第54話

 栗山が僕を連れてやって来たのは、幼い頃から佐川とよく遊んでいたという、それほど大きくはない公園だった。

 ベンチに並んで座り、コンビニで買ったサンドイッチと総菜パンを食べながら、栗山は佐川との思い出を、僕は諒馬と別れた昨日の出来事を話した。

「付き合うの? 長内と」

 栗山は総菜パンの袋を入れたビニール袋の取っ手を結ぶと、僕がこれから会うことになっている人の名前を初めて口に出した。僕は小さく唸ってから、コーヒーのペットボトルを口へ運んだ。

「決めてないのに、来たのか」

「まぁ、でも、会う約束はしてたし……」

「じゃあ……、まだ間に合うってことか」

「えっ、何が?」

「俺さぁ、濱本のことが好きだったんだ。過去形だったんだけど、また、現在進行形になってる」

 宙を見つめていた視線を僕の方に向け、栗山は続けた。

「俺、濱本のことが好きだ」

 僕が言葉を返せなかったため、しばらくの間、栗山とただ見つめ合うことになってしまった。

「あれっ、驚いてる?」

「そりゃあ、だって……、栗山は、佐川のことが好きだったんじゃ……」

「あぁ、まぁ、佐川に似てる男と付き合ってたわけだし、そういう気持ちがなかった、っていうのは嘘になるけど……、高校生のときに好きだったのは、濱本だから」

「あぁ、そうだったんだ……」

「濱本は俺のこと好きなんじゃないか、って思ってたんだけど、違うの?」

「いや、それは……」

「佐川の家で合宿した日の夜、俺に……キスしようとしなかった?」

 そのときの光景が頭に蘇ってきて、僕は目を伏せた。

「あの夜、俺も同じことを考えてて、濱本が眠るのを待ってたんだけど……、濱本が近付いてきたから、俺は寝たふりをしたんだよ」

「でも、顔を覗き込んで、指でそっと唇に触れるのが精一杯で、それ以上の勇気は出せなかった」

「あの後、一時間くらい経ってから、俺も同じことしたんだよ」

「えっ、そうなの?」

「じゃあ、本当に眠ってたんだな」

「全然気付かなかった」

「俺も、濱本の顔を覗き込んで、指でそっと唇に触れるのが精一杯で、それ以上の勇気は出せなかった。やっぱり、男を好きになる人間だってことを、自分で認めるのが怖かったんだ」

 栗山の言葉には、どこか悔いるような気持ちが感じられた。

「もし、どっちかがそれ以上の勇気を出してたら、俺たち、どうなってたんだろうな」

「どうなってたのかなぁ……?」

「でも、どっちも勇気を出せなかったから、今こうしていられるのかな、とも思う」

「そうなのかな……」

「返事は……、長内に会った後でいいよ。長内が先に告白してるんだから、そこは順番通りにしないとな」

「うん、分かった」

「じゃあ、ちょっと早くなるけど、そろそろ行くか」

 それぞれの腕時計で時間を確認すると、僕たちはまだコーヒーが残っているペットボトルとビニール袋を手にし、ベンチから立ち上がった。

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