第42話

 諒馬はショートケーキも買ってきていて、それを食べ終わったときには、僕が目を覚ましてから二時間が経とうとしていた。

「諒馬」

 二杯目のコーヒーを飲み始める前に、僕は静かに口を開いた。

「はい」

 諒馬はカップの取っ手にかけた指の動きを止めた。

「僕には、諒馬がいるにもかかわらず、藤田君と一夜限りの関係を持ってしまいました」

 諒馬は特に驚いた様子も見せず、じっと黙っていた。

「ごめんなさい」

 こたつテーブルに鼻の頭が触れるくらいの深さで、僕は頭を下げた。

「頭、上げてください」

 僕はおずおずと言われた通りにしたのだけど、諒馬は目を伏せたままだった。

 無理に作った笑顔で別れを切り出してくるんじゃないか、そんな不安が頭を占めていたのだけど、僕は諒馬からの言葉を待つしかないと思った。

「僕には、許すしかないんです」

 僕は許されたことに胸を撫で下ろしながらも、諒馬の言葉に違和感を覚えた。

「貴史さんに謝られたら、僕には、許すしかないんです」

 もう一度同じことを言ったその声は、少し震えているように聞こえた。

「藤田さんから話を聞いて、勿論、ショックは受けましたけど……、僕と別れた後は、藤田さんと付き合ってくれたらな、って思ってて……、それに、僕は一年だけという条件を付けて、貴史さんに付き合ってもらってるわけですから……、二人のことを許せない、っていう感情はほとんど湧いてこなかったんです。それよりも、二人のことだから、ちゃんとけじめをつけようとして、友達でいる資格はない、恋人でいる資格はない、って言ってくるんじゃないか、そんな不安の方が大きくて……。二人は、僕に対して裏切る行為をしたと思ってるでしょうし、実際、僕は裏切られたんだと思います。それでも、僕は、藤田さんとずっと友達でいたいし、貴史さんとまだ別れたくないんです」

 そこまで言うと、諒馬は大きく息を吐き、鼻をすすった。

「貴史さんのこと、どうしようもないくらい好きで……。だから、別れたくないんです。あと三ヶ月、別れる日が来るまでは……、僕だけの貴史さんでいてください」

 さっきの僕と同じように、諒馬は頭を下げた。

「諒馬……」

 僕はこたつから出ると、諒馬のすぐ後ろに回って膝をつき、背中から抱き締めた。

「ごめんな」

「もう、謝ったじゃないですか」

「違うよ。諒馬は、僕のことを、こんなに好きでいてくれてるのに、僕は、諒馬のことを好きでいる気持ちが、全然足りてないと思ったからさぁ……」

「そんなことないです」

 僕は何も言わずに首を小さく振ってから、全然足りてない分を少しでも補えるよう、諒馬を抱き締める力をさらに強くした。

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