第33話

 諒馬と別れ、自分の部屋に帰ってきたときには、午後十時を回ろうとしていた。

 部屋着に着替え、コーヒーを入れると、僕は洋室へと戻り、こたつテーブルの前に腰を下ろした。コーヒーを一口すすり、深く息をついてから、財布に入れていた栗山の名刺を取り出した。

 表に書かれている内容はざっと見る程度にして、僕は携帯番号が書かれている裏を向けた。数字とハイフンだけなので、それほど特徴は出ていないものの、好きだった相手なので、書いていた文字の記憶は残っていて、どこか懐かしさを覚えてしまう。

 僕はスマートフォンを手に取ると、帰りの電車内で登録しておいた携帯番号を表示させた。やはり、そのまま発信ボタンをタップすることはできず、そんな自分の意気地なさにうなだれたところで、メールの着信音が鳴った。光輝からだったので、僕はすぐにメールを開いた。


 今日、貴兄ちゃんの高校時代の同級生だった、栗山さんって男の人に会ったよ。

 貴兄ちゃんも、今日会ったんだよね?


 僕はすぐに返信しようとしたのだけど、話が長くなる内容だと思ったので、電話をかけることにした。

「もしもし」

「あぁ、光輝」

「こんなすぐにリアクションが来るとは思わなかったよ。しかも、電話だし」

「これはちょっと、話が長くなりそうな案件だから」

「僕が初めて会った日と、貴兄ちゃんが成人式以来に再会した日が同じだなんて、なかなかの奇跡だよね」

「栗山と再会したってだけでも、思ってもみない出来事だったのに、光輝からそんなメールが来るんだからさぁ……」

「栗山さんも、すごい驚いてたよ」

「それで、光輝はどうして、栗山と会ったわけ?」

「今日、汰一がバレー部の練習に顔を出してて、帰りがいつもより遅くなったんだよ。それで、一年生の部員に、栗山さんの息子がいるんだけど……」

「えっ、息子?」

「そう」

「あぁ、ごめん、話遮っちゃったな」

「栗山君の父さんが、ちょうど駅から車で帰るところだったみたいで、学校まで迎えに来てくれたの。それで、僕だけ途中から違う方向になるんだけど、栗山さん、わざわざ回り道して送ってくれたんだよ」

「そんなことがあったのか」

「栗山さんに息子がいる、って話は聞いてなかったんだ」

「あぁ、栗山は急いでたから、ちょっと話して、名刺もらっただけなんだよ」

「さっき、『えっ、息子?』って驚いたの、栗山さんが独身だと思ってたからだよね?」

「あぁ、いや、名刺の裏に携帯番号を書いてくれたとき、左手の薬指に指輪がなかったからさぁ……」

「なるほどねぇ……」

「ひょっとして……、感付いてる?」

「えぇ、まぁ」

「そうかぁ……」

「高校時代に好きだった同級生、ってことだよね?」

「はい、その通りです」

「こういうことって、僕から言うべきじゃないとは思うんだけど……」

「えっ、何?」

「栗山さんが指輪してないのって、バツイチだからだよ」

「そうなの?」

「息子さんが高校に進学するタイミングで、実家に戻ってきて、再就職したんだって」

「へぇ……、そうなんだ」

「ちょっとは安心した?」

「えっ?」

「じゃあ、そろそろ風呂に入らないと、トリの母さんが催促に来るんで」

「あぁ、風呂に入るところだったのか。ごめんな」

「いいよ。僕がメールしたんだし」

「じゃあ……、色々と情報ありがとう」

「いえいえ。これから、栗山さんに電話するの?」

「そのつもりだけど、息子さんがいるなら、あんまり遅い時間にかけるのもなぁ……」

「えっ、携帯にかけるんでしょ?」

「そうだけど、夜遅くに父親が携帯で話してるのって、何かなぁ……」

「そんな気にならない……、あぁ、でも、ちょっと嫌かも」

「まぁ、とりあえずは一回かけてみる」

「あっ、本当に、催促が来そうなんで」

「上がってきたか」

「上がってきた。じゃあ、またね」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 電話を切ると、僕は再び栗山の携帯番号を表示させ、今度はためらうことなく発信ボタンをタップした。しかし、呼出音が十回鳴っても、栗山は電話に出なかった。その後、バドミントンによる疲労で、いつもより早く襲ってきた眠気と闘いながら、午前零時過ぎまで起きていたのだけど、結局、折り返しの電話がかかってくることはなかった。

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