第43話

 正月、帰省していた実家に、長内から年賀状が届いた。文面の最後に、僕が一人暮らしをしている部屋の住所を教えてほしいとあったので、その住所を書き添えた年賀状を出し返した。それから十日後、一人暮らしの部屋に、長内から封筒に入った手紙が届いた。


 突然こんな手紙を送ってごめんなさい。

 でも、大事な話なので、どうか最後まで読んでください。

 私は妻子ある男性から、再婚を前提に交際を申し込まれています。その男性とは、星野病院の副院長です。濱本君も憶えているんじゃないかと思いますが、私が濱本君に告白する前に付き合っていた、一年先輩の星野さんです。

 そういう状況に至った経緯は、ここでは省略させてもらいます。

 勿論、家庭を壊してしまうことへの罪悪感はあります。でも、星野さんが真剣に考えてくれていることと、あとは、情けない話ですが、諦めたつもりでいた結婚への未練が出てきたこともあって、断り切れないでいます。

 よほどの理由がない限り、私は断ることができず、断ったとしても、星野さんは納得してくれないでしょう。

 よほどの理由となりえるのは、私が濱本君と付き合うことしかないと考えています。

 去年の五月に偶然の再会を果たしてから、濱本君のことが好きだという気持ちが再燃し始めていました。そんなときに、星野さんから交際を申し込まれたというのは、もう一度その気持ちを伝えて、濱本君への片想いに決着をつけなさい、そんな神のお告げなんじゃないかと思えてならないのです。

 私は、濱本君のことが好きです。

 もし、今の濱本君に特別な存在の人がいるのなら、潔く諦めます。でも、いないのであれば、私と付き合うことを考えてみてほしいのです。

 あまりにも重い内容で、濱本君を困らせることになったかもしれませんが、どうか返事を聞かせてください。お願いします。


 先延ばしにすれば、その分だけ、ぐずぐずと考える時間が長くなってしまうので、その手紙を読み終えると、僕はすぐに返事を書くことにした。


 手紙ありがとうございます。

 長内さんの気持ちは分かりました。

 僕には今、特別な存在の人がいます。

 ただし、事情があって、三月の終わりには別れることになっています。

 でも、お互いのことを嫌いになって別れるわけではないので、最後の日まで、好きという感情は、その人だけに注いでいきたいと考えているのです。

 だから、三月の終わりまでは、何かしらの答えを出すことはできません。

 もし、それからでも構わないのなら、会ってきちんと話をしたいと思っています。

 長内さんが求めている、はっきりした返事になっていないことを、どうかお許しください。


 翌日、手紙を入れた封筒を投函した。

 手紙の最後にも書いたように、長内が求めている返事にはなっていないと思っていた。

 しかし、僕が送った手紙について、長内が問い質してくることはなかった。そして、長内がどういう結論を出したのか、僕から確認することもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る