車する。


「ん~、よく寝たぁ~」

 ユアが気持ち良さそうに伸びをする。


 少し寝すぎな気もするけど・・・・・・まぁ、いいか。

 俺は苦笑しつつ立てられた看板に目を移し、方角を確認する。

 右へ進めばラルディオスたちとの合流予定地、左に進めば涼火たちのお墓がある庭園だ。


「そういえば、エリーナたちはもう合流地点にいるのよね?」

「ああ、二人とも喧嘩してなきゃいいけど」


 エリーナとギンジは、俺たちより先にパルクレイアを出ている。

 エリーナはせっかく休暇日をもらったのだから美味しいものが食べたいらしく、集落の名物目当てだそうだ。ギンジは集落で過去に起こった事件などの聞き込みがしたいらしく、目的地が被った二人は理事長の命令で一緒に行くことになった。


 今回の騒動があったばかりで、何が起こるか分からない。一人では対処しきれない事件などに巻き込まれる危険性を考慮すれば、仕方のないことだろう。


「じゃあ、行きましょうか」


 ユアの右手が俺の左手と絡み合い、手を繋ぐ。

 今だに慣れずに、ドキドキしてしまう。


 俺たちが庭園に向かって歩き出して暫くすると、丘の上から見渡したその場所は庭園というよりはお花畑・・・・・・いや、楽園といっても差し支えないほどに綺麗な、絶景が広がっていた。


「わぁっ、すっごく綺麗ね! 素敵な場所だわ!」


 ユアの言う通り、本当に綺麗だ。まるでこの世に存在するすべての色を使っているんじゃないかと思うほど色んな花が咲き誇り、その中心に墓石が建てられている。


「ユア。分かってると思うけど、遊びに来たわけじゃないんだからな」

「そ、そんなこと分かってるわよ! 子ども扱いしないでよねっ」


 ユアは頬を膨らませながら、豊かな表情を見せてくる。

 彼女と来れて良かった。俺一人だったら、今よりも気分がずっと沈んでいたかもしれない。


「・・・・・・こんなところにお墓を立ててもらえて、みんな喜んでるだろうな」

「・・・・・・きっと、喜んでるわよ」


 俺たちは、咲き誇った多種に渡る花に囲まれた道を手を繋ぎながら歩き進める。


「そういえば、さ」

「ん?」


 ユアが少し頬を染めながら、口を開いた。


「わたしの・・・・・・どこを好きになってくれたの?」

「ど、どこって・・・・・・恥ずかしいな」


 俺の濁した返事が気に食わなかったのか、ユアはむくれた表情で睨む。


「だ、だって! わたしはユウガの好きなところ、たくさん言ったのに。なんだか、不公平だわ」

「そ、そんなこと言われてもなぁ。たくさんあるけど・・・・・・」


 確かに、不公平と言われればその通りなのかもしれない。

 でも、改めて言われるとすごく恥ずかしい。


 しかし、何か言わなければ納得してくれなさそうな気もする。


「ここなら、わたしたちしか居ないんだしいいじゃない。それとも何? お墓の前で言いたいの?」

「えぇ・・・・・・」


 流石に、それは恥ずかしい。

 意を決し、俺は大人しく応えることにした。


「せ、積極的なところとか・・・・・・あと、普段はクールでカッコいいのに、俺の前では可愛い一面を見せてくれるとことか。あと────」

「もっ、もういいわ!」


 ユアの顔を覗くと、耳まで真っ赤にして赤面していた。

 それが、なんだかとても可愛らしくて。


「はははっ」

「も~、何よぉ」


 笑う俺につられたのか、ユアも笑みを浮かべながら、歩き続けてようやく墓石の前にたどり着いた。


「さてと」


 俺は背負っていた荷物入れ用の袋を降ろし、中から酒瓶を取り出す。


「お酒・・・・・・? それ、どうするの?」


 俺は片手で蓋を外し、墓石に上から酒をかけた。


「へぇー、お墓にお酒をかけるのが作法なの? わたし、お墓参りに来たのこれが初めてだから知らなかったわ」

「いや、本当はかけちゃいけなかったと思う。酒に含まれた成分で墓石が変色するとかなんとかで」

「え、えぇっ!?」


 ユアが驚きながら、あたふたする。


「でも、みんな好きだったからさ。俺が来たときぐらいしか、酒なんて浴びれないだろうし」

「・・・・・・そう。優しいのね」


 ユアが少し微笑む。


 よし、なんとかごまかせたみたいだ。

 無理やりちょっといい感じの話にもっていったが、多分これはバレたら庭園の管理人さんに怒られるな。

 あとで事情を説明して洗い流しておくよう、お願いしておこう。


 そんな情けないことを考えつつも、俺は空き瓶をしまい込み墓石に背を向けた。


「え? もう行っちゃうの?」

「そのつもりだけど・・・・・・ユアは涼火たちに言っておくことあるか?」


 俺が冗談半分でそう言うと、ユアは少し緊張した面持ちで墓石の前に立つ。


「りょ、涼火さん、お久しぶりです。ユウガのお仲間の皆さんは初めまして。わたしはユ・・・・・・花園結愛はなぞのゆあと言います。ゆ、ユウガとお付き合いさせてもらってます!」


 少し固い気もするが、ユアの一生懸命さが伝わってくる。


 みんな、墓石の前でニヤニヤしながらこの光景を見てるんだろうか・・・・・・。


 昔、よく悪ふざけしあった光景が俺の脳裏に呼び起こされる。


 ────懐かしいな。


「わたし・・・・・・頑張ります。涼火さんの代わりに、わたし・・・・・・」

「代わりなんかじゃないよ」

「え?」


 俺が思わず口を挟む。

 でも、今のは撤回しておかなければならない。


「代わりなんかじゃない」


 ユアの右隣に立ち、手を繋いだ。

 目を瞑って涼火が昔、言っていたことを思い出す。


優雅ゆうが・・・・・・強い人間ってのは、自分にとって一番大切なものを知ってる奴のことだ。それがなんなのか、お前も一生懸命探して見つけてみろ。これは私からの人生の課題だ』


「・・・・・・涼火、俺も見つけたぞ」

「えっ、なになに? 今のどういう意味?」

「さぁ、なんでしょう。あははっ」

「えーっ、教えてよ!」


「あ! いたいた! お~い!」


 俺たちがそんなやり取りをしていると、丘の上からエリーナの声が聞こえてきた。

 隣にはギンジもいる。


「おい、お前ら! そろそろ時間だぞ!」

「早くしないと、ラルディオスたち来ちゃうわよ! 急いで!」


 ギンジとエリーナが、俺たちに呼びかける。


「わかってるってば! ほら、行きましょう。ユウガっ」


 ユアが俺の手を引っ張り、駆け出した。


 振り替えることなく、俺は手の引かれるまま進む。


 ────涼火。俺、もう行くよ。


 もう迷わない、もう立ち止まらない。


 だって、あのとき背中を押してくれたから。


 これからも、彼女の隣りを歩いて行きたいから────




 この先も、ずっと──────





          剣術の極意 黒の章(終)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣術の極意 左狐 宇景 @ukei_sako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ