第53話
翌日、特急電車と普通電車を乗り継ぎ、僕は故郷へやって来た。
実家に寄ることもない、日帰りの予定だったので、光輝以外の家族には話しておらず、他に知っているのは栗山だけだった。
駅の建物から出ると、クラクションの音が聞こえてきた。僕が視線を向けた先には、正月の初詣で乗せてもらったことがある、栗山の車が停まっていた。
「歩いてくのか?」
僕が運転席のドアの前に立つと、開けた窓から栗山が聞いてきた。
「まぁ……、そのつもりではいたけど、何となく、来てくれるんじゃないかな、っていう気もしてた」
「そのつもりで、俺に教えたんだろ」
「そういうわけじゃないけど」
「どうだかな。でも、わざわざ車を出した意味がなくなるから、乗ってくれないとな」
「ありがとう」
僕は助手席の方へ回り、車に乗り込んだ。
「一時だったよな?」
「あぁ、それなんだけど、二時半に変更になったんだ」
「えっ、そうなの?」
「欠勤の人が出て、一時間半残業しなきゃならなくなったみたい」
「じゃあ、今から行ってもしょうがない、ってことか……」
「そうだね……」
「昼めしは食べた?」
「いや、まだ」
「昼めしがてら、ドライブでもするか」
「えっ、いいの?」
「一時間半も待ちぼうけになるのに、さっさと送って、じゃあな、ってわけにはいかないだろ」
栗山は笑い混じりに言うと、エンジンキーを回した。
「どっか行きたい店ある?」
「あぁ……、栗山に任せるよ。栗山が行きたいと思った店でいい……じゃなくて、栗山が行きたいと思った店がいい」
「何だよ、恋人みたいなこと言って」
「えっ、そう?」
「前に話した会社の女の子」
「あぁ、二月に二人だけで食事に行ったんだよね?」
「二人だけ、を強調するなよ」
「だって、事実だし」
「前も言ったけど、俺が仕事でミスったのをナイスフォローしてくれた、そのお礼であって、全く他意はないから」
「でも、その子にしたら、好きな男とのデートでしょ」
「そう勝手に都合のいい解釈をした子が、さっきの濱本と同じようなことを言ってたんだよ」
「えっ、栗山さんが行きたいと思ったお店がいいです、って?」
「そう」
「そうなんだ」
「まぁ、俺に決めてほしい、っていう気持ちも分からなくはないけど、ある意味、質問返しされるのもさぁ……」
「そのときは、栗山が決めたの?」
「俺がよく行く店を三つ挙げて、そこから選んでもらった」
「再質問返しか」
「あくまでも、その子へのお礼なんだし、その子の希望を全く汲まないのもどうかと思ったんだよ」
「なるほどねぇ……」
「何にやけてんだよ」
「えっ、そう?」
栗山が横目でちらりと見たので、僕は緩んでいた頬に手をやった。
「いや、何か、栗山のそういうところ、好きだなぁ、って思ったから」
「何言ってんだよ」
「本当にそう思ったんだって」
「あぁ、あれか、濱本の、容赦なく褒める、ってやつか」
「何にやけてるの?」
赤信号で車が停止したので、僕は栗山の顔を覗き込むようにした。
「濱本がにやけるようなこと言うからだろ」
「じゃあ、今日も三択ですか」
「あぁ、悪いけど、再質問返しはしないよ」
「えっ、してくれないの?」
「何かお礼されるようなことしてないだろ」
「まぁ、そうだけど……」
「濱本とさぁ、行きたい場所があるんだ」
栗山はそう言いながら車を発進させた。その真面目な表情を浮かべた端正な横顔に、僕は思わず見惚れてしまい、胸がきゅんとなるのを意識した。
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